第百四十八話 私たちは負けない
「真さま、おめでとうございます。双子の赤ちゃんです」
「そうか双子か……よくやった英梨花……よくぞ……」
「ですが……大きな問題が……」
白衣衆の長、白鷺雪音が沈痛な面持ちで告げる。
「なんということだ……産まれたばかりで闇に……だと!?」
「おそらく、英梨花が奇跡的な回復を遂げたのはこの赤子が闇を取り込んだことによるものかと……本能的に母を救おうとしたのでしょうね……そしてそれは同時にもう一人の子を救うことにもなった。この小さな体ではすべてを取り込むことは出来なかったけれど……それでも時間を作ったのです。英梨花がこの小さな命を産み育てる時間を……」
「……雪音、俺は……」
「……どうせ育てるというのでしょう?」
「ああ、生まれ落ちた命には意味がある。俺はそう信じているんだ。だから……」
「はあ……わかっていますよ。私だって貴方の妻であり英梨花の友です。幸いこのことは誰も知りませんからどうにでもなりますよ」
「助かる……だがお前のことだ、最初からそのつもりだったのだろう?」
「さあどうでしょうね。ですが真さま、何も状況が変わるわけではないのですよ。今のところ解決する手段は見つかっていないのですから……」
「真さま、この子はどうなってしまうのですか?」
「英梨花……大丈夫だ。この子は絶対に守る。たとえどんな手段を使ったとしても……な」
『ミコト……きいて』
『……にいさま?』
『ミコトがしんじゃう……だからたすける』
『いいのわたしのぶんまでにいさまがいきて』
『ミコトはわたしをたすけてくれた……だからこんどはわたしのばん』
私は長くは生きられない。大量の闇を取り込んで一人死ぬつもりだった。母と兄を救えればそれでいい……そう思っていたのだ。
だが私たちは生まれつき言葉は話せなくとも意志が通じ合う念話と合体のスキルを持っていた。
兄さまは私を助けるためにただの合体ではなく……肉体を捨てることになる『融合』を……使った。闇は魂レベルで侵食しているから兄さまの体に融合しても同じことになる。より闇に対する耐性がある私の体に魂レベルで融合することで、闇に対抗する力を得ようとしたのだ。
一つの身体に二つの魂が存在することになり、単純に二倍とはいかないものの、闇に対する耐性は大幅に上昇する。
「真さま……ミコトが……息をしていないの……」
「……英梨花」
魂を失った肉体は長くは持たない。兄としての肉体は……死んだ。
魂が死んだわけではない。母の生きる心の拠り所として、私たちは一日でも長く生き続けようと誓った……
だが……それでも私たちの肉体は徐々に蝕まれていった。
そして私たちが16歳の誕生日を迎えたとき――――
肉体と精神は限界に近づいていた。時を同じくして母も……
「ミコトをどうするつもりなのですか!! 真さま!!」
「すまない英梨花……あらゆる手を尽くしたが、駄目だった……許してくれ……もう、こうするしかないんだ……」
父はある決断を下した。
「いいかいミコト。私たちは諦めない、決して。必ず助ける方法を見つけ出す。だから……」
「ごめんなさいねミコト……愛しているわ」
限界が近づいている肉体を封印することで時間稼ぎをする。それが両親の下した最後の手段だった。
「……わかりました。でもそれなら母上も一緒に……」
「ごめんねミコト……私にはやらなければならないことがあるの。私にしか出来ない大切なことなのよ」
私たちはそれ以上何も言えなかった……そんな母の顔を見たことがなかったから。
父や母が言うように闇の研究を続ければ、いつか助かる方法が見つかるかもしれない。幸い封印されている間は意識も無く、深く眠っているようなものらしいから何年かかろうとも苦痛は無いのだ。
「父上……母上、また逢えますか?」
「ああ、もしかすると少しだけ老けているかもしれないけどな」
おどけたような父の笑顔に少しだけ心が軽くなる。
「ミコト……私はあなたが目を覚ますその時まで……ずっと守っていますから。安心して眠ってね」
ずっと守る……母が言ったその言葉の意味を知るのはずっと先のことだった。
それが今生の別れになるとはその時の私たちは想像もしていなかったのだ。
極秘裏に封印された私たちは、戦後の混乱や不運が重なり、やがて存在を知る者が居なくなり忘れ去られたまま年月は過ぎて行った。
半年前――――
「おい……なんだこれは?」
「生きているのか? とにかく黒崎さまに知らせろ」
偶然黒津家によって発見されるまでは――――
私たちに施された封印は秘術中の秘術。完全に封印を解除出来るものは黒津家には居なかった。
だが長期間の封印の副作用ともいうべき予想外のことが起きていた。闇をある程度コントロールすることが出来るようになっていたのだ。
私たちは、闇を使い黒崎と合体することに成功した。
彼の持つ記憶、肉体の情報を得ることによって、眠っていた間何があったのか。そして彼らが何をしようとしているのかもすべて理解した……
「止めなくては……父上が……母上が命懸けで守ってきたこの世界を……こんな連中の好きにさせるわけにはいかない」
私たちは黒津家の企みを阻止すべく、黒崎に成り代わり全力で動いた。
戦後数十年をかけて綿密に計画された世界規模の企みは、すべて最終段階まで来ておりすでに止めることは難しい状態だった。
だが黒崎がその中心にいた計画、遷家計画、これを利用すれば黒津家の野望を砕けるかもしれない。
私たちはそれに全てを賭けることにしたのだ。
次期当主候補は天津命という青年だという。奇しくも私と同じ名を持つ父上の曾孫にあたる子。
これから先……一族は黒津家との血みどろの争いが始まる。
最悪世界を巻き込んだ大規模な戦争になるかもしれない。
だからね……命。
辛いこと、苦しいことは私たちが引き受ける。
大丈夫、どうせ私たちの命は長くないんだ。
全部終わらせて……綺麗で平和になった世界を……その時はキミに任せるから。
だから……私たちは負けない。




