第六十話 お見合い
さて、大ピンチではあるが、こういう時こそ冷静に現状分析だ。
千家さんが加わったことで、すあま三箱を俺と六人の許嫁、計七人で争うことに……いや待て、よく見たらもう一箱分、つまり八個しか残っていないじゃないか!?
焦るな……絶望的な状況ではあるが、まだ可能性はある。そろそろすあま一周目が終わったはず。そうなれば自然他のものも食べてみようかなということになるのが人情。
人気のケーキ店の力を、駄菓子の吸引力を信じるんだ。
そうだよ、まだ終わってなんかいない。戦う前から諦める奴がいるかよ。
あ……また一つ減った。あああ……まさかの二個一気食いだと……!? 動け、動けよ俺の体……遠慮も過ぎれば嫌味になるんだぞ? そうやって許嫁のせいにして自分の情けなさを棚に上げるつもりか命?
「命くん……盛り上がっているところごめんね。言い忘れていたけど、昨日一緒に居たあの子、那須野茉莉ちゃん、今日お見合いさせられるらしいわよ?」
那須野さんが? そういえばお見合いするみたいな話をしていたけど。
「あの、楓さん、なんでそれを俺に?」
那須野さんと俺は付き合っているわけでもなんでもない。まともに話したのなんて昨日が初めてなぐらいだし。
「なんでって、茉莉ちゃんが命くんのこと好きだからよ」
衝撃の稲妻が走る。え……? そ、そうなの? もしかして俺って相当鈍い? すまない直樹、鈍感系主人公なんて現実にいるかよなんて馬鹿にして。でもなあ……なんか好かれる要素あったっけ?
「おおっ、それは良いな!! 茉莉もみこちんの許嫁にすれば完璧だ」
撫子さんは何でもありなのか? さすが器が広いというかなんというか……。
「茉莉も命さんを好きだったなんて初耳なんですが……」
そうだよな千家さん、良かった気付いていないの俺だけじゃなくて。
「そういうわけだから、行ってらっしゃい。頑張ってね命くん」
すあまを頬張りながら手を振る楓さん。ああ……それ俺の。
「あの……頑張れって言われてもまったく話が見えないんですけど?」
どこに何をしに行って頑張れというのか?
「馬鹿ね、お見合い会場に行って、茉莉ちゃんをさらって来ればいいのよ」
……それって大丈夫なんですか? もし勘違いだったら、俺相当痛いやつなんですけど……。
「大丈夫、自信を持ちなさい。それとこれが会場の地図。急がないと間に合わなくなるわよ?」
そこまで用意していたのに、さっきまで忘れていたんですね……っていうか一緒に来てはくれないんですね。
「女同伴で行ったら様にならないでしょう? 大丈夫、すあまは私が代わりに味わっておくから」
ちくしょう……またましても食べられないのか、すあま。
「御主人様、私も夕食の買い出しがありますので、そこまで一緒に参りましょう」
ありがとう葵。でもちょっとそこまで買い出しにみたいなノリでお見合いぶち壊してしまって果たして良いのだろうか?
◇◇◇
「そんなっ!? お見合いは高校卒業してからという話ではなかったのですか? 大会も近いし、お見合いなんてしている暇はないんですが!!」
「すまない茉莉、先方がどうしてもといって聞かなくてな」
参ったなあ……まさかこんなに早くお見合いすることになるとはね……。
なんでもお相手が黒津家という有力どころらしく、両親も無視できないらしい。
う~、覚悟はしていたつもりだったけれど、顔も知らない男と結婚を前提にお付き合いしろといわれてもピンとこない。まあだからこそのお見合いなんだろうけど。
「まあ会うだけあって向こうの顔を立ててやってくれないか。茉莉だってどんな相手か知るチャンスだろう? どうしても合わなければ無理する必要なんてないんだからな」
御父様の言う通り、許嫁は家同士で決めるものであって、結婚に当たっては当人同士の意思は尊重される。どうしても合わないと思えば断ることだって出来る。
受けるにせよ断るにせよ、早めに相性を確認できればたしかにお互い無駄な時間を過ごさなくて済むのよね……駄目なら次の候補を探せるわけだし。名家の男子ならば、後継ぎ問題もあるのだろうから、急ぎたい事情は理解できなくもない。
ただ、黒津家は那須野家よりも家格が上なのよね。理由もなく断れば相手のメンツを潰しかねないし、御父様の立場にも影響があるかもしれない。
仕方ない……会うだけ会ってみよう。もしかしたら素敵な男性かもしれないし……
「昨日までだったらそう思っていたんだけどな……」
頭に浮かんでくるアイツの顔を慌てて打ち消そうとするけど、考えないようにすればするほど考えてしまうのは……やっぱり気になっているから?
この気持ちは誤魔化しようがないほど私の中で大きくなっているけれど、だからといって今更お見合いをキャンセルなんてできないからなあ……ああ、憂鬱。
「黒津剣人だ」
「那須野茉莉です」
お見合い相手の黒津剣人さんは、見た目こそ整っているけれど、どこか傲慢で冷たい印象がしてちょっと苦手なタイプかもしれない。
「早速だが、茉莉をいたく気に入った。今日連れて帰りたいが構わないだろうか?」
ちょっと待て、まだ挨拶しかしていないでしょうが!! しかも初対面でいきなり呼び捨て?
大体連れて帰るって、私は犬猫じゃないのよ!!
「剣人くん、茉莉を気に入ってくれたのは嬉しいが、娘はまだ16歳だ。今日のところは二人でゆっくり話をすればいい。時間をかけ、お互いのことを十分理解した上で、お互いに将来一緒になりたいと思えたのなら、高校卒業後に正式に婚約すれば良いんじゃないのかな?」
いきなりの発言に両親も困惑していたが、御父様が優しく諭すように現実的な提案をする。
「……わかりました。では二人きりで将来の話をさせてもらいたい」
う……こんな人と二人きりになるのか。嫌だなあ……もう帰りたい。
「単刀直入に言おう。今すぐ俺の嫁になれ」
二人きりになるやいなや、このセリフ。さっきの話聞いてました?
「なぜそんなに急いでいるんですか?」
黒津家のような名門ならば、お相手などいくらでもいるだろうに。聞いた話だとすでに三人の婚約者と暮らしているって言ってたから、女に飢えているっていう感じでもないんだよね。
「一目惚れだ。俺は欲しいと思ったものはすぐ手に入れないと気が済まない。たとえどんな手を使ったとしても、お前を手に入れてやる」
口説き文句のつもりかもしれないけど、そんなこと言われても全然嬉しくないんですが。女の子をモノとしか考えていないし、やっぱり一番嫌いなタイプだわこの人。
「ごめんなさい。婚約はお受けできかねます」
多少なら我慢しようかと思っていたけれど、これは無理。返事を長引かせて変に執着されても困るから、勘違いされないようにきちんと断らないと相手にも失礼になる。
迷惑かけることになったらごめんなさい、お父様、お母様。
「断る」
「え?」
「お前が俺と結婚しないと、お前の両親が困ったことになるんだぞ?」
ああもう……とことん嫌な奴。こんな男、死んでもお断りだわ。
「そんなことは承知しております。ですが、お断りいたします」
こんな無意味なお見合い、一刻も早く終わらせたい。
「そうか、ならば仕方がない。力づくで俺のものにするまでだ」
じりじりと間合いを詰めてくる黒津剣人。なっ!? こいつ……正気なの?
「言っておくけど、私強いわよ?」
マズいわね……出入口は黒津剣人の側にしかない。まさかこいつ最初からそのつもりで?
「ふ……ハハハハハ、それなら言わせてもらうが、我が黒津家はもっと強い。圧倒的にな」
そうか……たしか黒津家は武闘派の一族だって聞いたことがある。遠距離ならともかく、接近戦では勝ち目はないか……全然つけ入る隙が見当たらないし。
「そんなことをしたら、両親も一族も黙ってないわよ?」
黒津家には劣るが、我が那須野家も名門。そんな理不尽なことが許されるはずがない。
「問題ない。真実を知る関係者には消えてもらえば済む。それだけだ」
駄目だ……こいつは本物のクズ。しかも力と権力を持った悪党。
逃げなきゃ……とにかく大声を上げて……
え……? なにこれ……声が……出ない?
それに……力が入らない? まさか……いつの間に?
「くくっ、油断禁物だよ茉莉。さあ、既成事実を作ってしまおうか」
やめろ……名前で呼ぶな……触るなクズ野郎。
悔しい……こんな奴相手に何もできないなんて。
助けて……助けてよ天津、あの時みたいにさ……。
わかっている。街中ならともかく、こんなところに天津が来るはずがないことぐらい。
でも……何でだろう? 呼んだら来てくれるかもしれない。どこかでそう思ってしまう自分がいる。
根拠なんてないけど、そう思うの。
「ふふ、ようやく一緒になれるな茉莉」
ゾッとするような剣人の息が耳元にかかる。悔し涙で視界が滲む。
「……あの~、お取り込み中申し訳ないんですけど、彼女知り合いなんで勘弁してもらえませんかね?」
遠くなる意識の中、一番聞きたかった声が聞こえたような気がした。




