第五十六話 限定ひだにゃん
「ひだにゃんって、あの一部マニアの間で熱狂的な人気があるゆるキャラでしたっけ?」
ひだにゃんは、もふもふしているオッドアイの白猫キャラだ。撫子さんがキーホルダーを持っていたので知っているのであって別に大好きってわけじゃないからな。
「天津命くん、ひだにゃんを知っているなんて、やはり見所がありますね。その通り、しかもこのクレーンゲームの景品は、すべて手縫いで尻尾が九本ある限定品。まるで本物の猫を撫でているような滑らかな触り心地に加えてシリアルナンバー入りなのですよ!!」
力説する霧野先輩。
なるほど、たしかに限定品なら欲しい気がしてきた。それほど熱狂的ではない俺ですらこのざまだ。ひだにゃん大好きな霧野先輩や撫子さんなら絶対に欲しいだろう。
「でも、ずいぶんエキサイトしていたみたいですけど、そんなにひだにゃんとれないんですか?」
バツが悪そうに顔をそむける霧野先輩。
「オープンと同時に朝一からチャレンジしているんですけど……」
現実に引き戻されたのか、どんよりした表情で項垂れている。
「朝からって……一体いくら使ったんですか?」
「えっと……さっき二回目の一万円札を両替したところだから、間違いなく一万円以上は……」
お、おおう……そんなに欲しいのか、限定ひだにゃん。
待てよ……これを撫子さんにプレゼントしたら喜んでもらえるんじゃないか?
『撫子さん、お土産の限定ひだにゃん』
『わあ、ありがとうみこちん!! 御礼にすあまを食べさせてやろう』
ふふふ、撫子さんってば口移しはさすがにまずいですって……ぐふふ。
うむ、我ながらいいアイデア。だが待てよ、そうすると桜花さんや葵にもあげないと不公平になってしまうな……
「天津命くん、さっきからニヤニヤしたり悩んでみたり怖いですよ?」
しまった……霧野先輩の前だった。
「あの……良かったら、俺が取ってあげましょうか? ひだにゃん」
ついでじゃ失礼かもしれないけど、なんだか放っておけない感じだしな。
「えっ!? もしかして、天津命くんこのゲーム得意だったりするんですか?」
「まあ……見ててくださいよ。俺、2回以上は失敗しませんから」
「天津命くん……信じていいんですよね? もし嘘をついたら……」
うっ……霧野先輩の期待の視線が凄まじい。ハイプレッシャーに気を抜くと魂ごと持って行かれそうになる。
疲れるから普段はあまりやらないんだけど、停止と解除を高速で繰り返すことで超スロー再生みたいな感じになる。
1回目でクレーンの動きを把握すれば、俺にとってぬいぐるみをゲットするなど容易いことなんだ。
「はい、取れましたよひだにゃん」
撫子さん、桜花さん、葵の分を確保して、四個目のひだにゃんを霧野先輩に渡す。
「ああああああああああ……あ、ありがとおおおおおお!!!!」
ガクガク震えている霧野先輩……喜んでいるんだろうけど、ちょっと怖い。
ただ、ひだにゃんをぎゅっと抱きしめている姿は文句なしに可愛い。
良かったですね、先輩。
「じゃあ、俺はこれで……」
さあ早くお菓子を買って帰らないと……予定よりもずいぶん遅くなってしまった。
「待ってください」
霧野先輩が袖を掴んで離さない。くっ……嫌な予感がする。
「あの……まだ何か?」
「…………」
黙って小銭を差し出す霧野先輩。
これはアレだよな……。
「きゃあああああ!!! すごい、大漁大漁~!!!」
両手に抱えきれないほどの限定ひだにゃんにご満悦の霧野先輩。良かったですね。
「そんなにたくさんどうするんですか?」
「え? もちろん部屋に並べるのですよ。にゃふふ~!!」
霧野先輩、ひだにゃんの口調になってますよ。しかし可愛いなおい。
先輩に対して可愛いは失礼かもしれないけど。
はっ……まずい、今度こそ早く行かないと……まだお菓子も買ってないし。
「じゃあ今度こそ行きますね」
「待ってください」
霧野先輩が袖を掴んで離さない。
「あの……まだ何か?」
「はい、ありがとうございました天野命くん」
霧野先輩が差し出したのは一体の限定ひだにゃん。
「……良いんですか?」
「良いんですよ。私だと思って可愛がってあげてくださいね」
くっ……何て応えれば良いんだコレ?
わかりましたって言ったらそれはそれで大丈夫なんだろうか。
「わかりました。大切にします」
「えっ……!? そ、そうですか、ありがとうございます……」
おーい、霧野先輩顔真っ赤じゃないか。やっぱり駄目なやつだったか。
違いますよ、ぬいぐるみのことですよって言いたいけど、言えない……。




