第三十六話 女神との邂逅
気が付くと知らない場所に居た。
桜花さんや撫子さんの姿はない。
それどころかベッドも壁も天井もない。
もっと言えば、上も下もわからない空間。
寝ているのか起きているのかすら認識できない不思議な感覚。
俺は……夢を見ているのか?
『うっ!?』
突然押し寄せる光の奔流に一瞬で視界が奪われる。
やがてその光は意志を持つかのように一点に収束し始める。
俺は言葉を失った。
銀河に展開する無数の光の瞬きが
まるで一点に流れ込んでいるようなまばゆい銀色の髪
行き場を失った光源たちが蛍や妖精のように銀糸をキラキラと輝かせている
ふわふわと意思を持つかのように髪が踊る
ここは重力の無い宇宙なのかもしれないとぼんやりと考える
その瞳は夜明け前の空、深海のそれよりも深く碧く
光すら飲み込むという宇宙の大穴のように暗い
人間らしい感情はまるで感じられず、意志のかけらすら拾うことが出来ないが
奥底に宿した恒星の熱が魂まで燃やし尽くさんと心を掴んで離さない
その非現実的なほど白い肌は、胡粉を塗した磁器人形のようで
シミや黒子はもちろん、生物たる赤や青の脈動すら確認することが出来ない
艶やかな唇は蜂蜜漬けにした桜の花びらのよう
添えられた指は氷細工と見紛うほどの透明で磨き上げられた刃のように繊細だ
『ようこそ。ここは神々が住まう世界よ』
神々だって? ということは目の前の存在は……女神さま?
「あ、天津命です。貴女は一体……? 俺はどうしてここに?」
どうやら声は出せるらしい。ひそかに安堵する。
『私は女神。アマテラスって言えばわかるかしら?』
ちょっと待ってくれ。アマテラスって最高神じゃないか。あわわわ……。
『あはは、そんなに緊張しなくたって大丈夫よ。親戚のおばさんだと思ってくれればいいわ。それから、どうしてここへという質問だけど、命くんが撫子ちゃんを許嫁にしたことで回廊への接続が可能になったのよ。人界との接続は久しぶりだわ~』
ず、ずいぶん気さくな女神さまだけど、さすがに親戚のおばさんは無い。
「あの……それで、俺に何か御用でしょうか?」
『ええ、時間が無いから単刀直入に言うわね。命くん、日本の危機を救って』
いやあの、そんな簡単に言われましても……
「俺にそんな大層なことが出来るとは思えないんですが?」
野球で日本代表を救うくらいなら出来るかもしれないけれど。
『うふふ、大丈夫、命くんは私たちの力を一番受け継いでいるんだから自信を持ちなさい。私たちが介入出来ない今、この国を救えるのは君しかいないのよ』
くっ……女神さまにそこまで言われたらやらないわけにはいかないよな。
「具体的には何をすれば?」
『許嫁を集めるのよ』
あの……許嫁って集めるものでしたっけ?
『ふふっ、許嫁が封印を解くカギなの。そうすれば命くんの中に眠る力が少しずつ解放されるわ』
おおお……なんという熱い中二展開。まさか俺にそんな力が……!?
『ふふ、やる気になってくれたかしら? 気付いていないようだけど、すでに撫子ちゃんによって、一部解放されているのよ。無尽蔵の体力、がね』
あ……言われてみればドッジボールの時、まったく疲れなかったけど、そういうことだったのか!!
『あら……もう時間切れ……頑張って……いつも……見守っている……からね』
女神さまの声が遠く途切れ途切れになってゆく。
「……夢……だったのか?」
なんだかやたらとリアルな夢だった。詳細まではっきりと思い出せるし、妙な説得力もあった。
「日本を救う? 俺が?」
自分で言っていても正気とは思えない。桜花さんの話を聞いたせいで見た夢だったのかもしれない。
でも……
「え……? 撫子さんも同じような夢を見たの?」
「私も見たよ、命くん」
三人とも女神さまの夢を見たらしい。
「ふはは、すごいぞみこちん、私たちが日本を救うんだぞ? 早く許嫁を集めなければ」
あの……許嫁の意味わかってるのかな? ありがたいんだけどすごい複雑。
「そうだね、これは全力で命くんをサポートしないと……とりあえずは私が……」
あの……桜花さんも許嫁になるつもりなんですか? お母さんという設定は……いや、何でもないです。
瞳をキラキラ輝かせる二人。女神さまに会えたことで、テンションが異常に高い。俺よりやる気に満ちあふれているんだけど……。
うーん、でもなあ……日本を救うっていうのはカッコいいんだけど、やることが許嫁を集めるだけだからな……。正直複雑……やるしかないのはわかっているんだけどさ。




