第百五十一話 いいなずけ無双
「あの……御琴さんって男じゃなかったんですか!?」
「ああ……そういえば話していなかったですね。兄としての私の身体は失ってしまいましたので、私たちは妹の美琴の肉体に同居しているのです」
「私たち? 同居?」
聞けば美琴さんの体の中に、御琴さんと美琴さんが同居している状態なんだとか。音が同じだから実に紛らわしいけれど。
「ちなみに今話しているのは……?」
「御琴です」
……音が同じだからわからないんだけど。流れ的にお兄さんかな?
「そうでしたか……真さまと英梨花、そして雪音が……でも良かった……御琴、美琴」
「椿姫さま……」
抱き合って涙を流す二人の姿が尊くていつまでも眺めていたい。ああ……良かった……本当に……良かった。しばらく動きたくないぐらい疲れたけどさ。
『大変です椿姫さま!! 黒津の連中が逃げました』
「なんですって!?」
「どうしたんだ椿姫?」
「千歳から念話です。黒津の面々が逃げたようです」
拘束されていたはずの黒津家の連中が逃げたのか。おそらく息のかかった者が内部に居たのだろう。せっかく休めると思ったのに余計なことを……
「とりあえず戻りましょう」
転移で本院へ戻る――――
「このままだと……マズいですね、連中、全てを破壊するつもりです」
「ええっ!? ミコトさん破壊ってどういう……」
「大陸から迎撃能力を超えた飽和攻撃が来ます。ありったけのミサイルが撃ち込まれるでしょう。一族を中枢部ごと消し去ってしまえば……もしくは力を削ぐことが出来れば、自分たちが世界の覇権を握れると考えているのでしょう。実際、すでにその力は持っていますから。近くに黒津の持ち空港がありますので、自分たちはそこから国外へ逃亡するつもりなのでしょうが――――」
マジかよ……クズだとは思っていたけれど、そこまでだとは思っていなかった。生まれ育った祖国を灰にして……それで一体何を得られると思っているんだよ……
「大変です!! 防衛省から緊急連絡、大陸から数百発の核弾頭ミサイルが日本全土を射程に入れ発射準備態勢に入ったと……』
核弾頭!? 駄目だ……一発でも着弾したらとんでもない被害が出る。
くそっ、思い通りにならないのなら消し去るって……そんなことさせるかよ。
『なるべく頑丈な建物、もしくは地下へ避難してください――――』
政府からの緊急速報によって日本中が大混乱に陥る。救いがあるとすれば、黒津の連中が無事脱出するまでわずかながら避難する時間があることぐらい。
数百発のミサイル……今の俺に止められるのか?
ミコトさんを救うために大量の神気を使ったせいで……立っているのもやっとなんだぞ……
わかっている……俺がやるしかないんだって……でも……
「落ち着け命」
突然の声に時間が止まる。
この声……嘘だ……ありえない……
「……と、父さん!?」
「よう命、しばらくぶりだな」
憎たらしいほど飄々とした様子で佇むその姿……見間違えようが無い。
そして――――
「しばらく見ない間に男前になっちゃって」
「……か、母さん……生きて……いたの?」
ああ……そうだった。母さんはこんなにも優しく笑う人だった……。
目の前に立っているのはたしかに死んだはずの父さんと母さん。
「橘花に似て来たんじゃないか?」
「健に似てきたのよ~」
この惚気っぷり……幻覚でも何でもいい……もう二度と逢えないと思っていたから……目を閉じたら消えてしまうような気がして瞬きすら出来ないじゃないか。
「説明は後だ。命、今すぐミコトさんと合体するんだ」
「は……!? ミコトさんと!? そんなこと……」
「出来る。さあ早く」
「えっと……ミコトさんどうすれば?」
「簡単ですよ命。ぎゅっと抱きしめ合えば良いのです。まあ私が相手ではやりにくいでしょうから、美琴に代わりますね……ふえっ!? に、兄さま!? いきなりこの場面で変わるのはズルいです!!」
……なんか見ている分には一人芝居にしか見えなくて面白い……って、そんなこと言っている場合じゃなかった。
照れまくる美琴さんをギュッとすると……うわっ!? か、身体が……ズブズブと融合してゆく……二人の感覚、記憶、そして黒崎が持っていた記憶まで……まるで自分のことのようにわかる……すごい……これが『合体』スキル。
『……命、破廉恥です』
『命……これは恥ずかしいですね』
くっ……俺の記憶まで丸見えなのか……!? なんて恐ろしいスキルなんだ。
合体によって疲れはかなり軽減された。そして……合体スキルによって俺の中の新たな力が覚醒する。
こ、これは……
「そうだ……それこそが稀人だけが持つ力だ命」
「命、そしてミコトさん、頼んだわよ」
父さん……母さん……
『この世界が滅びの危機に瀕した時に現れるという『稀人』は、いいなずけの数だけ強くなるのだと言い伝えられている』
御琴さん……
『理論上はほぼ無限に強くなることが出来る。それが――――いいなずけ無双――――稀人のみが持つと言われる神級スキルです』
美琴さん……
ああ……そうか……俺は一人なんかじゃなかった。俺なんかより余程強くて頼りになるみんながいるじゃないか……
スキルの力なのだろう、離れているはずなのにたしかに繋がっている。皆がすぐ隣に居るように感じるんだ。
『みこちん、大丈夫だ』
「撫子さん……」
『知っているぞ、みこちんは最高で最強の許嫁だ……私の……私たちの……な』
『撫子さん……力を貸してほしい』
「ふふ、当たり前だみこちん、私とみこちんの仲だろう? 遠慮なく私の力を受け取れ。だから……必ず戻ってこい……約束だ」
『わかった……必ず帰ってくる。そしたら撫子さんを抱きしめてもいいかな?』
「それは駄目だ、私が抱きしめるんだからな」
撫子さんの力が流れこんでくる。
凛とした生命力にあふれるとてつもない力……まるで撫子さんみたいな強くて優しい力が……




