第百四十九話 助けるに決まっているじゃないですか
「どうしたのです命? 来ないのなら終わらせますよ」
御琴さんの神気が膨れ上がる。
だが……いや……これは……神気というより闇?
くそ……迷っている場合かよ、御琴さんは本気で俺を倒しに来る……覚悟を決めろ。
ん? なんだ……この違和感……
気付けばいつの間にか周りに何かが展開されている……これってまさか結界!?
椿姫の結界、黒崎のところの結界を経験したから気付くことが出来たけど……
すでに発動している以上、逃げ場は……ない。
「殺しはしません。戦闘不能になってもらいますよ……命」
これはマズい……サンクチュアリ!!
直感的に時間を止めた。
くっ……。意識が朦朧としている。
そうか……結界内の空気に影響を及ぼして失神させる技か。
一瞬でも判断が遅かったら勝負は終わっていたかもしれない。今思えば、あの会話も術式が発動し、効果を発揮するまでの時間稼ぎだったのだろう。文字通り勝負は始まっていたのに俺は……
決めただろ。当主になってこの国を救ってみんなで幸せに暮らすんだと。
その力が俺にはある。
だったら迷う必要なんてない。
たとえ御琴さんにどんな事情や過去があるとしても……
それだって全部ひっくるめて受け止めてやる。
それが……俺の……天津命の生きる道なんだから。
「まずは結界を何とかしないと」
このままだと意識が持たない。
神気を使った結界改変はだいぶ慣れてきたとはいえ、仕組みがわからない以上効果を変えるのは難しいけど、無効化するだけなら力業で何とかなる。
よし、結界無効化完了!! はぁっ……結構ギリギリだったな。俺の身体がチート並みじゃなかったら一瞬で終わっていた。
「御琴さん、今度はこちらの番です」
「なっ!? 結界を無効化……した? いつの間に……」
「俺は時間が止められるんですよ」
「時間を……!? そうか……君は雪音さんの血を引いていたんだったね」
雪音さん? 誰のことだ?
戦闘不能にする方法は簡単だ。要するに神気を大量に注ぎ込めばいい。
人間が許容できる神気の量は個人差はあれど生まれつき決まっている。それを超える量を短時間で送りこめれば……
女性ならキスで一発なんだけど……さらに相手は天津だ、一筋縄ではいかないだろう。
ならば――――
「ごめんなさい、一撃で終わらせますから」
「何という神気……ですが、簡単に当てさせるとでも?」
残念ですが転移はさせませんよ。一時的に空間固定させてもらいましたから。
「くっ……動けない!?」
「終わりです……ゴッドフィンガーフリック!!」
神気を指先に凝縮し、それをおでこに打ち込み脳に直接送り込む……我ながら恐ろしい技だ。要するにデコピンなんだけどね……
「や、やめろ……うわあああ……」
バッチィイイイン!!!!
「ぐわあああああ!?」
なんかすごく良い音したんだけど御琴さん大丈夫かな……!?
「ああああ……」
え……? な、何で!? 気絶しない? いや、それよりも御琴さんの頭が崩れて……そんな馬鹿な、物理的な効果はほとんどないはず……まさかデコピンで? やばいやばいやばいやばい……
「嫌あああああ!!!」
椿姫の悲痛な叫びが闘技場に響き渡る。
『ぐ……ぐふっ……む、無駄です……命。この身体は不死身なのですよ……』
崩れて吹き飛んだ頭が一瞬で再生される。良かった……一瞬殺しちゃったのかと思ってマジで焦ったよ。
でも本当に不死身なのか……?
いや……違う。
やっとわかった、ずっと感じていた違和感。目の前にいるのは本体じゃない。それっぽく作られた人形もしくはクローンのようなものだろう。神気注入で気絶しなかったのも、千歳さんのスキルが通じなかったのもそれならば説明がつく。
「……御琴さん、貴方の本体はどこにあるのですか?」
「っ!? もう気付いたのですか……聞いてどうするつもりです?」
「助けるに決まっているじゃないですか」
ずっと感じていたもう一つの違和感。御琴さんからは最初から殺意がまったく感じられなかった。攫われた蒼空さんだってそうだし、今思えば黒津家の菫さんだってそうだ。そしてこの遷家騒動……御琴さんからはなぜか椿姫と同じようなものを感じるんだ。何かを一人背負っている人の悲壮な覚悟のような……
俺の直感が告げているんだ、絶対にこの人を見捨てたらいけないって。
だから――――
「……助けられませんよ……誰にも」
「俺なら出来ます」
「……私に勝ったところで、黒津家は止められませんよ?」
「俺なら止められます」
「世界を敵に回すことになりますよ」
「大丈夫です。俺はひとりじゃない。呆れるぐらい頼もしい仲間がいますから。そしてもちろん、御琴さん……貴方にも協力してもらうつもりですから、ね?」
御琴さんは一人で何かをやろうとしているけど、俺だって一人では何もできない。だから……みんながいるんだ。一人じゃ重すぎるならみんなで支えればいい。俺はそのことをみんなから教えてもらったんだ。
「ふ……ふふふ、そうですか……キミはそういう人なんですね。口ではなんとでも言えますが……現実は違います。この人形すら倒せない者に私を助けることなど到底出来はしませんよ」
御琴さんの身体が大きくなってゆく。
「……闇はどこにでも存在するのです。いくら闇を浄化したところで、闇が闇を呼び……それは終わることがない無限の地獄となる」
なるほど、闇が少しでも残っていると増殖してゆくのか。
「大丈夫ですよ、御琴さん」
「……命」
「言ったでしょう? 俺が助けるって、俺なら出来るって……」
神気解放――――
完全に外部と空間を切り離し、その空間を神気で満たす
逃げ場を失った闇は浄化されるしかない。
『……ああ……なんという力……命……どうやら私たちの……負けのようですね』
「御琴さん、本体の場所を教えてください」
『……人形から離脱した神気を辿れば私たちのところに……ごめんなさい命……私たちは……ただアナタを……』
「御琴さん……」
御琴さんの創り出した人形は砂城のように崩れ去る。大量の砂糖と一筋の神気の道を残して。
「この勝負……天津命さまの勝利でございます」
椿姫の宣言で決闘は終わった。




