第六十五話 幸せの青
「おい、みこちん遅いじゃないか……って、何をしているんだ?」
葵にご褒美を渡そうとした瞬間。バーンッと扉を開けて部屋に入ってきたのは撫子さん。べ、別に普通に入ってきても良いんだからね!?
「御主人さまにご褒美をいただこうとしておりました」
「ほほう、それは良いな。葵にはいつも美味しい料理だけじゃなく、色々世話になっているからな。私からもご褒美をやろう」
「ふえっ!? 奥さまからもいただけるんですか!?」
予期せぬ撫子さんからのご褒美発言に、珍しく葵の表情が変わる。え? まさかの百合展開!? ドキドキワクワク。
「手を出せ葵。苦労して手に入れたものだが、譲ってやる」
「は、はい、ありがたき幸せ」
美少女二人が手を重ねる姿は実に絵になる……俺にとっても眼福というご褒美でしかない。
「……ひ、ひいぃっ!? こ、これは……む、虫!?」
小さく悲鳴を上げて固まる葵。どうやら撫子さんから渡されたのは何かの虫のようだけど……?
「ワラジムシだ。ダンゴムシに似ているが丸くならないところがたまらなく愛おしいだろう?」
「……え? あ、あの……」
困惑した表情で俺を見ないでくれ葵。気持ちはわからないでもないが、俺もワラジムシ派だから撫子さんの気持ちの方がわかるんだよな。それにな、こいつはただのワラジムシじゃあない……。
「撫子さん……これ一体どこで!?」
「ふふふ、気付いたか。さすがみこちん!! 庭を探検していたら見つけたんだ」
全身真っ青なワラジムシ。見つけたものに幸運をもたらすといわれているレアな個体だ。発色そのものはウイルス感染によるものだと知ってはいるが、探して簡単に見つかるものじゃあない。俺なら絶対に手放さない自信がある。なんて太っ腹なんだ撫子さん。
そして葵に青いワラジムシを渡すという発想……天才か!?
「葵、こいつはめちゃくちゃレアな幸運の青いワラジムシだぞ。良かったな」
正直めっちゃ欲しい。だがこれは葵のご褒美だからな。後で撮影させてもらおう。
「そ、そんな大切なものを私に……」
葵が青い顔をして青いワラジムシを見つめている。うん、実に青青しい。
「大切にしてくれるな?」
我が子を嫁に出す母親のような撫子さん。その気持ち痛いほどわかるよ。
「……いいえ奥さま、これは受け取れません。私は今誰よりも幸せなのです。幸せの絶頂にいると言っても過言ではありません。過ぎたる運は逆に不運を引き寄せるというのが我が星川家の家訓。それに私にはこの子の気持ちがわかります……奥さまから離れたくないという切なる想いが痛いほどっ!!」
めっちゃ早口でまくしたてる葵。
「なんだって!? くっ……そこまで言われたら渡すわけにはいかないか……」
仕方なさそうにしているけど、とっても嬉しそうな撫子さん。やはり渡すのは辛かったんだな。
「奥さま、どうかお気になさらず。私にとって美味しいと言ってもらえることが最高のご褒美なのですから」
葵の笑顔がまぶしい。何という謙虚で良い子なんだろう。心が浄化されてゆくようだ。
葵へのご褒美が無くなり、この後風呂という名の荒行が待っている。
たしかに葵の言うとおりだな。過ぎたる運は逆に不運を引き寄せる……か。
◇◇◇
葵を除く許嫁八名と一緒に入浴……どう考えても間違っていると思うんだが、誰も止める人間がいないから、当たり前のように事態が進行している。
撫子さんと桜花さんは今更だから良い。いや、良くはないんだけど、今更感があるし。
ゆり姉は小さい頃は一緒に風呂に入ったこともあるし、家族枠でギリギリ凌げる可能性はある。
だが、菖蒲、茉莉、楓さんは未知数すぎて心の準備が出来そうにないし、特にヤバいのが雅先生と理子ちゃんだ。二人とも見た目小中学生だからな。年上だとわかってはいるんだが、なんかこう背徳感が……。
なんてことを思っていたんだけど……。
「おお!! 脱いだらすごいじゃないか雅ちゃん」
「そうかしら~? あんまり見られると恥ずかしいわ~」
……ちょっと待ってほしい。脱いだらすごいとか言うレベルじゃないだろう?
物理的におかしいだろ……どうやって収納していたんだ!? 直視出来ないけど、明らかに手に負えない暴力装置だ。
「理子ちゃんは……違う意味ですごいな……」
「……そうか? なにもすごくないぞ」
……全身傷だらけの痩せ細った身体。一体どんな風に生きてきたらこんな酷いことになるんだよ……。
「大丈夫だ。私に任せろ」
「な、何をする……うひゃあ、くすぐったい、やめろ……」
撫子さんに全身ぺろぺろされて悶絶する理子ちゃん。あっという間に傷が消えてつるつるのお肌に。
古傷まで治せるとか、さらに能力高まっているような気が……?
でも良かったな理子ちゃん。本人は何が起きたのかわからなくて目を丸くしているけれど。
感動的なシーンなんだけど、俺には絵的に刺激が強すぎた。両頬を思い切り叩いて煩悩退散だ。
ナイフでも傷つかない身体になったけれど、そこは自分で調節出来るみたいで、ちゃんと痛みは感じるからありがたい。
「なんだみこちん、ほっぺが赤くなっているじゃないか!!」
でも……すかさず撫子さんがぺろぺろ治してくれるから全然意味がない……まさに煩悩の無限ループ。




