第三十話 君は天然ガール
「ところで撫子さん、今は何をしているんだ?」
すあまを諦めた俺は、頭を夕食のごちそうへと切り替える。
なにせ撫子さんの初めての手料理だからな。
「ふふふ、しっかりと泥抜きをしたザリガニを日本酒に漬けて臭みをとっているところだ」
先日撫子さんが捕まえた大量のザリガニたちが、日本酒に酔っぱらってフラフラしている。
さっきから漂っていた匂いは、日本酒だったのか。
「よし、下準備はこんなところで良いだろう。みこちん、母上が帰ってくる前にお風呂に入ろう」
にゃ、にゃんだってっ!? こんな明るいうちからお風呂でイチャイチャするだと……!?
まさかこれが伝説の「ごはんにする? お風呂にする? それとも私?」なのか?
「あ、ごめん、すぐに風呂の準備してくる」
「ふふふ、私がやっておいたぞ。どうだ出来る許嫁だろう?」
どうだと言わんばかりに胸をはる撫子さんが可愛すぎる件。
神さま、ありがとうございます。
「また泣いているのか? 変なみこちんだな」
撫子さんには呆れられたけど、この涙は良い涙。
「ふ~、今日はたくさん汗をかいたからな」
気持ち良さそうに隣でシャワーを浴びている撫子さん。
うーん、慣れないこの状況。慣れるわけがないが。
般若心経を内心唱えながら黙々と身体を洗う。
「背中を流してやろう」
撫子さんの中では、すでに許嫁=背中を流すことになっているようだ。異論などない、あるわけがない。間違いなく今の俺は、世界トップクラスの幸せ者なのだろうから。
「ところで、ドッジボールでのあの見切り、一体どうやっているんだ?」
背中をこすりながら撫子さんが興味津々で聞いてくる。
俺からすれば、撫子さんの方がすごいと思うんだけどね。
「ああ、そのことなんだけど、その前に……痛いよ撫子さん!?」
「むっ!? ははは、すまんすまん、また間違って風呂掃除用のタワシを」
ワザとじゃないんだ、ワザとじゃないんだ、撫子さんは天然、そう撫子さんは天然ガール……。
全てを誤魔化せる魔法の聖句を唱える。
「実はさ、昔から集中すると動きが止まって見えるんだ」
それが普通だとずっと思っていたんだが、成長するにしたがって、どうやらそうではないらしいことに気付く。きっかけは、小学校でやった野球だったっけ。
「ほう……一流のアスリートの中にはそういう人間がいると聞いたことがある。すごいじゃないかみこちん」
あれ……!? あっさり信じてくれた? なんか嬉しい。
「でも撫子さんも似たようなものじゃないの? まるで蝶みたいにひらひらと避けていたし」
そう、俺とは違って優雅に余裕を持っているようにさえ見えた。
「ああ、あれは気の流れを読んでいるんだ。みこちんみたいに止まって見えているわけじゃない」
……なんだかそっちの方がすごくないっ!?
「それって……桜宮流舞闘術ってやつ?」
「その通り、私などまだまだ未熟者だから、気の流れを大まかに感じることしか出来ないが、母上クラスの達人になると、心の動きまで読み取ることが出来るらしい」
な、なんだってっ!? 俺はやっぱり桜花さんに心の中を読まれていたのか……。
「だがな……私でも、みこちんが今ドキドキしていることぐらいはわかるぞ?」
「ふえっ!?」
思わず変な声が出た。
「スキ有りっ!!」
ゴツンッ!!
「痛っ!?」
撫子さんの繰り出した掌底が、おでこにクリーンヒットする。
「ふふふ、まだまだ修行が足りんなみこちん」
「くっ……油断した」
本当はしっかり見えていたんだけどね。
見てはいけないものまで見えてしまったから……。
うん、俺はたしかに修行が足りないのだろう。
眼福ありがとうございました。




