第百二十七話 許嫁チャンス
「あの……椿姫さま、これはやはり素手で?」
『そうです。神気を手袋のように薄く表面に纏って使うのですよ』
なるほど……神気をそういう風に使ったことはなかったけれど、最近神気注入ばかりしているからな……だいぶコントロール出来るようになってきているし、今ならできそうな気がする。やってみるか。
怖いので少し強めに神気を意識して黒いウネウネに手を伸ばすと、神気の力なのか、椿姫さまの身体にまとわりついていたウネウネの一部が砂のようになって崩れ落ちてしまった。
「あれ? なんか触っていないのに崩れちゃいましたけど……?」
『触れないで浄化した? 命、貴方その神気量……もしかしていきなり全力出してしまったんですか? そんなことをしたら最後まで持ちませんよ』
「いいえ、ちょっと強めに出したくらいですけど」
『呆れましたね……まさかそれほどとは……。なるほど女神さまからの神託はそういうことでしたか。成長を見たかったので試してみましたが、遠慮は要らないみたいですね。まとめて浄化お願いしてしまっても良いでしょうか?』
出来れば俺も触りたくはないですからね。神気が効くのなら一気にやってしまいましょう。女神さまからの神託というのがなんなのか若干気になるけども。
『ち、ちょっと……何をしているのです、命?』
「この方が手っ取り早いと思いまして」
黒い塊を椿姫さまごと両手で持ち上げて、掌だけではなく、全身から神気を送り込む。
どの程度まで力を使っていいのかわからないけれど、先ほどよりも若干強めを意識して神気を送り込む。
『キシャアアア!!!』
まるでそんな声が聞こえてきそうな勢いで、消え損なった黒ウネが一斉に襲い掛かってくる。
「うわっ!?」
カカッ!!
すさまじい閃光が走り、椿姫さまを分厚く覆っていた黒いウネウネが一瞬にして砂のようにさらさらと足元へ落ちてゆく。浄化……完了できたのかな?
でもマズいぞ……びっくりしてめっちゃ神気を使ってしまったような気が……。
えっと……椿姫さま? 大丈夫……って気絶してるううう!?
さすがの椿姫さまも……いや、一族でも特に神気敏感な椿姫さまだからこそ、効果は絶大だったみたい。椿姫さまは液体!! って冗談でも言えない状況に焦る。
でも、それ以上に気になることが……
「え……? あの……椿姫さま……ですよね?」
腕の中で眠るのは、巫女服を着た美少女。淡いピンク色の髪はサラサラ艶やかで、その姿はどう見ても10代くらいにしか見えない。
え……どうなってんの?
そりゃあ桜花さんとか雅先生の例もあるし、多少実年齢よりは若いかもって期待はしていたけど、104歳だよ? いくらなんでもあり得ないだろ……。
「お兄さま、どうしたの? って、ええええっ!?」
すあまが驚きの声を上げる。そうだよな、こんなん絶対にびっくりするって。
「……私と髪色が同じ!?」
……そっち? そっちなの? まあたしかに珍しい髪色だけどさ。
「……椿姫さまって104歳なんだろ? どうせ厚化粧で誤魔化しているんだよ」
椿姫さまのほっぺたをぷにぷにし始めるまあす。
「おいおい、まあす、椿姫さまが起きてたらぶん殴られるぞ……千歳さんみたいに」
「驚いた……これ化粧無しのすっぴんだよお兄さま」
マジで……? 化粧無しでこんなに?
待て、そんなことで感心している場合じゃない。
結界が不安定な状態で椿姫さまが気絶しているのは相当にヤバい気がする。
「……仕方がない。これは起こすしかないよな?」
こうなってしまうと、おはようのキスで神気を吸い出す他ないんだよな……
「ちょうど良いんじゃない? どうぜ椿姫さまも許嫁にしなきゃいけないんでしょ?」
それはそうなんだけど……ね? 既成事実作って……みたいなのはなあ。今更なんだけど。
「そうだぞお兄さま、これは間違いなく絶好の許嫁チャンス到来!!」
許嫁チャンスか……なんだかいつもチャンスばかりな気がするんだが、やるしかないのも事実。
「椿姫さま、すいません、失礼します」
これは後で絶対に殴られる……だろうな。
覚悟を決めて椿姫さまにキスをする。
……あれ? マズいな……思ったよりも神気の量が多い。ちょっとやそっとのキスでは吸い出せない。イメージとしては、浴槽のお湯をストローで吸い出すようなイメージだ。
「……お兄さま? なんだかずいぶん長くない? それに……濃厚だし」
違うんだ。好きで長くしているわけじゃないんだよ、すあま。
「……くっ、なんて羨ましい……こんなの私だってしてもらってないのに……お兄さま、次は私にもしてくれ」
くっ……集中しないと終わる気がしない。
でも……なんだろうこの感じ? 椿姫さまとのキスは、明らかに何かが違うような……
「……う、うーん……」
あ……椿姫さまが目を覚ました。
う……何というジト目。これは絶対にバレてますよね?
「……命、ずいぶんとやってくれましたね? 覚悟は出来ていますか?」
ひいい……なんて迫力だ。日本刀のように鋭い神気が喉元に突き付けられているような気がする。ここは……なんとか話をそらさないと。
「も、申し訳ありませんでした。ところで椿姫さま、そのお姿は一体……?」
「ああ……この姿が珍しいのですか? 東宮司家の人間は代々長寿で若々しいのですよ。その中でも最も力を持つ私ですからね」
ふう……とりあえず話題を変えることに成功した。
でも東宮司は長寿なのか……そういえば、この村、山奥なのにやけに若い人が多いと思っていたけど、もしかして実は皆さん結構なお年だったり? さすがに一万うんぬんはないとしても。
「……とはいえ、私がここまで姿を保っているのは、この結界内の時間経過が非常にゆっくりとしているから……ということもあります。大体結界内の一年は、外の世界での20年に相当しますから」
そういうことか。そうだよな。でもいくら時間がゆっくりとはいえ、こんなところで過ごしていたら間違いなく精神が病んでしまいそうだ。誰かがやらねばならないことだとはいえ、椿姫さまの負担が大きすぎるよな。




