第三十五話 天津家の宿命
「……まだ眠れないのかい?」
「……桜花さん、はい……ちょっと色々考えてしまって」
夜中、ベッドの中で桜花さんが話しかけてくる。
ちなみに撫子さんは俺に抱き着いてすーすー寝息を立てている。寝顔は天使かはたまた女神さまか。
「ふーん、たしかにそれじゃあ眠れないね。我慢しろとは言ったけど、キスぐらいしたっていいんだよ? ほら、見ないふりしてあげるから」
そこは他所見してくれるところでは? ってそうじゃない。
「ち、違いますって。いや、違うわけじゃないんですけど、眠れないのはそうじゃなくて……」
「ふふっ、わかっているさ。天津家の人間だからってところが気になっているんだよね?」
「いや、どんな理由であれ、撫子さんと一緒になれるなら嬉しいことには変わりないんですけど……」
俺は一体何を気にしているんだろう? 手が届かない高嶺の花だと思っていた撫子さんとお近づきになれただけで、あれだけ嬉しかったじゃないか。これ以上何を求めているっていうんだ?
「命くんは勘違いしているようだけど、撫子と命くんが仲良くなったのは完全に偶然だよ。そこに意図もなければ、思惑もない。そこは信じて欲しいな」
桜花さんの顔は見えないけれど、嘘を言っているようには聞こえない。たしかにその気があるなら、もっとお互いが小さいときからチャンスなんていくらでもあったわけで。
「まあ、私としては最高の結果になってくれて良かったと思っているけどね。正直ギリギリだったから」
「……ギリギリ? どういう意味ですか?」
「言葉通りだよ。命くんもだけど、私たちは18歳になった時点でお見合いで結婚させられることになっているからね」
え……? 俺も? そういうことはもっと早く知りたかった。
でも……良かった。撫子さんが知らない男とお見合い結婚させられるなんて耐えられない。
「うん、安心しているところ非常に言いにくいんだけどね。撫子はともかく、命くんはこれから大変だよ?」
「へ……? まだ何かあるんですか?」
まさか、山奥で何年も修業させられるとか? あり得る……。
「あはは、修業はさすがにないとは思うけど、ある意味もっと大変かもしれないね……」
桜花さんが気の毒そうに苦笑いしている。
どうやら修行がないなら安心……ってわけじゃなさそうだ。怖い、聞きたいような聞きたくないような。
「聞いておいた方が良いよ。どうせ避けられないことなら、心の準備だけでもしておいた方がいくぶんかマシだからね」
どうやら聞かないという選択肢はなさそうだ。
「うん、落ち着いて聞いて欲しいんだけど、天津家の男子は、血を残すため、子をたくさん成すことを宿命づけられた存在なんだ。宗主家の人間ならば当然複数の妻を娶らなければならない」
な、なんだってっ!? それって撫子さん以外にも……ってこと……だよな?
「そういうこと。ちなみに拒否権はないよ。妻を持たない場合、全国はおろか、世界中に散らばっている一族の女性から365日24時間狙われるから、公式に妻を決めた方が身のためだね」
何それ怖い。逃げ道はなかった……。でも待てよ、複数で良いなら二人でも良いってことだよな?
「私が命くんの名目上の妻になることで済むなら楽なんだけどね。残念ながら命くんは宗主家の能力を受け継いだ『稀人』だから」
『稀人』……? なんだそれ。
「神々の血を濃く受け継ぐ天津家においても、能力の発現は安定しないんだよ。その中でも、天津家初代が持っていた奇跡の力は、宗主家にしか発現しないうえに、一世代に一人だけと決まっている。命くんは今代の当主になることが出来る唯一の人間ということになる」
駄目だ……もはや話のスケールが大きくなりすぎて付いていけない。
「いや、待ってくださいよ、そんなこと言われても何も知らない人間が当主なんて無理に決まっているじゃないですか!!」
「それならば心配ない。基本的に当主の仕事は子孫を残すことだけだからね。難しいことはなにもない。そのために多くの分家が存在しているのだから」
……それって……もしかしなくても当主ってたんなる種馬なんじゃあ……?
「あはは、まあ、たしかにそういう側面があることは否めないけど、国家支援の下で合法的にハーレムを作れるんだから、開き直って楽しむのも手だよ。そもそも、私たちのような関係者一族には当たり前のことだから抵抗感もないわけだし」
ハーレムか……そういうのが好きな奴もいるらしいけどな。例えば直樹とか直樹とか。
「ちょっと待った、ということは、まさか父さんも?」
俺が天津家の直系ならば、当然父さんもそうだということになるよな?
「もちろんさ、近いうちに異母兄弟たちと会うこともあるだろうね」
マジかよ……なんてこった。やたら出張が多いと思っていたけどそういうことだったのか。俺に……顔も知らない兄弟がいたなんて。しかも複数。
「でも桜花さんって、なんでそんなに天津家の事情に詳しいんですか?」
「あはは、それはだね、私の亡くなった旦那が健のお兄さん、つまりは命くんの伯父さんだったからだよ」
えええ……初耳なんですけど? っていうか、親戚は居ないって全部嘘だったのか……。
それに、父さんも伯父さんにしても、天津家の男子、なんでそんなに死んでいるんだ? 怖いんだけど……。
ん? 伯父さんの……ってことは?
「あれ? もしかして、俺と撫子さんっていとこ同士ってことですか?」
「そういうことになるね。さあ、明日も早い。そろそろ眠ろう」
衝撃の事実が多すぎてとても眠れる心境じゃないんだが……。
「仕方がないな……おいで命くん」
桜花さんが頭を包み込んで優しく髪を撫でてくれる。
桜花さんの香りとても落ち着くんだよな……それに撫子さんの体温が心地良い……。
二人の温もりに包まれながら、俺は次第にまぶたが重くなってゆくのを感じていた。




