第百二十五話 ムラナーガ
「なあ琴都音、やっぱり前が見えないと不便じゃないのか?」
「旦那さま、これは仕方がないのです」
だ、旦那さまってまだ早いよ!? そ、それよりも仕方がないって……やはり何か事情が?
「右目が邪死眼、左目が邪石眼……見たものを死に至らしめ、石化させる呪われた邪眼を私は生まれた時から……」
な、なんという過酷な……
「……という設定なのです」
……ま、まさかこの子……
「琴都音、お前今何歳なんだ?」
「……一万十四歳です」
やはり十四歳だったか……。ならば仕方がないのかもしれない。
だが、そうなるとさすがに結婚はマズいだろ。いくらなんでも早すぎる。
「今話すことじゃあないけど、あと二年たってから結婚しような」
「なぜですか? 私は齢万を数える生ける伝説ですよ?」
しまった……まともに話が通じる相手じゃなかった……こいつは手強い。
「あははは、まあその話はおいおい……ネ。それより琴都音、案内よろしく」
くっ、そうだった……。キアラさんがいなければ結界の影響で話が進まないところだった。
本当に今日中に椿姫さまのところまで辿り着けるのか、心配になってきた。
◇◇◇
「ムラナーガさま、皆さまをお連れしました」
「うむ、ご苦労だったな琴都音」
大きな広間で俺たちを待っていたのは甲冑姿の美女。
「……武士ね」
「……武士だ」
「……武士だな」
紛うことなき女武者。
「遠路はるばる我が結界村へようこそ。私がこの村のムラナーガ東宮司千歳だ。ははは、こんな格好ですまん。観光客に人気なのだ」
なるほど……大切な収入源なんですね。てっきり琴都音と同じ手強い系の人なのかと……
「……この眼帯がな!!」
そっち!? そっちなの? 甲冑じゃなくて!? もういっそのこと眼帯村で良いんじゃないですか?
「あの……じゃあその甲冑は?」
「ああ、これは普段着だ。武士たるもの、いつ何時戦が起こるかわからないからな。寝るときもこの銘刀結界丸を肌身離さずを心がけている」
趣味って言ってくれた方がまだマシだった……戦か……たしかに備えあれば憂いなしだけど……。さすがムラナーガ、なかなか手強そうな人だ。
「あれ? でも千歳、以前は眼帯なんて付けてなかったよネ?」
「うむ……じつは椿姫さまに……な」
なんだろう……まさか目玉をくり抜かれたとか……!?
「……クソババアって言ったら殴られた」
小学生かっ!?
眼帯を外すと、紫色に腫れあがった痛々しい姿が。元が美人だから余計に見ていられない。
「あの……もし良かったら、そのくらいなら俺、治せますけど?」
「本当か命殿!! ぜひ治療お願いしたい」
土下座を決める千歳さん。
「あ、いや……でもですね、俺の治療ってちょっと特殊でして……」
「なっ!? き、キキキキスするのか!?」
真っ赤になって銘刀結界丸の柄に手をかける千歳さん。
「いや、キスというか治す箇所に唇を触れる必要が……」
うん……自分で言っておいてなんだけど、キスそのものだな。
「くっ……何という……だが武士に二言はない!!! 一思いにやってくれ」
いや、別に断ってくれても良いんですけどね。撫子さんや菖蒲だっているので……あれ? あんまりマシじゃないな……。天津家にはまともな治療師がいない件。
「じゃあ、失礼しますね」
ぷるぷる震えている千歳さんの右目にそっと唇を落とす。
「にゃあああああああああ!!!???」
「うわっ!?」
右目を押さえてのたうち回る千歳さん。
「だ、大丈夫ですか……? もしかして痛かったです?」
おかしいな……神気は結構控えめにしたつもりなんだけど。
「命、東宮司家の神気に対する敏感さは私以上なのヨ」
え、そうなの……? そういう大事なことはもう少し早めに……
千歳さん……すっかりへなへなに猫化してしまったよ。
「む、ムラナーガさま!? だ、旦那さま、何とかならないのですか?」
慌てふためく琴都音。
うーん、たしかに俺のせいだし、何とかすることは出来るんだけど……方法がな。
「どうしましょうか、キアラさん」
「やっちゃいなヨ、命」
……軽いですね。時間も無いし、この際やむを得ないか。
おはようのキスで神気を吸い取る。
「……む、そうか……私は意識を……って、待て待て、み、命殿……もしや私にキスを?」
「すいません千歳さん。こうするしかなくて……」
「問答無用!!!」
ビュンッ!!
千歳さんが瞬時に結界丸を抜いて切り付けてくる。居合切りか。
仕方がないので、指二本で刃を止める。多分斬られても大丈夫だとは思うけど、痛かったら嫌だし、一度やってみたかったというのもある。
「な……なんと、私の剣撃が止められるとは……」
怒らせてしまったのは事実だし、ここは謝るしかない。
「うむ……実にお見事。その圧倒的な強さ、右目の痣も治っている……そして神々しいまでの神気……私の負けだな。もう嫁にも行けないし煮るなり殺すなり好きにするが良い」
あの……別に戦っていたわけじゃないんですけど?
「千歳さん……良かったら、俺の許嫁になります?」
なんだろう……このとりあえず言っておかないといけないみたいな決め台詞。
「良いのか!? この千歳、生涯命殿に忠誠を尽くすと誓おう」
こうしてムラナーガこと東宮司千歳が配下(許嫁)に加わった。
「お兄さまカッコイイ!!」
「お兄さま最高!!」
カッコいい……のか? 妹たちの感覚がよくわからないけれど……。
っていうか、こんなことをしている場合じゃない。
俺の使命は結界をバージョンアップすること、そして許嫁を集めてこの国を救うことなんだ。
……あれ? じゃあ許嫁増えたしこれで良いのか。




