第五十話 なんか悔しいわね
「てめえ……格好付けて女逃がしやがってタダで済むと思ってないだろうな?」
うわあ……派手なスーツとか完全にヤバい人たちだよな?
思わず飛び出して那須野さん逃がしたのはいいけど、どうすんのこれ……。
「あ、兄貴、こ、こいつ……もしかして例の餓鬼じゃあ?」
「ん? おい、お前もしかして、天津命って奴じゃないだろうな?」
ん? 俺のこと知っている? もしかして助かった?
「はい、俺が天津命ですけど……」
「ははははは、こいつは笑えるな。まさかターゲット自らやってくるとは」
「……ターゲット?」
……嫌な予感しかしないんだけど。
「おっと、何でもねえよ。大人しく付いてくるなら手は出さねえ安心しろ」
「ちなみにどこへ?」
「組の事務所だ」
……全然安心できない件。
まあタイミング的に間違いなく会長の仕業だろうな。のこのこついて行ったら、撫子さんと別れるまで監禁されるか下手すると拷問されるかもしれない……。
「二度は言わねえぞ、大人しくついてこい餓鬼」
「お断わりします」
「……そうか、それは良い心がけ……ってなんだとっ!?」
不思議なことに全然怖くないんだよな……解放された力の影響? 無尽蔵の体力のおかげで千家さん背負って歩いたのに全然疲れていないし、葵の作った晩御飯のことを考える余裕すらある。
「馬鹿な餓鬼だ、やれっ!!」
いかにも喧嘩慣れしてそうな四人が襲いかかってくるけど……
「あのさ、一応言っておくけど、手加減とか出来ないよ? 俺、喧嘩慣れしてないし」
「ほざけ!!」
実際触れられなければどうということもないんだよな。
「くっ、なんだこの餓鬼、異常にすばしっこいぞ!?」
「どけ、俺がやる」
一番強そうなリーダー格の男。明らかに格闘技とかやってそうな動きだ。
でもな~止まっていたら同じなんだよ、な!!
リーダーの攻撃をすべて紙一重でかわす。
「馬鹿な……お前、本当に素人か?」
残念ながら素人だ。格闘技の経験はない。
このまま逃げ回っていても良いんだけど、俺も那須野さんも顔を知られちゃっているし、逃げられたら後々面倒かもしれない。うーんどうするべきか……。
「ちっ、ちょこまかと……あまり街中で使いたくなかったが仕方ねえ」
シュッ!!
な、ナイフ!? こんなもの投げるなんて、死んだらどうするんだよ!!
まあ……止まって視えるから、余裕でキャッチできるんだけど。
「なっ!? お、おま、な、ナイフを……素手で……」
もしかしてこいつら……本気で俺を殺しに来ている? そういうことなら仕方ない。
「ぎゃああ!!」
「ぐわっ!?」
「がっ!?」
攻撃をかわしながら、お尻や足をちょこちょこナイフで突き刺してゆく。
これなら痛みで走って逃げられないだろう。
「……餓鬼が、舐めやがって」
「あ、兄貴、それはさすがにヤバいっすよ」
「うるせえ!! そろそろサツが来る。素人の餓鬼に舐められたら終わりだ」
チャキ
ち、ちょっと待った。じ、銃は反則だと思うんだ……。
「安心しろ、動けないようにちょっと足を撃ち抜くだけだ」
そっかあ、それなら安心……ってなるかああああ!!
パンッ! パンッ!
う、撃ちやがった……こんなん当たり所が悪かったら、死ぬかもしれないんだぞ!!
まあ……止まって視えるから、余裕で弾丸キャッチできたけど。
「おいおい、善良な高校生相手に発砲するとかありえないだろ!!」
掴みとった弾丸二発を見せる。
「……へ? ……え? ち、ちょっと待て……へ?」
よっぽどショックだったのか、茫然自失の男たち。
「天津~!! 呼んできたよ」
おお、那須野さん、グッドタイミング!!
「全員動くな!!」
男たちは駆けつけた警官隊に一人残らず取り押さえられてゆく。
ふう……やれやれだな。
◇◇◇◇◇◇
「あ、天津、死ぬなとは言ったけど、びっくりするぐらい無傷ね……」
銃声が聞こえたときは悲鳴を上げそうになったけど、なんとか間に合って良かった。
べ、別に心配したわけじゃないのよ。私のせいで何かあったら申し訳ないだけ。一応助けようとしてくれたわけだしね。
「ははは、まあ避けるのだけは昔から得意だからな」
……冗談とも本気とも判断付かないけど、これだけ軽口たたけるなら心配なさそうね。
「家まで送って行くよ、こんなことがあった後だし」
「そ、そう? まあどうしてもって言うならお願いしようかしら」
本当は少しだけ怖かったから天津のさりげない気遣いが嬉しい。でも男性と二人っきりで帰るなんて初めてだから、なんだか緊張するわね。て、手とか繋いだ方が良いのかしら?
「良い雰囲気のところ申し訳ないんだけど、事情聴取に協力してね」
交番に偶然居合わせた美人刑事がニヤニヤしながら茶化してくる。
「なっ、良い雰囲気なんかじゃないし!!」
「刑事さん、晩御飯冷めちゃうんで手短にお願いできませんか? 必要ならまた後日」
「ふふっ、大丈夫よ、そんなに時間はとらせないから。ね、天津くん」
女優さんみたいな綺麗な人にウインクされて天津のやつ赤くなってるじゃない。
何この女刑事……色目なんか使っちゃって。わ、私には関係ないけど!!
「……晩御飯冷めちゃうんじゃなかったの? 別に無理しないで帰っても良いのよ」
10分ほどで事情聴取が終わり、天津に家まで送ってもらっている。
本当はすごく安心だしありがたいのに、我ながら気のきいたことも言えないわね。
「ああ、それなら大丈夫、撫子さんには連絡入れてあるから」
「へ、へえ~、本当に撫子と一緒に住んでいるんだ……」
そうだった……こいつには撫子という完璧な許嫁がいるんだっけ。私、馬鹿みたい。
「天津……私ね、もうすぐ家が決めた人と結婚させられるのよ」
なんでこんなこと、天津に話しているんだろう。親友の撫子たちにもまだ話していないのに。
「そっか……どんな人?」
「知らない人。会ったこともないし、名前もまだ聞いてない」
「ふーん……那須野さんは、その……好きな人とか、気になっている人はいないのか?」
「……別に」
少なくともさっきまでは気になる人はいなかった……と思う。
「私のことよりあんたはどうなのよ? 撫子のこと、好き?」
「ああ、大好きだよ」
……聞いた私も悪いけど、なんか悔しいわね。
「……おんぶして」
「……は?」
「安心したら疲れがどっと出たのよ。もう一歩も歩けないの!!」
その場に座り込んで天津を見上げる。
ちょっと待って何言ってんの私!? 顔がカーッと熱くなるのがわかる。
「じょ、冗談よ……ってきゃあ!!」
慌てて取り消そうとしたら言い終わる前に天津におんぶされていた。
ち、近い、っていうか密着が……。ふ、太ももに手が……!! 軽くパニックに陥る。
「家までどのくらい?」
「ひゃ、百……一キロくらいね」
ごめん、本当は百メートルだけど。咄嗟に嘘をついてしまった。
「……思ったより遠いんだな」
「重くて悪かったわね」
「はは、そんなことないよ。ただ、今日はやたらおんぶしてるな~なんて」
「……? どういう意味よ」
「別に。悪いと思うならしっかり掴まってて。その方が楽だから」
言ったわね? お望み通り思い切り抱き着いてやるから覚悟しなさいよ、馬鹿。




