第七十七話 ひだにゃんリュック
「ニャマトです~、お荷物お届けに上がりました~!!」
すあまをどうするか悩んでいたら、白猫マークのニャマト便のお兄さんがやってきた。
ニャマト? なんか通販で頼んだっけ?
『うにゃん!? すあまの匂いがするにゃああ!!』
ぐったりしていた、ひだにゃんがガバッと跳ね起きる。
すあま? し、しまった!? 昨日ネットで頼んだ奴か!?
まさか……こんなに早く届くなんて。
「こ、この匂いは……須天堂のすあま!!」
ひだにゃんはともかく、すあまチャンもすげえな。まだ開けてもいないというのに。
「みこちん、すあまだな? すあまが届いたんだな?」
……撫子さんもすげえな。シャワー浴びていたはずなのに……っていうかバスタオル一枚は刺激的すぎるから!! そして後ろで床の水滴を素早くふき取っている葵が優秀すぎて辛い。
『もっきゅもっきゅ……美味いにゃあ……お腹の痛みが癒されるにゃあ……』
「ふふ、やっぱり須天堂のすあまは最高!!」
「みこちん、なぜもっと頼まなかったんだ!? めちゃくちゃ美味いじゃないかこのすあま」
「天津くん、実は私もすあまには目がないのですよ。すあま食はひだにゃんファンの嗜みですから」
『主殿、こんな美味しい食べ物は生まれて初めてです。この恩義一生忘れません』
……良いんだ。皆が喜んでくれているんだから、俺の分が無いことなんて些細な問題じゃないか。一人で隠れて食べようなんて思っていたバチが当たったんだ。
すあまはまた注文すればいい。皆の笑顔はプライスレス。そうですよね、女神さま。
◇◇◇
「お兄さま……広いとは聞いていたけど広すぎない?」
桜宮神社へは、庭という名の辺境地帯を通れば信号や曲道も無いので、最短距離で行くことが出来る。
ただ歩いてゆくだけではつまらないので、ボートに乗って撫子池を渡る。何度も往復する必要はあるけれど、格別急ぐ必要もないし、みんな楽しそうだからオールを持つ手にも気合が入る。
先に神社に行っている桜花さんたち年長組からは、準備に時間がかかるからゆっくり来てくれとも言われているし。何よりせっかくの日曜日だしな。
「なあ葵、参考までに聞くが、ザリガニ料理は出来るのか?」
池の中をじっと見つめる撫子さん。あれは獲物を狙うハンターの目だ。
「えっ!? ザリガニ食べるんですか? あ、はい……もちろん可能ですが」
「そうか!! よし、たくさん捕ってみんなにも食べてもらわないと」
今にも池に飛び込みそうな勢いの撫子さん。今はやめようね。
「ザリガニ……美味しい」
理子ちゃん……まさか生じゃないよね、ね?
『同意、ザリガニで飢えを凌いだことは何度もありました……』
頭領もかよ……黒津家どんだけドケチなんだよ……せめて食費ぐらい出してやれって。
池を越えてしばらく歩くと、森が見えてくる。
「十年前、あの森で菖蒲が迷子になっていたんだよな」
「ふえっ!? そ、そそうなのですか? まさか本当に庭の中だったとは……」
恥ずかしそうに真っ赤になって俯く菖蒲。実は俺も迷子だったとは言えない。
「へえ……良いなあ菖蒲は。私なんて何も思い出ないし」
これから作れば良いじゃないか茉莉。そう言いたいけど、口に出すのは少し恥ずかしい。
「ふふふ、私にとってここは文字通り庭だからね!! みんな何でも聞いて」
自慢げに胸を張るゆり姉。たしかに俺よりも間違いなく詳しいだろう。小さいころ、何度も探しに来てくれたことを思い出すよ。菖蒲の時だって、ゆり姉が最初に俺たちを見つけてくれたんだよな。
「ありがとう、ゆり姉」
「ふえっ!? い、いきなりどうしたの命!?」
「あはは、何でもない。ちょっと昔のことを思い出しただけ」
「むう……なんか悔しいわね」
抱き着いてくるゆり姉。あ、ヤバい……心の中読まれて
「むふふ~なるほどそういうことか。あのねぇ菖蒲、実は……」
「うわああ!! ゆり姉やめてくれ」
「じゃあキスして」
なんだと……こんな昼間から? くっ……名誉のためだ仕方ない。
「ああっ!! ズルいですよ百合先輩!!」
結局全員とキスする羽目になった。
もしかしてこれ……爆発しろとか言われる奴?
でもまあいいか、せっかくの日曜日だし。
◇◇◇
「あの……霧野先輩? それは一体」
先ほどからめちゃくちゃ気になっていることがある。
「ん? ああこれ? 良いでしょ、ひだにゃんリュック!!
輝く笑顔がまぶしいですね。いやそうじゃなくて、それは見ればわかるんですけど、痛くないのかなあって。
ひだにゃんの背中に縫い付けられた肩紐が痛々しいんですが……。
『にゃふふ~♪ にゃふふ~♪ 楽ちんにゃあ!!』
ま、まあ……ひだにゃんが良いなら別に……。
「喉が渇いたな」
霧野先輩の背負っているひだにゃんリュックから炭酸水を取り出す撫子さん。
ひだにゃんの口に迷わず手を突っ込む絵面がなかなかシュールだ。
「くうっ、キンキンに冷えた炭酸水は最高だな」
え……ひだにゃんの体内って冷蔵機能ついてるの!?
「引きこもりの私にこの距離は辛いな」
まあすが、ひだにゃんリュックから慣れた手つきで缶コーヒーを取り出す。
あの……いつの間に入れたんですかね? ドリンク類。
「うん、ギリギリ飲めるかどうかのこの熱さがたまらん」
……保温機能までついてる件。
「お兄さま……そんなに見つめられたら照れる。私の飲みかけのコーヒー飲みたいのか? 間接キスだな、ふふふ」
まあすの飲みかけコーヒーはたしかに熱々だった。すげえなひだにゃんリュック。




