第百四十七話 決闘開始
「ちょっと待て、長老、こんな茶番無効だ!!」
「無効……? 今更何を言っているのですかな? 黒津雷蔵殿。すでに発議は正式に受理されている」
「ぐぬぬ……」
あれが黒津家の当主か……ざまあと言いたいところだが、俺にとっては頼人の方がまだわかりやすくて良かったんだけどな……。
まったく状況が飲みこめないまま事態は進行して行く。
「それでは次期当主候補、天津御琴殿の遷家の発議、東宮司当主椿姫さま、ご承認やいかに」
ただ一人拒否権を持つ椿姫の判断を待つ一同。
椿姫が承認した場合、俺の次期当主就任の可能性は無くなる。
だが俺が当主就任にこだわったのは、黒津が実権を握ることを阻止するため……もし、天津御琴が当主に相応しいと椿姫が判断したのなら……今でも俺が相応しいなんてこれっぽっちも思ってはいないが、もしそうなら、俺はそれでも構わない。
幸い椿姫は天津御琴のことを知っているようだし、今はその判断に委ねるしかないのだけれど。
椿姫は先程から両目を閉じて微動だにしていない。
どうしたんだろう? なぜ動かないんだ椿姫……? 俺に遠慮しているのなら無用の気遣いだと伝えられないのがもどかしい。
「……椿姫さま、貴女なら必ず承認してくださるはずですよね? 信じております」
息が詰まりそうな沈黙を破ったのは天津御琴。その言葉に椿姫の身体がわずかに反応する。
一体過去に何があったのかわからないが、どうやら天津御琴が椿姫のことを知っているのは間違いなさそうだ。
「……遷家の発議……私は……東宮司当主として……この発議を……」
「承認……いたしません」
椿姫の頬を涙が伝う。十分以上の長考の末、出した答え。
どれほど椿姫が悩み苦しんだのか俺にはわからない……だけど、椿姫が承認しなかったという決断を俺は受け止めなければならないことはわかる。
たとえ天津御琴にどんな事情があるとしても……だ。
「……承認しない……ですか。まあ良いです。どうせ戦わなければならないわけですから。二人の天津は要らない……そうですよね、命?」
全身の血が逆立つ……振り返った黒崎……いや、天津御琴の落ち窪んだ漆黒の瞳はまるで温度を感じさせない。絶望と憎悪そのものが意志を持って渦巻いているようで。
舞台は決闘場へと移行する。本院の中庭にある石造りの舞台、広さはサッカー場の二倍ほどもある。
決闘に関しては一族の者であれば観覧可能なため、観客数は一気に膨れ上がる。一応観覧席は結界に守られてはいるらしいが、気休め程度でしかないらしい。原則何があっても自己責任ということらしい。自分の身を守れないものは観る資格がないということなのだろう。
武器の使用は禁じられている。降参の宣言、もしくは生死に関わらず戦闘不能になった時点で勝敗が決する。逆に言えば、それ以外は何でもあり、時間制限もない。
「それでは、これより決闘を始めます。両者とも相手に敬意を払うことを忘れないように」
椿姫の言葉で決闘が開始される。
「……御琴さん、なぜ貴方が天津を名乗っているのか聞かせてもらっても?」
「……私の父は、天津真、母は英梨花です。正当な天津家の血筋ですよ命」
なんだって……真さんってたしか……。それに英梨花さんって……でも御琴さんの見た目は……ああ、そうか、この姿は黒崎のものだったな。零先輩みたいな変身能力かなにかなのだろうか?
移動前に千歳さんに御琴さんの持っているスキルを探ってもらったんだけど、なぜかわからなかったんだよな。スキル阻害系のスキルを持っているのか……それとも……
「命さま、有り得ません、御琴は死んだのです。私が……私がこの目で確かめたのですから……」
俺たち以外に闘技場に残っているのは審判兼結界展開役の椿姫だけ。
そうか……だから椿姫はあんなに……じゃあコイツは偽物ってことなのか? でも……
「勝負は始まっているのですよ」
「ぐっ!?」
後ろから強烈な蹴りを喰らう。動き出しが見えなかった……転移か?
「椿姫さま、これでもまだ信じてもらえないのですか? 父である真から受け継いだ転移の力。そして――――」
御琴さんが掌に生み出したのは――――すあま?
「母英梨花より受け継いだ『和菓子生成』の力ですよ。椿姫さまは誰よりもよくご存じのはずですが」
一口ですあまを飲み込む御琴さん。なんて羨ましい能力なんだ……
「そ……そんな……まさか本当に生きていたとでも言うのですか? ならばあの時死んだのは……?」
「……私の双子の兄です」
「双子!? 馬鹿な……そんな話聞いてない……」
「それはそうでしょうね。双子の片割れは……生まれた時から闇に浸食された穢れた存在でしたから……」
「……っ!?」
闇に浸食された人間は英梨花さんがそうだったように、人間ではなくなるんだよな……ましてや赤子なら……存在がバレたら確実に処分されてしまう……それしか救う方法しかないから。
「母が……なぜ奇跡的に回復したと思います? その赤子が闇の大半を引き受けて生まれたからです。母を救いたかったのでしょう……」
そうか……それで真さんと英梨花さんは椿姫にも告げず……おそらくは椿姫にそれ以上の重荷を背負わせたくなかったのだろう。なんて残酷な……。
そうなると死んだのは闇に浸食された子? でもそれなら椿姫も気付くはず……だとすると……目の前にいるこの男は存在を隠し育てられた闇の赤子……なのか?
でもなんで今頃……? それにもしそうなら闇の浸食はどうなったんだ? わからないことだらけだ。




