第五十五話 年上の女性
まずはケーキ屋さんからだな。
町内で一番人気のケーキ屋さんで女の子が好きそうな奴を多めに買ってこよう。
葉を隠すなら森の中、すあまを隠すならケーキの中だ!!
『洋菓子 キャトル セゾン』
テレビや雑誌なんかでも定期的に取り上げられる人気店。
昔から利用しているので、店長さんとも知り合いだ。
たしか父さんたちの同級生だって聞いたことがある。
「お願い、必ず後で戻ってくるから!!」
店内に入ると聞き覚えのある声が聞こえてくる。店長と客の女性がなにやら揉めているようだけど。
「駄目だよ、そう言って戻ってこなかったお客さんいるからね」
「そこを何とか……」
「……何やってんですか? 刑事さん」
誰かと思ったら、昨夜お世話になった美人刑事さんじゃないか。
「ん? ああ!! 天津くんじゃない!! 実はお財布忘れちゃって……てへ」
てへ……って。この人お金払わないでケーキ買おうとしていたのか。
「なんだ、命くんの知り合いだったのか。この人刑事だって言い張るんだけど、警察手帳も持っていないし、困っていたんだよ」
たぶん今日はお休みなんだろうけど、きっとオンオフが激しい人に違いない……。
「ああ……そういうことでしたか。じゃあこの人の分も俺が払いますんで」
「いやあ、助かったよ~、今日は念願のケーキ解禁デーだったから」
愛おしそうにケーキの入った箱を抱きしめる女刑事さん。そんなに食べたかったのならお役に立てて良かったです。
「じゅあ俺は急ぐんで失礼します、昨晩はお世話になりましたしケーキ代は返さなくて良いですからね」
「待ちなさい」
ぐっと腕を掴んで離さない刑事さん。
「あの……まだ何か?」
「楓よ、紅葉 楓、命くん、昨日の銃弾、持っているんでしょう?」
げっ……なんで? バレていないと思っていたのに。
「大丈夫よ、問題にしたりしないから」
宵闇のような切れ長の瞳は嘘を言っているようには見えない。
「……はい、これ」
懐にしまいこんでいた銃弾二発を楓さんに手渡す。
「……驚いた。本当に持っていたのね」
「カマをかけたんですか?」
「いいえ、私は常人より目が良いのよ。状況は良く見えていたのだけれど、どこにも弾痕が無かったから消去法よ。でも、不思議ね。どうやったのかしら?」
探るように覗き込んでくる楓さん。胸板をなぞるように指が触れる。至近距離でみても綺麗な人だ。桜花さんとは違った大人の女性の香りがする。
「……俺も目が良いんですよ。たとえば弾丸が止まって見えるくらいに」
「あはは、またまた~、冗談ばっかり……」
ガシッ
「……あら、満更冗談でもなかったみたいね」
不意打ちで手刀を放ってきたので、受け止める。
ちなみに止まって見えるので、寸止めなのかそうでないのか高度なことはわからない。
「……自信無くすわね、これでも黒帯で古流武術師範代なんだけど」
「光速を超えたら視えないかもしれませんよ」
「ふふっ、面白いわね君。ね、昨日の子って彼女?」
「いいえ、学校の知り合いですけど」
「そうなんだ……向こうはそう思ってなさそうだったけど」
「え? どういう意味ですか?」
「何でもないわよ。ところで天津くんは年上の女性は大丈夫かしら?」
大丈夫って、どういう意味なのか?
「そうですね……どちらかといえば年上の方が安心はしますね」
ゆり姉や桜花さんを思い浮かべる。
うん、よく考えたら俺、年下の女性とまったく縁が無いな。
「あら嬉しい。昨日の件、何かわかったら知らせるわね~ケーキありがとう」
何やら上機嫌の楓さんと別れて、次はお菓子を買いに老舗の駄菓子屋へ向かう。
そういえば何十年も前から店主のおばあちゃんがまるで変わっていないから、妖怪かもしれないぞって父さんに言われて子ども心に怖かったことを思い出す。今でも全然変わっていないんだけど……まさか……ね?
それはともかくとして、駄菓子はケーキとは違った吸引力があるから、なるべく多くの種類を買って帰るつもりだ。
きっとすあまから目を逸らす役に立ってくれるはず。
「あああああ……また失敗……悔しいいいいいい!!!」
う……通りかかったゲーセンから悲鳴ともとれるような絶叫が耳に飛び込んでくる。
どうやら入口のクレーンゲームコーナーで格闘している女性が発しているようだけど……ってあれ? あの人……
「……霧野先輩、もしかしてデートですか?」
生徒会執行部で受付をしていた霧野かすみ先輩。制服姿も可愛かったけれど、私服はフリフリレースのゴスロリっぽいシックな白黒。正直お人形さんみたいでとても似合っている。
一応気をつかってみたが、鬼気迫る表情で大声を出している先輩に声をかける勇者はそうそういないだろうし、まずデート中とは思えない。
「ちょっと、今集中しているんだから声掛けないでっ!!! って、天津命くんじゃないですか」
昨日一度会っただけなのに、名前を憶えていてくれたのは正直嬉しい。
プライベートと学校での雰囲気が全然違うのには驚いたけど。
「これがデートに見えますか?」
「いいえ、クレーンゲームで遊んでいるようにしか見えないです」
「遊んでいるわけじゃないです!! ここでしか手に入らない限定ひだにゃんのぬいぐるみをゲットするまで帰れないのですよ!!」
くわっと目を見開いて怒りだす霧野先輩。うん……ちょっと怖いけどなんか思っていたのと違って意外と可愛い人なのかもしれない。
それにしても……限定ひだにゃんか。




