第六十七話 神の使い
「……う、戻ってきたのか?」
人間の枠を超えるような力が覚醒しても、日常生活だと何も変わっていない。
そりゃあそうだ。人間そう簡単には変わらないし中身は変わっていないんだから。
毎回一緒に風呂に入っただけで気を失っているようじゃ駄目駄目だよな、俺。
「お、みこちん目を覚ましたのか!!」
柔らかいと思っていたら、撫子さんの膝の上だった。いつの間にか体は拭かれて部屋着に着替えさせられている。
「ごめん撫子さん、また迷惑かけちゃったな。着替えさせてくれたのか?」
「気にするなみこちん。母上に言われたが、私がいきなり裸で抱き着いたのが悪かった。もうしないから許してほしい。あと、着替えさせたのは全員でだぞ?」
な、なんだって!? 全員に俺の裸をじっくりと見られたというのか? 恥ずかしくて死ねる。
だが待て、それよりももっと大事なことがある。
「撫子さん!!」
「なんだみこちん」
「頼む、泡スポンジだけはやめないでくれ……俺、頑張って耐えるから!!」
泡スポンジ撫子さんを失うくらいなら死んだ方がマシだろう。
「むう……そこまで言われたらやめるわけにはいかないな。まったく……みこちんは私のことが好き過ぎるんじゃないのか?」
口調は変わらないものの、耳が赤い……気がする。
「あれ? ところでみんなは?」
「ああ、悪いとは思ったが、せっかく葵が作った料理だからな。冷める前にすでに食べ始めているぞ」
言われてみればいい匂いがここまで届いている。撫子さんのいい香りで気付かなかったよ。
葵の料理は絶品だからな。きっと皆にも喜んでもらえるはず。
「でもありがとう、撫子さん。先に食べていても良かったのに」
「ふふ、安心しろ、もう食べた。葵の料理も絶品だが、みこちんの寝顔は最高のデザートだからな」
額に唇を落とす撫子さん。
あ、甘い……食べたことはないが、今の撫子さんはすあまよりきっと甘い。
「お、俺も、撫子さんを食べたい」
「……私は食べモノじゃないぞ?」
……テンパって意味不明なことを言ってしまった。
「ふふ、ならば問おう。私と葵のご飯、どちらを食べたい?」
悪ノリする撫子さんの顔が赤い。意味を分かって言っているのだろうか。
「……撫子さん」
「そ、そうか、じゃあ、またザリガニを取らないとな」
そっちだったか。
「……ご主人さま、どうやら私の作ったご飯は必要ないようですね?」
少し頬をふくらませて拗ねた様子の葵。
「ごめんなさい、めっちゃ食べたいです」
「そうですか……一番美味しいところをとってありますので」
頬を染めて目を逸らす葵がかわいい。
「かわいいな、かわいいぞ葵」
「お、奥さま!? お戯れを……」
お気に入りの人形を見つけたように葵を抱きしめて撫でまくる撫子さん。ぷぷっ、なんか上手いこといったかもしれないな俺。撫でまくる撫子さんか……ふふふ。
「……寒い、寒いよ命くん。この部屋だけ冷房効き過ぎじゃないか?」
桜花さん……ごめんなさい。俺のライフはゼロです。
「うわっ!? み、みこちん、ひだにゃんが動いたぞ!?」
撫子さんが叫び声を上げる。そんな馬鹿な。
「…………」
葵……お前立ったまま気絶しているのか!?
「命くん……あれを見てみろ」
桜花さんの視線の先には、ゆっくりと立ち上がる限定ひだにゃんの姿が……。
クリスタルビーズの瞳が怪しく光を放っている。ヤバい……めっちゃ怖い。桜花さんがいなければ逃げ出す自信がある。
「桜花さん……あれは一体……」
悪霊の類だろうか? それとも傀儡のように何者かが操っているとか?
「安心して良いよ、純粋な神気の塊……私も初めて見たが、精霊や妖精に近いかな。邪な物はまったく感じない」
そ、そうなのか? とりあえず一安心……?
『にゃふふ~!!』
「「「ひぃっ!?」」」
突然叫び声をあげて桜花さんに飛びつくひだにゃん。
「あはは、くすぐったいな」
桜花さんの豊満な胸に潜りこむひだにゃん。
「うわっ!? く、くすぐったい、あははは」
「や、やめてください、ひゃあ!?」
桜花さんを堪能したと思ったら、撫子さんと葵にも潜り込むひだにゃん。
……ちょっと待て、邪の塊じゃないのか、この猫。羨まし過ぎる。
『猫ではない。我は神の使いぞ』
「「「「ひ、ひだにゃんが喋ったっ!?」
『おい命、女神さまに言われて仕方なく来てやったんだ。感謝しろ』
……ああ、最後言いかけていたのこのことだったのか。
「あ、はい……ありがとうございます。あの……なんとお呼びすれば?」
『苦しゅうにゃい。ひだにゃんとでも呼ぶがいいにゃ。とりあえず腹が減った』
……やっぱり猫じゃないのか? それよりも神さまの使いって何を食べるんだろう……?
「ひだにゃんの好物なら、すあまだな。っていうか、すあましか食べないはずだ」
さすが撫子さん詳しい。でも困ったな。もうすあまは残っていないし。
『隠しても無駄だ。すあまの気配がするぞ』
鼻をくんくんさせるひだにゃん。
「くっ……みこちんと半分こして食べようと思っていたのだが……」
懐からすあまを取り出す撫子さん。本当に俺と分けるつもりだったのか疑わしいが、その気持ちが嬉しい。
「バレてしまいましたか……御主人さまに私と一緒に食べていただこうと思っていたのですが……」
太もものベルトからすあまを取り出す葵。そんなところに収納スペースが……!?
「やれやれ、命くんを驚かそうと思ってとっておいたんだが、仕方ないね」
ピンク色のリボンをほどく桜花さん。いや……薄く伸ばしたすあまだったのかっ!?
『うにゃああん……美味いのにゃあ……すあま最高にゃあ!!』
ああ……俺のすあまが……。
でもさ、悔しいけど可愛いんだよな。なんたって見た目ひだにゃんだし。もきゅもきゅって、すあまを食べる姿はめっちゃ癒される。伊達に神さまの使いじゃないってことか。




