第五十九話 すあまクライシス
「ケーキとお菓子たくさん買ってきたから、みんなで食べようか」
チラリと横目ですあまの無事を確認する。最悪食べ終わっている可能性も考慮していたので、まずは一安心というところ。
あとは計画通りに買ってきたケーキとお菓子で陽動撹乱作戦を実行に移すだけだ。
「……私の分はあげないわよ?」
……わかってますよ楓さん。盗ったりしませんからそんな目で見ないでください。
楓さんが買ったケーキと駄菓子はどこに行ったんだ? 葵がどこかに隠したのだろうか。
「ケーキはもう食べたわ。駄菓子は部屋に隠してあるからご心配なく」
もう食べたのか……一体いつの間に? いや、別に駄菓子の心配なんてしてないですからね!?
まあいいや……現状を分析しよう。
すあま四箱にたいして……ここには六人いる。
一箱にすあまが八個入っているから、最低でも一人四、五個は食べられるはずなんだけど、家には生粋のすあまイーターの撫子さんがいるからな……。
おそらく正攻法では厳しい。ならば大皿に盛り付ける際に、こっそり味見という名目ですあまを食べてしまえば角も立たないし、みんなハッピーだ。ふふふ。
「盛りつけは私がやりますので、御主人さまは座っていてください」
「いや、でも……」
「座っていてください」
「……はい」
うっ……葵の氷の視線が怖い。
むう……こうなると正攻法で勝負するしかないじゃないか。
だけど……なんだろうこの感覚。たしかにピンチなんだけど、俺の心は今、凪いだ海のように穏やかだ。
もしかして……これが新たに解放された力、神メンタルなのか? 素晴らしい。
ピンポーン
このまま悟りの境地に達するのではなかろうかと思っていたら、インターホンが鳴る。
げっ!? こんな時に来客かよ。タイミングは最悪、対応している間にすあまが食べられてしまうかもしれないじゃないか……。
「やっほー、約束通り来たわよ命」
「ゆ、ゆり姉!? いきなりどうしたの?」
「どうしたもこうしたもないわよ。言ったでしょ、私も一緒に暮らすって。今日からお世話になります」
そういえばそうだった。まさか今日いきなり引っ越してくるとは想定していなかったけれど。
「……ねえ、命。なんだか許嫁増えてない?」
ゆり姉の笑顔が引きつる。
「そ、そうなんだ。あれからいろいろあってさ」
「あれからって……昨日の今日なんだけど?」
言い訳のしようもございません。
「と、とにかく一緒に暮らせるなんて嬉しいよゆり姉、よろしくお願いします」
「ふえっ!? う、嬉しい? ま、またまた~本当は迷惑なんじゃないの?」
そう言いながらも満更でもなさそうなゆり姉。
とりあえず納得してもらえたみたいで良かった。
ふふ、それにしてもさすがは神のメンタル。少々のハプニング程度では揺らがないか。
しかしだ……状況は悪化の一途を辿っている。
最低でも撫子さんが一箱分食べるだろうから、実質三箱をゆり姉を加えた六人で分けることになるはずだ。
単純計算で五割だが、もてなす側の主たる俺が許嫁を差し置いて我先にと食べるわけにはいかないからな。
皆が一通り食べて落ち着いた頃合いを見計らって余ったすあまを遠慮がちに食べるしかない。
余れば……の話だが。
ピンポーン
なっ!? また来客だと!? 猛烈に嫌な予感がするんだが。
「こ、こんにちは、命さん」
我が学年の三大美神の一角、撫子さんの親友で茶道部の千家菖蒲さんじゃないですか~。昨日ぶりですね。
うむ、思わず説明口調になってしまうほど余裕がある。さすが神メンタル。
「千家さん、いらっしゃい。急にどうしたんだ?」
「きょ、今日からお世話になりますっ!!」
いつの間にか靴を脱ぎ、スライディング土下座を決める千家さん。
……ちょっと待て。いきなりすぎて、さすがの神メンタルも動揺しているんだが。
「ごめん、ちょっと言っている意味が……」
「ふえっ!? そ、そそそうですよね、あ、あの、許嫁になったからには、一緒に住めって両親が……」
消え入りそうなほど小さな声で俯く千家さん。
なるほどそういうことか……って、ということは千家さんも許嫁になるのOKってことだよな?
「あの……俺なんかで良いのか?」
「……命さんがいいんです。いいえ、命さんじゃないと嫌なんです!!」
声は小さくとも、しっかりと気持ちが伝わってくる。
じーん……これって夢じゃないんだよな? 生まれてこのかたそんなこと言われこと一度もないんだけど。
そういえば許嫁たくさんいるのに直球で告白されたこと無いな……あ、ゆり姉には近いこと言われたっけ。でもゆり姉は身内枠だからやっぱり新鮮な感動が……。
「わかった。歓迎するよ千家さん、よろしく」
「はい、よろしくお願いしましゅ……」
あ……噛んだ。
「……命、五分も経っていないのにまた増えてるね……」
ごめんよゆり姉……俺もまだ混乱しているんだよ。
「ごめんなさい折瀬先輩、なんだか私が無理やり押し掛けたみたいで……」
「いいのよ菖蒲さん。私も似たようなものだし、ただ呆れているだけだから」
ゆり姉と千家さんをそれぞれの部屋に案内する。葵が掃除してくれていたので、どの部屋もピカピカで、塵一つ落ちていない。すげえ……。
「でかしたぞみこちん、親友の菖蒲も許嫁にするとは、目の付け所が違うな。さすがとしか言いようがない」
荷物を置いて居間に戻ると、リスのように頬を膨らませた撫子さんが。
俺にはわかる……口の中に入っているの、それ絶対にすあまだよね? ね?
でもありがとう撫子さん。普通なら親友にまで手を出すなんて鬼畜の所業だし、ひっぱたかれても仕方ないところなのに。
「あら、命くんたら、奥手に見えて案外手が早いのね? 見直しちゃった。あ、すあま美味しいわよ」
手を出したつもりはなかったんですけどね、楓さん。すあま美味しいですか、そうですか。
「夕食の食材が足りないので、買い出しに行かないと駄目ですね……」
すまない葵。正樹おじさんに頼んで大きめの業務用冷蔵庫入れてもらわないとな。
「ははは、命くん、これは楽しみだね。まるでハーレムじゃないか。すあま早く食べないと無くなるよ」
桜花さん……なぜケーキやお菓子もあるのに、あえてすあまから食べているんでしょうか?
「はわわ……天津くん、それにしてもペース速過ぎませんか~? もぐもぐ……」
ですよね……俺もそう思います先生。でもすあま食べながら話すのは行儀悪いですよ?
撫子さん、桜花さん、葵、楓さん、雅先生、ゆり姉、千家さん……計七人。一気に大家族みたいになった。
許嫁が七人って……どこの石油王だよと思ってしまうが、そんなことよりも俺のすあまが大ピンチ。




