第百三十八話 すべて想定内ですから
――――美術室――――
「……あら~? 侵入者発見……もしかして黒崎さんなのかしら~?」
『……驚きましたね。侵入したことだけでなく、まさか正体までバレているとは……ああ、なるほど……結界ですか』
長身で全身黒づくめの執事服……見間違いようも無い。「黒い悪魔」こと黒崎さんですね~。結界のことも見抜かれてますか……。
「でも残念ね~。私を狙うなんて目の付け所は悪くないけど、私なんてさらっても価値無いですよ~? ここはホラ、もっと若い子を攫わないと」
『ほう……まるで私が来ることを予測していたような語りよう。ふふふ、雨野雅、やはり貴女が天津家のブレーン的な存在なのですね? もう隠しても意味がないでしょうが、それだけでお連れする十分な理由になるのですよ』
「あら~、バレてましたか?」
『ふふ、ご安心を。遷家が完了するまでの間、大人しくしていただくだけですから、決して手荒な真似はしませんので』
「……はいそうですかと大人しく付いて行くとでも?」
『……まあ、どちらでも良いんですが、私としては力づくというのは不本意なので、ぜひとも穏便に……』
「残念、時間切れみたいですよ~」
『……時間切れ?』
「先生!!」
「雅ちゃん!!」
ナイスタイミング折瀬さん、星川さん。
ふふ、音と気配を遮断する結界のおかげで、さすがの黒崎も接近に気付いていなかったようね~。結界の効果はね、一つとは限らないのよ? まあ私のオリジナル術式だから知らなくて当然ですけれど。
『……っっ!? 私としたことがお喋りが過ぎましたね』
「惜しかったですね~、有無を言わさず私を攫っていればワンチャンあったかもしれなかったですよ~雨野流結界術、束縛陣……もう逃げられないわよ?」
部屋全体に展開されていた術式は黒崎がこの部屋に侵入した瞬間に一斉に起動され、からめとる蜘蛛の糸のように少しずつ黒崎の動きを封じてゆく。つまり、黒崎はまんまとこの場所に誘い出されたということ。
『くっ……厄介な術式を……』
もう手足を自由に動かすことも困難ですよ~。時間をかけ過ぎましたね~。
「降参なさい。驚いた? 秘伝の術式に私が改良を加えていますからね。いくら貴方が強くても、動きが十分の一に制限されていてはどうしようもないですよ~? 星川さん、折瀬さん捕まえて頂戴」
「黒崎覚悟」
「百合先輩殺しちゃだめですよ」
『……ちっ、まさかここまで追いつめられるとは……』
捕まる寸前、姿を消す黒崎。
「き、消えたっ!?」
「まさか……転移!?」
「あら~これはさすがに想定外でした。二人とも、他の皆が狙われます!!」
◇◇◇
「えっと……放課後は零姉のところへ行けば良いんでしたよね?」
私だけ同じクラスに許嫁がいないのです。本当は葵ちゃんが迎えに来てくれるはずだったんですけど……?
『すいません、霧野かすみさんですね?』
突然背後から男の人に声をかけられる。
これは絶対にアレですよね? えっと念話で皆に知らせないと……『怪しい人が来ました』
「はい、そうですけど……何か御用……きゃぁ!?」
『手荒な真似はしたくなかったのですが、時間をかけるとまたお仲間がやってきますから……っ!? もう来たのですか?』
「黒崎、かすみを離せ!!」
「霧野先輩!!」
『……あと一歩遅かったですね。事が済めばお返ししますので、くれぐれも妙な動きは控えてくださいね』
「させません……縮地」
百合があと一歩のところまで接近するも、その手は虚しく空を切る。
◇◇◇
「すいません……あと一歩のところで取り逃がしました」
「……私の責任です。霧野先輩は私の担当だったのに……」
あらあら、可哀そうにずいぶんと落ち込んでいるわね~。
「二人とも顔を上げなさい。大丈夫よ~。今回のことは全部想定内のことですから~」
「「……え?」」
何を言っているのかわからないという感じね。
「最初から計算通りです。黒崎が私のところに来ることも、まあ転移持ちだというのはさすがに知りませんでしたが、万が一取り逃がした場合、霧野さんが狙われるであろうことも……ね?」
「まさか……かすみは最初から囮?」
「そうですよ~。攫われることも含めて想定内です~」
「雅先生……私たちまで騙すなんて酷いです……」
「仕方がないのよ~。いかにも囮ですって感じだと黒崎にばれちゃいますから、敵をだますには味方からって言うでしょう?」
「……さすがですね絶対に敵に回したくありません」
「それで……筋書き通りだということはわかりましたが、どうやって助けるんですか?」
「二人とも、霧野さんの背負っていたものに気付かなかったの?」
「「背負っていたもの? ……あ、ひだにゃん!!」」
「ふふ、そうですよ~。ひだにゃんが付いてますから安心です。そしてわざわざ送り込んだ目的は……」
「蒼空さんの居場所の特定……ですね!!」
「ご名答。わざわざ別の場所に置くメリットは無い。間違いなく霧野さんの居る場所に蒼空さんも捕まっているとみて良いでしょうね」
ふふふ、黒崎さんってば確実性を狙ったのでしょうが、それがかえって蛇足になりましたね。こちらとしては、じっと大人しく隠れていられるのが一番厄介でしたから。
「あ、二人とも、このことは皆にはまだ言わないでくださいね? 万一という可能性もありますから」
救出するまでは味方も知らない方が良い。どこから情報がもれるかわかりませんからね。
「わかりました。でも撫子は飛び出して行きそうなんですが……」
「零先輩も霧野先輩のこと可愛がってますからね……」
「そこを何とかするのが二人の役目ですよ」
「「っ!? が、頑張ります……」」
さあ……これで蒼空さんの居場所の特定は出来るでしょう。あとは救出のタイミングだけですけど……そこはやっぱり天津くんにカッコいいところを見せてもらった方が良いですよね。ふふ。




