第五十八話 内緒ですからね~?
「話は以上、さあ帰りましょうか!!」
お腹に俺の手が入ったままなんですけど、それは?
「大丈夫、周りからは見えてないわ」
そういう問題じゃないと思うんだけどな。歩きにくいし。
「……あの、楓さん?」
「ふふ、なあに命くん?」
さっきよりもさらに密着してくる楓さん。許嫁になったんだから良いのかもしれないが、警護に支障は出ないのだろうか?
「平気平気。だって命くん、弾丸だって素手で掴んじゃうんだから」
……たしかに。それに加えて、めっちゃ体丈夫になってるし警護要らないかも。
「ところで家に帰らなくて良いんですか?」
財布も警察手帳も持っていないんじゃなかったでしたっけ?
「あら、だから一緒に帰っているじゃない。今日から私も命くんの家でお世話になるわ」
……聞いてないんですけど?
「今言ったじゃない」
まあ、それは良い。良くはないけど、部屋は余っているし、撫子さんたちも今更一人増えたところで文句は言わないだろう。
問題はすあまだ。
ただでさえ人数にたいしてすあまが少ないのに、楓さんが来たら……俺がすあまを食べられる確率が大幅に下がってしまう。
「ほ、ほら、荷物とかあるんじゃないですか? 明日からでも……いや今夜あらためてでも遅くないような……」
「お気遣いなく。私、ずっとホテル暮らしだから、自宅が無いのよ。皆さんにあいさつしたら、チェックアウトしてくるからね」
「そ、そうなんですね、あはは」
駄目だ……これ以上は不自然に思われる。
「……ねえ、ところでそんなにすあまって美味しいの?」
ぎっくぅ!? しまった……心の中読まれた?
「食べたことはないんですけどね」
主に撫子さんのおかげで。
「ふーん。ねえ、私とすあまどっちが好き?」
なぜ和菓子と張り合おうとしているんですか楓さん?
「……食べたことないんでわかりません」
「あら、そこは嘘でも私って答えるところじゃないの? そうだ、せっかくだからついでに試食していく?」
「ええっ!? このへんにすあま食べられるところあるんですか?」
「違うわよ、わ・た・しを試食するのよ?」
指さす方向にはホテル街が……
「いやいやいや、俺には許嫁が……」
「あはは、私だって許嫁でしょう?」
「……そうでしたね。未成年なんで遠慮しておきます」
「ええ~、年齢なんて単なる数字じゃない」
あの……楓さんって一応刑事なんですよね?
何とか無事に家に帰ってきた。
「紅葉楓よ。新しく命くんの許嫁として今日からここに住むことになりました。よろしく」
ちょっと買い物に出かけたら許嫁を連れて帰ってくる俺。
駄目だ……どう考えても普通じゃない。
「おおっ!! やるじゃないかみこちん。これは私もうかうかしていられないな」
「へえ……あの死神を許嫁にするなんて、命くんもなかなか度胸がある……」
「大変、食材足りるでしょうか……」
うん……まあ、撫子さんはある意味予想通りすぎて泣きたくなるけど、桜花さんの言っている死神って何でしょうか? 葵は……仕事熱心で偉い!!
許嫁の三人はいいとして、それよりも、雅先生だよな。さすがに先生には申し訳ないというか、どうやって説明すれば……?
「というわけなんで、よろしくね雅」
え……? 楓さんって雅先生の知り合い?
「……あ~、もう楓ったら相変わらずマイペースなんだから」
苦笑いで応える雅先生。
「あの……雅先生と楓さんって?」
「幼馴染で同級生よ~。もう察しているかもしれないけれど、私も天津くんの警護役なの~」
……いいえ、まったく全然かけらも察しておりませんでした。あーうん、もうわけがわからないけれど、なるほど、すべては予定どおりだったのかと思えば……。
まてよ……ってことは、まさか……?
「そうよ~。私も許嫁よ~」
もう許嫁の定義がわからない。言ったもんが勝ちなのか?
だけど許嫁を集めることが女神さまのお告げだし、この状況で今更先生だけを断る理由もない。
むしろ全員許嫁ということになるのだから、かえって状況がわかりやすくなったと喜ぶべきではないだろうか。
先生のことを異性として意識したことは正直なかったけど、あらためて見るとかわいいし。
妹がいたらこんな感じなのかなとは思ったことはある。年上だけど。
本当なら、かわいければ誰でも良いのかと自分自身にツッコむところだけど、色々麻痺してきたのか割と自然に受け入れてしまっている自分がいる。
もしかして……桜花さんによって新たに解放された力ってメンタル的なものなのかもしれない。
「わかりました。よろしくお願いします、雅先生」
「あら~? 良いの~? やった~!!」
相変わらずゆるふわで和むなあ。頭を撫でたくなる可愛さだ。
「先生、命くんが頭を撫でたがっているよ」
しまった。桜花さんはこの距離なら心を読めるんだった……。
「ふえっ!? あ、あああ頭を撫でたいんですか~?」
あれ? 怒られるのかと思ったら、めちゃくちゃ照れているんだけど?
「し、仕方ないですね~。内緒ですからね~?」
そう言って頭を差し出す雅先生。この状況で内緒って言われても……誰に?




