第百三十六話 千歳さんとイチャイチャタイム
甲冑の下はスクール水着だった。
「ん? 何かおかしいか? このまま行水も出来るし、体の動きを妨げないからな。長年愛用しているんだ」
「いや、おかしくなんてないです。むしろ素晴らしいなと感心していたのですよ」
「ふふ、そうであろう?」
上機嫌で胸を張る千歳さん。甲冑でわからなかったけれど、形の良い膨らみが強調されて目のやり場に激しく困る。
「ま、まさか、その姿を観光客には見せていないですよね?」
「当たり前だ。こんな防御力で万一刺客に襲われたら大変だからな。この姿を見せるのはお主だけだ。安心しろ」
襲ってくるのは刺客だけではないと思いますけど、他の人には見せていないのでしたら安心ですね。
「では千歳さん、いつでもどうぞ」
「う、うむ……いざとなるとこの装備で殿方に密着するのは恥ずかしいものだな」
カチンコチンに緊張した様子で寝袋に入ってくる千歳さん。
「にゃあ!? み、命殿!? ちょ、ちょっと密着し過ぎではないのか?」
「まだ何もしていないんですが……」
「な、なんだと!? まだ何かするつもりなのか!?」
いや……正面切ってそう言われると逆に恥ずかしいんですけど。
「後ろから抱きしめるだけですから、俺のことはクッションかソファーだと思って楽にしていてくだされば……」
「なるほど……委細承知……って出来るかあああああ!!! むぐぅ……」
「千歳さん、声大きいです」
慌てて千歳さんの口をふさぐ。あまり大声出すとさすがに周りに迷惑ですからね。
「命殿、取り乱してすまなかった」
「良いんですよ。でもだいぶ落ち着いてきたんじゃないですか?」
「うむ、たしかに居心地は悪くない」
同じ結界を守る巫女なのに、椿姫とはずいぶんタイプが違うんだな。鍛え上げられた肉体はむしろ撫子さんやゆり姉に近い。猫のようにしなやかで柔らかいんだ。
「……命殿、その……結界のこと、感謝している」
「どうしたんですか? 急に」
「私はな……生まれた時から桁外れに神気に優れていたらしい。そのことがわかるとすぐに私を次期当主にすべく英才教育が始まった。物心ついた時からずっと辛い訓練をさせられて……何度逃げ出そうとしたかわからないが……結局私はしなかった……いや出来なかったのかな」
「千歳さん……」
「ずっと椿姫さまを見てきたからな……あの方がどれほどの想いで……どれほどの覚悟で……それが私には誰よりもわかるんだ。あの辛さ、苦しさ、それはあそこに入った者にしか絶対にわからない。椿姫さまを開放することが出来るのは私しかいない、そのことが私にとっては支えであり誇りだった。だが、それは同時に耐えきれないほどの重圧でもあったのだよ……」
俺はこの年までごく普通の人間として育てられたから千歳さんの気持ちは想像もできない。でも……椿姫の存在が……頼りになればなるほど、偉大であればあるほど、プレッシャーになることはなんとなくわかる気がする。
「おかげでこの年になるまで、私は一度もこの里を離れたことがない。いざというときに備えなければならないからだ。ごく普通の遊び、恋愛、どれほど憧れたことか。外の世界を見てみたい。だがそれは私には叶わぬ夢だと思っていた。昨今の結界の状態を知っていたからな……」
結界があの状態のままであったなら、千歳さんは遠からず命を落とすか廃人になっていたに違いない。間に合って本当に良かった。
「千歳さん……これからはどこへでも連れて行ってあげますよ。楽しみにしていてください」
「ああ……楽しみにしている、命殿が天下を統一するその日を」
……いやあの……天下は統一しませんけどね? 今は戦国時代じゃないですし。そういえば黒津家が世界征服企んでるみたいですけど、あれは天下統一に入りますか?
「ところで千歳さん、疑問だったんですけど、なんで椿姫に殴られたんです?」
あの椿姫がそんなことをするイメージがまったくわかないんだけど。クソババアって言ったぐらいで殴るものなのだろうか?
「ああ……そのことか。恥ずかしい話なんだが、あまりにも訓練が辛くてな……辛いのは慣れているんだが、先日闇のエネルギーがいつもよりも大きくて浄化し損なったことがあって……椿姫さまにそれはもう烈火のごとく叱られた。あまりにもうるさいからいい加減うんざりして、クソババアって砂糖を投げつけたらぶん殴られたんだ……」
「千歳さん、もしかして椿姫……失敗したことじゃなくて、自分の力量を超えているのに逃げなかったことを怒ったんじゃないですか?」
「その通りだ、よくわかったな?」
「あと砂糖はマズかったですね……クソババア発言に怒ったわけじゃないと思いますよ」
「……ああ、英梨花さまのことを知っていながら酷いことをしたものだと自己嫌悪したよ。だからあえて治療せず自戒のためにそのままにしてあったんだ」
「なるほど……じゃあそのおかげで俺は千歳さんを許嫁にすることが出来たんだから、感謝しないといけませんね」
「ば、馬鹿者!! 感謝しているのはこちらだ」
振り向いた千歳さんの薄紅色の瞳が揺れている。
「千歳さん……」
「命殿……」
「はいはーい!! 私の時間ですよ~!! 早くしないと封印されたはずの私の邪悪なる力が……って痛いじゃないですか、何するんです千歳さま!?」
「琴都音……五百円やるから、どこかで甘いものでも食べてこい。あ、そのまま帰って来なくてもいいぞ」
「わーい、五百円も良いんですか? って、だ、騙されませんよ!! 今時五百円じゃ小学生だって買収できませんから!!」
「じゃあ千円」
「せ、千円!? わかりました。ちょっとその辺周ってきます!!」
やれやれ……サンクチュアリ。
「はははは、じゃあな琴都音、ゆっくりと楽しむが良い」
満足げに去ってゆく千歳さん。
「……旦那さま? 一体どんな魔術を使ったんですか? はっ!? まさか旦那さまも邪眼持ち!? だ、駄目ですよ、私に邪眼は効きませんからね!! ドキドキ」
邪眼か……考えたことがないと言えば嘘になる。もしかしたら琴都音と深い関係になれば……?
「ひえっ!? 旦那さまがエロいこと考えてます……やはりロリ旦那さまでしたか……」
琴都音のやつ意外に鋭い……。




