第百二十六話 結界内部へ
「千歳、話もまとまったことだし、そろそろ椿姫さまにお会いしたいんだけど……?」
そうだった……なんか達成感出してたけど、まだ本題にすら入っていなかった。
「わかっている。案内するから付いてきてくれ」
千歳さんの後について地下へ下ってゆく。
どれくらい進んだのだろうか。ようやくたどり着いたその場所は、皆と婚姻の儀を行った桜宮神社の地下空間に少しだけ雰囲気が似ている。頑丈そうな金属製の大きな扉があり、屈強な門番が四人ほど常駐している以外はわりと落ち着いていて過ごしやすそうな感じ。
「少しでも当主である椿姫さまが過ごしやすいように、ここには必要なものがすべて揃っている」
千歳さんによると、椿姫さまは、睡眠時間以外の一日の大半を結界の中で過ごしているんだとか。
「実は私が次期当主なのだが、結界内部での務めは想像を絶する。普通の人間では五分と持つまい」
なんと……千歳さんが次期当主だったのか……。そんな過酷な結界内で椿姫さまは気の遠くなるような時間をこの国を守るために……
「ここから先、扉の向こうへは命殿だけで行ってもらう……え? 良いんですか? すあま殿とまあす殿も入れて良いと椿姫さまが仰っている」
どうやら千歳さんは、椿姫さまと意志疎通ができるみたいだ。
俺だけではなく、すあまとまあすも一緒で良いのはありがたい。椿姫さま、俺たちに生まれた時に会っているから、成長を確認したいのかもしれないけど。
「え? 私も行くの?」
「まあ……お兄さまと一緒なら」
妹たちはあまり乗り気ではないようだけど……ね。
「助かった……私はここで待っているヨ。ボナフォルトゥーナ!」
キアラさん、ずっと椿姫さまが苦手だって言ってたからな。どんな人かわからないけど、怖い人なんだろうか? 千歳さんを殴ったりしているし……。
「では、椿姫さまに会いに行ってきます!!」
やらなければならないことはたくさんある。結界をバージョンアップさせること。黒津家のこと、そして許嫁のこと……。すべては椿姫さまに会ってからだ。
「それでは行ってらっしゃいませ!!」
屈強な門番たちが片側二人がかりでようやく重い扉が開く。
最低限の明かりは付いているが、奥は暗くどこまでも続いているようで見通すことは出来ない。
まあちょっとだけ怖いけど、今更戻ることは出来ない。すあまとまあすの手を握り、扉の奥へと足を踏み入れる。
◇◇◇
「……お兄さま、なんか息苦しくない?」
たしかにすあまの言う通り、妙な息苦しさというか、圧迫感があるな。
「……この場所全体から嫌なエネルギーを感じるぞ」
まあすも何かを感じ取っているようだ。
「とにかく用心しながら進もう」
幸いトンネルは真っすぐ一本道で、灯りを持っているので、足元さえ気を付ければ迷うことはない。
音も風も無く、時間や方向感覚すら怪しくなってきた頃……ようやく視界に変化が訪れる。
「あれ? 行き止まり?」
たしかに一見行き止まりに見えるが……
「いや、奥から強い気配を感じる。このまま進もう。二人は俺の後ろから付いてきてくれ」
どうせ壁にぶつかっても俺はたいしてダメージは受けないからな。
すあまとまあすを背中にかばいながら行き止まりの壁に思い切って突っ込む。
ふわり
風が吹いたような気がした。
気付けば壁やトンネルは視界から消えていて、目の前に広がっているのは闇の粒子で出来ているような巨大な地底湖とその上に網の目のようにかかっている光の糸。
そこはまるでファンタジー世界に迷い込んだような幻想的な場所だった。
『ようこそ結界内部へ』
脳内に直接語りかけてくるような声。覚えてはいなくとも、懐かしいこの感じ……
「つ、椿姫さま、天津命です。こちらが妹のすあまとまあす」
『……大きくなりましたね。ゆっくり再会を喜びたいところではあるのですが……今ちょっと身動きが取れないのです。命、申し訳ないのですが手を貸してください』
それは大変、やはり高齢だから足腰が弱っているのだろうか?
『命……今、失礼なことを考えませんでしたか?』
ひぃ!?
「いいえ、純粋に心配を」
『まあ良いでしょう。そのまま真っすぐ進んでください』
言われた通りに進んでゆくと、おそらくは結界の中心部であろう場所に辿り着く。
「うっ……こ、これは……」
「ひ、酷い……」
光の球体の中で、おそらくは椿姫さまであろう黒い塊が蠢いている。
よく見ると黒い触手のようなものが幾重にも巻き付いている。
『最近結界の綻びが目立ってきているのです。隙あらばこうして闇のエネルギーが溢れてきて、私を浸蝕しようとしてくるのですよ』
とんでもない状況なのに何でもないかのように冷静な声が脳内に響いてくる。
もしかして……この異常な状況が日常茶飯事だとでもいうのか……!?
「あの……俺はどうすれば?」
『命たちでしたらこの中へ入って来られるはず。とりあえず表面の黒いものをはがしてください』
うわっ!? あの気持ち悪いウネウネをはがすのか……。
「お兄さま頑張って!!」
「断固応援!!」
妹たちは観戦モード……。まあ俺もすあまたちをあんな得体のしれないものに触れさせたくはないからその方が気を使わなくて助かるけれど……。
球体へはなんなく入れた。入るときにシャボン玉に触れたくらいの感覚があったくらいで。
う……近くで見ると余計に気持ち悪いな……まるで黒いウナギか蛇みたいだ。
椿姫さまは闇のエネルギーと言っていたけれど、見ているだけで気分が悪くなってくる……なるほど、たしかにこれは普通の人間には無理だと直感でわかる。




