第七十六話 八方ふさがり
『くっ……殺せ』
捕まえた黒衣衆の頭領、頭巾と覆面を外したら……めっちゃ美人のくっころさんだった。
他の二十名の黒衣衆も無力化済みだ。こちらも皆、理子ちゃんと同じくらいに見えるまだ若い女の子ばかり。
「楓さん、彼女たちをどうしましょうか」
無力化したとはいえ、このままでは危険極まりない。それに自害されたりしたら困るし。
「そうね……洗脳解除は雅に任せれば大丈夫。あの子の専門だから。頭領の女は……命くん、わかっているわよね?」
……あの、雅先生に任せるという選択肢はないのでしょうか? え? 無い?
はあ……わかりましたよ、許嫁でしょ? 許嫁なんですよね? 頭領も。
「天津命、撫子に舐めてもらうと記憶が戻るはず。とりあえずはキスでもしておけば大人しくなるだろ」
理子ちゃん……言い方が酷くない? あと、俺にキスで黙らせるみたいな力ないからねっ!?
『や、やめろ天津命、まさか……私にキスをするつもりなんですか!?』
くっ……なんか俺悪い奴みたいでめっちゃやりにくいんだが。
『く、唇は乾燥でガサガサだからせめてほっぺで……あ、待って、やはり恥ずかしいからおでこで!!』
微妙に注文が細かい!? キスされるのは良いのか……。
とりあえずおでこにキスをする。
『ぐわあああああああ!?』
突然頭領が苦しみ暴れだす。ひ、ひぃっ!? な、ななな何事!?
『くっ……キスされてしまったら仕方がないですね。大人しく許嫁になりましょう』
ええええっ!? 俺のキスヤバくない!? なにこの邪悪な力!?
『テレッテレー!! 頭領が許嫁に加わった』
そんな脳内音声が聞こえたような気がする。疲れているのかな俺?
◇◇◇
「ありがとうございます天津くん」
ひだにゃんを抱きしめながら瞳をうるうるさせている霧野先輩。
「間に合って良かったです。家まで送りますよ」
「嫌っ!! 帰りたくない!!」
「へ?」
「ずっとひだにゃんと一緒にいるのです」
『にゃふふ、苦しゅうないにゃあ』
参ったなあ。これはアレか、アレなのか?
「あの……もし良かったら霧野先輩も許嫁になります?」
「良いんですか!! わーい、なります~!!」
……ノリが軽い。許嫁という言葉が羽毛のように軽い。
よくよく話を聞いてみれば、霧野先輩はなんと雅先生の従妹らしい。言われてみれば雰囲気が少しだけ似ているような気がしないでもない。まさか……アレまで似ていないよね?
黒衣衆の扱いだが、当面死んだことにして、雅先生が洗脳を解除した後、白衣衆が尋問をする予定だ。
上手くいけば、これまで黒津家が行ってきたことの一部が明るみ出るかもしれない。
霧野先輩が集めた証拠品は、楓さんが責任を持って預かるそうだ。
会長やその親である現市長にとって少なからずダメージになるだろうと思われる。
そして頭領は……
『お世話になります、主殿』
一緒に住むことになった。別に良いんじゃないかな、許嫁だし。
◇◇◇
「え? これから結婚式をするんですか? もちろん私たちも一緒にやります!!」
「天津くんってば強引ですね。交際ゼロ日でいきなり結婚なんて斬新です。もちろん良いですよ」
『くっ……先ほどまで命を狙っていた私を嫁にするとは、なんという器の大きい……主殿、一生ついていきます』
新たに加わった許嫁、すあま、まあす、霧野先輩、頭領もどうやら結婚式に参加してくれるようだ。
ちょっと待て、そういえば頭領の名前知らないんだけど!? 名前も知らないのに結婚するとか斬新。
『私の名前ですか? 記憶にないのです』
頭領は記憶を失っているままだからか。あとで撫子さんに治してもらわないと。
「あれ? でも理子ちゃんは覚えていたんだよな? 名前」
「いいや。身につけていた服に書いてあった名前を名乗っていただけ」
マジかよ……名前すら無かったことにされてしまうなんて酷すぎる。ふざけんなよ、黒津家。
憤りが爆発しそうだが、本日日曜日はおめでたい日。気持ちを切り替えなくては。
本来だったら撫子さんと俺が神さまの前で婚姻の儀式をするはずだったんだけど、こういう状況になったので、許嫁全員ですることになった。
この先許嫁が増える可能性もあるけど、その時はその時考えればいいことだし。
「じゃあそろそろ出発しようか」
婚姻の儀式と言っても、神社で神さまに報告するだけなので、儀式そのものは五分もかからないらしい。それってもはや普通の参拝と変わらないような気がするけどな。
それに女神さまはもう知っているんだから、いまさら報告する必要があるのかな?
『馬鹿者、儀式を軽視するでないぞ』
「ひだにゃん……」
『契約が成立することで、女神さまがより干渉出来るようになるのだ。許嫁の強化幅もまた大きくなる』
そうか……許嫁が仮契約だとすれば、婚姻は本契約ってことなのかな?
『まあそんなところだ。ところで命、腹が減った。すあまはないのかにゃ?』
「無いですよ。夜まで待てませんか?」
『待てるかあああ!! お前たちは豪勢な朝食を食べたくせに、神の使いたる私にはご飯無しとは!! 虐待にゃ!! 断固抗議するにゃあ!!』
くっ……たしかに。だけど斉藤商店日曜日やってないしなあ。
「ふふふ、お兄さま、私を誰だかお忘れ?」
おお!! そうだ、ここにはすあまチャンがいるじゃないか!!
「もしかして……すあま持ってるとか?」
「当然。非常食として常に乾燥すあまを持ち歩いてるんだ」
……乾燥すあまって何?
「お湯で戻してからレンジとかオーブントースターでチンするんだよ……って、ひだにゃん待って!!」
『待てないにゃあ!! うにゃあうにゃあ……食感はいまいちだけど美味いにゃあ!!』
すあまの制止の言葉も聞かず、そのまま乾燥すあまをボリボリ食べてしまうひだにゃん。
「あ~あ、表面にカビが生えてるからそのままじゃ食べられないのに……」
……なんか鏡餅みたいだな。乾燥すあま。
『ぶにゃああ!!!』
あ……ひだにゃんが吐いた。
『にゃあああ……お腹痛いにゃあ……ぽんぽんが痛いにゃあ……』
神の使いだしぬいぐるみなんだから大丈夫では?
『にゃああ……すあまを……新鮮なすあまを……』
「すあま、もう残っていないのか?」
「お兄さまごめん、もうないんだ」
「まあすは?」
「私は食べ専だからな。すまないお兄さま」
八方ふさがり……万事休す……か。




