第百五十四話 さようなら ひだにゃん
「ひだにゃん……寂しくなります」
「わああん……ひだにゃあああん」
「ひだにゃんさまが居なくなったら冬のホットと夏のコールドドリンクはどうすれば?」
ひだにゃんがいなくなると聞きつけて皆が集まってくる。
ドリンクはコンビニか自販機で買おうね。
「これ……とっておきのすあまなんだが。餞別だ、ひだにゃんにやろう」
あの撫子さんが……とっておきのすあまをあげている……だと!? 俺には一度もくれたことがないのに……
「ひだにゃんさま、これ、私の手作りすあまです」
葵の手作りすあまだって!? 俺だって食べたこと無いのに……普通に羨ましいんだが。
まるでお供え物のように、ひだにゃんの元に積み上げられてゆくすあま、すあま、すあま……
……ちょっと待て。一体どこにこれだけのすあまがあったんだい?
言えないな……一つくれなんて。これはひだにゃんへの餞別なんだから。
「ひだにゃん」
『うにゃん? どうしたのにゃあ命』
「これ……俺からの餞別」
美琴さんの和菓子生成スキルから学んで今の俺に出来る最高の想いを込めて創り出したすあまだ。気合入れ過ぎてスイカほどもある巨大なすあまだけど……。
『にゃああ!! 命、良い心がけにゃあ!!』
特大のすあまにかぶりつくひだにゃん。ああ……見ているだけで癒されるこの姿も見納めか。
『にゃああ……たくさん……けぷっ……すあまも食べたことにゃし、そろそろ行くとするにゃ……』
山のようなすあまを全て平らげたひだにゃん。
そのモフモフの白い体から金色の光が抜けてゆく……
綺麗だな……とても幻想的で……でも言葉で言い表せないほど寂しいよ……
『ほれ、御琴の魂よ、来るにゃあ!!!』
今度は美琴さんの身体から金色の光が抜け出して、ひだにゃんの体に吸い込まれてゆく。それと同時に猫だった身体が、手足が伸び、毛が無くなり髪が生えて……俺と同じくらいの年頃の全裸美男子になったので慌てて俺の上着を掛ける。
まあそりゃあそうだよな……あの美琴さんの双子なんだから。そりゃイケメンになるだろう。
……猫耳さえなければ完璧だったんだけどね。惜しい……いやむしろこれはこれでアリなのか? めっちゃ似合っているし。
『それじゃあ……みんなお別れにゃあああああ!!!!!』
光が遠ざかってゆく……くそっ、なんで涙が止まらないんだよ……なんでだろう……ずっと側に居てくれるんだって勝手に思っていたから気持ちの整理が追いつかない。
だってあのひだにゃんだぞ……
あのすあまばっかり食べて……全然俺にはくれなくて……でも肝心な時にはちゃんと助けてくれて……
俺は……俺はさ……
そんなひだにゃんが大好きなんだよ……
行くななんて言えない……だからせめて伝えなきゃ……
「ひだにゃん……ありがとうございましたあああああ!!!」
天まで届けと声の限り叫ぶ。
聞こえただろうか? 最後……光が消える瞬間……にゃふふという声が聞こえたような気がした。
「行ってしまったなみこちん……」
「寂しくなりますね……ご主人さま」
「そう……だな。寂しくなるな」
皆が泣いている。まるで太陽が居なくなったみたいだよ。
「うわあああああん、ひだにゃあああん……」
霧野先輩……ひだにゃん大好きですからね……
「霧野先輩、私がまた作ってあげますから」
「葵ちゃん……うわああああん、ありがとう」
翌日――――
『ただいまにゃあ!!』
……ひだにゃんが帰ってきた。
「……ひだにゃん!? どうして……?」
『葵が新しい身体を作ったから戻ってきたにゃあ。まだまだすあまを食べたいから、また世話になるにゃあよ』
ひだにゃん……あなたは顔がパンのヒーローか何かでしたっけ?
落ち込む霧野先輩を励ますために葵が魂を込めて作り直した手作りひだにゃん。以前より可愛さとモフが二割増しになっているのと、お別れしたばかりという補正で悔しいけれどめっちゃ可愛い。
まあ、なんだ……とりあえず葵グッジョブ。
「ひだにゃあああん!!」
「良かったひだにゃん」
「わあああああん」
たちまちひだにゃんを囲む輪が出来る。良かったなみんな。
『うにゃん? 命はモフらなくていいのかにゃあ?』
聞くまでも無いよ……お帰り、ひだにゃん!!!
◇◇◇
「ところで命、当主就任の日程なんだけど……来週に決まったぞ」
「え……? このまま父さんが続けるんじゃなかったの?」
父さんだってまだまだ若い。てっきり当主就任の件は流れたと思っていたんだが。
「馬鹿言え、当主の役割はお前も知っているだろう? さすがにもうそろそろ引退したいからな」
そうだった……すっかり忘れていたけど、ここからが本番だった。
「しかしお前も大変だよな? 仕方無かったとはいえ、許嫁の数、すでに歴代最高らしいぞ」
……うん、当主に就任してからは増やさないから大丈夫……なわけがない。
「私は可愛い娘がいっぱいできて嬉しいわ~!!」
「私も嬉しいよ、お母様」
「ちょっと……なんで桜花までしれっと娘面してるのよ?」
「ふ……事実だからね」
「なんか悔しいわ……」
……忘れてたけど、母さんと桜花さんって親友だったんだよな。今更ながら複雑な気分になってきた。
「あ、そうだ命、各地に居るお前の兄弟姉妹も紹介しないとな」
そうだった……すあまたちだけなわけないよな……人数は怖いから聞かない。
「おーい、みこちん、たまには一緒にザリガニ取らないか?」
「ふふふ、今の俺ならザリガニなど……」
「言っておくが神気やスキルは禁止だぞ。みこちん」
「ええっ!? そんなあ~!?」
「ははは、それでこそ醍醐味というやつじゃないか」
ニヤリと不敵に微笑む撫子さんが眩しい。
「おーい命、菫さんがケーキを焼いてくれたって言うから遊びに来たぞ~」
直樹か……菫さんの前だからってだらしない顔しやがって。そんなんで黒津家を立て直せるのかよ。
黒津家は菫さんが当主となり、直樹はそれを補佐することになる。逆玉の輿ってやつだな。
懸案だった菫さんの毒手スキルは、ひだにゃんのアドバイスですっかりコントロール出来るようになっている。今まで出来なかったことへの反動なのだろう。毎日のようにお菓子やケーキを作っては直樹に食べさせている。俺は食べたことないけど、葵が付きっきりで教えているから間違いなく美味しいはずだ。怒らせたらどうなるかわからないけどな……。
お屋敷はこれから大改修工事に入る。
皆が住みやすいように、そしていよいよ動き出したすあま事業化プロジェクトに向けての工事も兼ねているのだ。
「みこちん? 早くしないとザリガニが逃げてしまうぞ?」
「ごめん撫子さん、今行く」
ザリガニが逃げるとは思えないけど、撫子さんとの時間は有限。
「ご主人さま、今夜はザリガニパーティにしますから、たくさん採って来てくださいね」
「撫子……天津……もう高校生なんだから」
「あら茉莉、もしかして一緒に混ざりたいんじゃないの?」
「あ、菖蒲、そ、そんなわけあるか!?」
「おお!! ザリガニか! 面白そうだな。零、お前もやるだろ?」
「姫奈……私は遠慮しておきますわ」
「琴都音、どちらが多く首級を上げるか勝負ぞ」
「千歳さま……ザリガニですけど?」
「百合、あれってジャパニーズロブスター?」
「いやソフィア、アメリカザリガニよ」
次々と参戦してくる許嫁たち。ザリガニ釣りセット足りるかな……?
想像もしていなかった許嫁たちとの同居生活。
正直めちゃくちゃだし、色々とおかしいことだらけだし……
きっとこれから想像もできないような問題や困難だってあるかもしれない。
世界にはまだまだ黒津の残党が暗躍しているし、西の結界だってなんとかしないといけないし、問題は山積みだ。
でも……これだけは言える。
みんなと暮らす生活は 待っている未来は きっと最高だって
いいなずけ無双 おしまい
◇◇◇
最後まで読んでくださりありがとうございました。
『まだ終わってないにゃあ!!!』
「ひだにゃん?」
『もう少し続くにゃあよ。命には内緒にゃ』
「えええ……気になる」




