第百三十話 運命は時を超えて
……ずいぶん懐かしい記憶……長い夢を見ていたよう
そういえば……ここはどこなのでしょう?
辺り一面真っ白な空間にいることに気付く。
『……いらっしゃい椿姫ちゃん。会いたかったわ』
ひゃうっ!?
突然脳内に直接語り掛けてくる声。
なんという不思議な声なのだろう。初めて聞いたはずなのに、魂そのものに届くような……透明なのに七色のような……そして私の名前を知っている……?
少なくとも私を椿姫ちゃんと呼ぶ人間に心当たりはないのですが。
「あの……ここはどこなのでしょうか? 私はどうなってしまったのでしょうか」
『……私は女神よ。何度か貴女に神託を降ろした張本人』
「め、女神さま!? し、失礼いたしましたっ!?」
言われてみればこの空間に満ちているのは紛うことなき神気そのもの。となるとここは本当に神の住まう領域なのでしょうか。神域には肉体を持って入れないと聞きます。私はもしかして死んでしまったのだろうか?
『ふふふ、死んでなんかいないわよ。命くんに大量の神気を注入されたこと、命くんと接触していること、そして結界の内部にいること、意識を失っていること、この条件が揃ったことでここに呼ぶことが出来たのよ~』
なるほど……ほとんど奇跡みたいな条件で来ることが出来たのですね……
ならば……!!
「女神さま……一つだけお聞かせください。なぜ……なぜ尊さまを助けてくださらなかったのですか?」
怒りをかって消されるかもしれない。でも……それでも私は……
『椿姫ちゃん……ごめんなさい。私はたしかに女神だけれど、地上に行使出来ることはとても少ないのよ。でもね、尊くんが本当に頑張っていたのはちゃんと見ていたわ。そして……椿姫ちゃん、貴女も本当によく頑張ったわね……』
女神さまの慈愛に満ちたお言葉が心に沁み入ってきて涙があふれて止まらない。
尊さまが亡くなって以来涙など流したことはなかったのに……頑張ったと言われたことが嬉しくて……女神さまがちゃんと尊さまのことを見ていてくださったことがわかってありがたくて……。
「ですが……神託の件はお受けできかねます」
命の許嫁に……という女神さまの神託。
たとえ女神さまの命だとしても私は……
『そう……無理強いはしないわ。貴女の気持ちは誰よりも知っているから』
「申し訳ございません」
『良いのよ。でもね椿姫ちゃん。慰めになるかわからないけれど、魂は肉体が死んだからといって滅びるわけではないのよ。生まれ変わってまたこの世界に戻ってくるの。前世でしたことはちゃんと意味があって報われる。私はそういう人の営みをここからずっと見てきたのよ』
なぜだろう……女神さまの心に触れたような気がした。そうか……私もずっと結界に居ながらこの国の歴史を眺めてきたから……。
女神さまは私たち人よりもはるかに長く大きな視点で世界を見つめておられるのですね。
「……尊さまもいつかこの世界に戻ってくるのでしょうか?」
もしそうならばどんなに良いだろう。たとえ会うことが叶わなかったとしても、私はそれだけで救われる。この世界を守ることに意味があったのだとわかるから。
『ふふふ、実はね、もう転生しているのよ、尊くん』
気のせいか悪戯っぽい声色の女神さま。
「ほ、本当ですか!! あの……女神さま……どこの誰なのか教えていただくことは……?」
仮にわかったとして私はどうするつもりなのだろう? それでも知りたい、遠くから見守るだけだとしても構わない。
『うーん、どうしよっかな~? 本当はダメなのよ? でもまあ……教えても影響はあまりなさそうだし……ご褒美ってことで。じゃあ、ここだけの話よ。尊くんはね……』
◇◇◇
「椿姫さまはその……なぜ当主を交代しなかったんですか?」
『そうですね……罪を償うため……かしら』
お姫様抱っこされているので、顔が近い。
恥ずかしいので遠くを見るふりをして顔をそらす。
「でも……」
「でも?」
「でも……ここに居ればまた逢えるような気がしていたから……かもしれませんね」
「また逢える……ですか?」
むう……こっちだけ恥ずかしいのはなんだか悔しい。
命の首に手をまわし思い切り抱き着いてやります。
「わっ!? ち、ちょっとどうしたんですか椿姫さま!?」
なるほど……言われてみればよく似ている。懐かしい……安心するこのにおい。たとえ貴方が忘れていたとしても……私が覚えているから……。
「私にキスしたんですから、責任取ってもらいますよ? あと椿姫さまは禁止です。椿姫と呼んでください。いいですね、命さま」
「え……ええええっ!? なんでいきなり?」
ふふふ、困ってますね。
散々私を悲しませたんですから、これからたくさん甘えてやるんですから、
覚悟しておいてくださいね……命さま。
◇◇◇
「私にキスしたんですから、責任取ってもらいますよ? あと椿姫さまは禁止です。椿姫と呼んでください。いいですね、命さま」
「え……ええええっ!? なんでいきなり?」
なんだか目覚めたら別人みたいになってるんだけど……!?
でも……椿姫さまに会った時からずっと感じていたこの感覚。
なんだろうって思っていた。初めて会ったはずなのに胸の奥が締め付けられるようで、最初は赤ちゃんの時の記憶なのかと思っていたけど……そうじゃない。
これは俺の想いだけど俺の想いじゃない。
椿姫さまがなんでこんなにも愛おしいのか? なんで抱き合っているだけなのに……声を聴いているだけなのに涙が止まらないんだろう?
「そう……尊さまも喜んでくださっているのですね……」
椿姫さまも涙で顔がぐしゃぐしゃだ。何がなんだかわからないけど、今はこの衝動に身を任せていたい……。
でも尊さまって誰?




