第百三十九話 囚われの二人と一匹
窓も時計も無い部屋、時間の感覚がわからなくなりますが、おそらくまだそれほど経ってはいないはず。
「……あの子たち無事に辿り着けたでしょうか」
黒崎にバレないように逃がすのが精一杯でしたが、総裁や零さまでしたら状況から察して下さるはず。
間違っても私を探そうなどとは思わず、迫りくる黒津の脅威に備えていてくれていれば良いのですが……。
それにしてもみすみす敵の手に落ちてしまうとは大失態ですね。
何とか逃げ出せれば良いのですが……さすが「黒い悪魔」、これでは蟻の子一匹逃げることは出来ないでしょうね。祈ることしかできないというのがこんなにも辛く歯がゆいものだとは思ってもいませんでした。
『蒼空殿、一人では寂しいと思いましてね。もう一人連れてきましたよ。ああ、礼は結構です。では忙しいので失礼しますね』
食事の差し入れと一緒に黒崎が連れて来たのは……
「お姉ちゃん、ヤッホー」
「……かすみ、アンタ何してんの?」
妹のかすみだった。
「にゃはは、捕まっちゃいました~」
最悪だ……たとえ私が居なくなったとしても、かすみがいる。それだけが希望だったのに。
「そんな顔しなくても大丈夫ですよ」
「この状況でよくもそんなことが言えるわね? 多分かすみの能力も制限されてるわ」
この場所は絶対に見つからない。そして内部から知らせる方法もない。
「だって天津命くんが助けてくれますから」
天津命……? 次期当主候補で零さまの許嫁となったあの方ですか。たしかに天津家の人間は桁外れの力を持つと言われていますが……
「……信じて良いの?」
少なくとも私は妹のこんな信頼しきった表情を見たことが無い。それならば信じて待ってみようかと思わされるほどに確信に満ちていて……
「もちろんですよ。天津命くんは私のヒーローですから」
ヒーローか……いつ頃だっただろう、そんなものはこの世界にはいないのだと知ったのは……そして、それならば自分がヒーローになればいい……そう思って今の仕事を始めたんだったな。
「お姉ちゃんも何か飲む? 食べ物も色々あるから」
可愛い猫型リュックを背中から降ろすかすみ。あ、これひだにゃんじゃないの!! え、まさかの非売品? わ、私も欲しいんだけど……。
「そうね……もしあればコーヒーが飲みたいけれど、出来ればブラックのヤツ」
『うにゃん、コーヒーブラック、飲むにゃあ』
「あら、ありがとう……ってきゃああああ!?」
ひ、ひだにゃんが……しゃべった……いいえ、それ以前に歩いてる?
ど、どうなっているの……?
「え……? 女神さまの使い? これは……大変失礼いたしました」
私ったらなんて失礼な反応を……
『にゃふふ、苦しゅうない。それよりも早く飲まないと温くなるにゃあよ?』
「あ、そうでした。いただきます」
ひだにゃんさまにいただいた缶コーヒーはなぜか熱々で……とても美味しかった。
「なるほど……そんなことになっていたのね……」
かすみのおかげで、色々わからなかったことが理解できた。
「お姉ちゃん、焼き鳥だけどネギまと鳥皮どっちが良い?」
「……鳥皮」
ひだにゃんさまの中から焼きたての焼き鳥を取り出すかすみ。
「ちょっと待ってかすみ。もしかしてその中なんでも入っているんじゃ?」
「やだなあお姉ちゃん、何でも入っているわけないじゃないですか~」
それもそうね……ちょっと驚きすぎて冷静さを欠いていたわ。
『食べ物と飲み物しか入って無いにゃあ』
……なんですって!? まるで食べ物と飲み物なら何でも入っているような……
「もしかして……ラムレーズンのアイスとかあったりします?」
『あるにゃあ!! 各種メーカー取り揃えてあるにゃあ』
……本当にあった。しかも売り切れ続出で入手困難な母さんネコの手作りシリーズ。さすが神の使いさまだわね……。
「あの……もしやひだにゃんさまなら、ここから抜け出せるのでは?」
『簡単にゃあよ』
やはり!!
『でも面倒くさいから命が来るまでここでゆっくり寝るにゃ。あ……黒崎にすあまを差し入れるように頼んでおくにゃあ!!』
「は、はい……ですが、いくら命さまとはいえ、この場所はわからないのでは?」
『それならもう雅に伝えてあるから大丈夫にゃあ……むにゃあむにゃあ……すあまが来たら起こすにゃあよ?』
すやすや寝息を立て始めるひだにゃんさま。なんて愛らしい。そしてすでに連絡済みなんですね。さすがです。
「ねえ、かすみ、中にすあまは入ってないの? 何でも入っているんでしょ?」
「ああ……すあまはひだにゃんの主食だから、消化されて残らないのです」
なるほどね……でも、すあまなんて注文したら怒られないかしら?
「……すあま? 万年堂と浜屋のすあまどちらが良いですか?」
え……? 良いの? えっと……まずいわね……どっちが良いかわからない。
「り、両方?」
「わかりました。後ほどお持ちいたします」
ふう……意外と融通が利くのね。
黒崎が丁重にもてなせと命じていたのは嘘ではなかったようですね。だからといって事が終わった後、どうなるのかわかったものではありませんが。




