第百十六話 青い鳥の知らせ
徐々に意識が浮上してゆく。
頻繁に繰り返してきたせいか、この感覚にもだいぶ慣れてきたような気がする。
「あら目が覚めたのね、命」
「……零先輩? ああ、ご心配おかけしました」
てっきり撫子さんかまあすだと思っていたので、少し驚いたけど、意識を失う寸前の風呂場での記憶が強烈に残っていて、零先輩の顔がまともに見れない。
「私が何かしてしまったのかと本気で心配したのですわ」
いつも自信満々で強気な先輩が明らかにシュンとしていてなんだか小さくみえる。
そうか、それで責任を感じて膝枕を……たしかにすごいことをされたのは事実ですけど、俺が情けないばかりに悪いことしちゃったな。
「零先輩のせいじゃないです。魅力的すぎるその身体が……」
言いかけて、しまったと気付いたがもう遅い。
「なっ!? ななな、何を言っているんですのっ!? せ、せせせ先輩をからかうものではないですわ!!」
真っ赤に染まった顔を見られたくないのか、覆いかぶさるように俺の視線を遮る零先輩。必然的に柔らかい部分が顔の真上に……
く、苦しい……ど、どかしてください……いや待てよ、別にこのままでも良いんじゃないか? 力の覚醒効果で、一時間ぐらい息を止めていてもなんともないんだし。
むしろこのチャンスを積極的に利用して堪能……いや、耐性をつけるべきなのでは……
「あ、そうでしたわ、こんなことをしている場合ではないのですわ。大変なのです命」
ガバッと起き上がる零先輩。
……なんでこういう時だけ終わるのが早いんだろう? 考え事していたから全然堪能できなかった。
じっと天を見上げる……天井しか見えないけれど。
『え? 私、関係ないわよ~?』
そんな女神さまの声が聞こえたような気がする。
「俺が眠っている間に何かあったんですか?」
「この子が私のところに来たのですわ」
零先輩の手の上に、ちょこんと乗っていたのは、小さな青い小鳥?
「この小鳥が何か?」
少なくとも見覚えはない。迷い込んできたのかな?
「この子、蒼空の使っている連絡用の小鳥なのですわ。あ、蒼空というのは、空津グループ総裁である父の秘書のことなんですけれど」
なるほど……わざわざ小鳥を使って連絡を取ってくるということは何か緊急で伝えたいことがあった……ということなのかな。
「それで何の連絡だったんです?」
「それが……何も付けられていなかったのですわ。あの蒼空に限って付け忘れるようなことはあり得ませんし……」
「となると……その暇すらなかったと?」
「その通りですわ」
うーん、これはどう考えても事件の香りがする。
「零先輩、お父さま……総裁には連絡したのですか?」
「お父さまのところにも同じように蒼空の小鳥が戻って来ているようなのです。蒼空のことは心配するな、こちらで探し出すから、と言ってはおりましたが……」
空津総裁の大切な秘書なのだろうから、任せておくのが一番なんだろうけど……やっぱり零先輩としては心配だよな。
「零先輩、俺に出来ることがあれば全力で手伝いますから。居場所さえわかれば、俺が乗り込んででも助け出しますよ」
「……協力感謝いたしますわ命。蒼空は……私の姉のような存在なのです」
そうか……だったら尚更心配だよな。許嫁の家族なら俺の家族みたいなものだし。結界へ向かう前に少しでも手がかりや安心材料が見つかると良いんだけど……
「あ、もしかしたら、その小鳥なら何か知っているんじゃないですか?」
「……知っているかもしれませんが、どうやって聞くのです?」
そうなんだよな……さすがの俺も鳥と会話は出来ないし。誰か鳥の考えていることがわかれば……あ、そうだ!!
「うーん、駄目だね。恐怖や焦りに近い感情みたいなものは理解できるんだけど、言語化は難しい」
桜花さんでも駄目か。心を読めるからもしかしたらと思ったんだけど。
『うにゃんっ!? 猫以外は無理にゃあ』
ひだにゃんも駄目か……猫限定特化型とは微妙に使えない……。
仕方がない、手掛かりがない以上、無事を祈りながら情報が集まるのを待つしかなさそうだな。空津グループから依頼を受けているならともかく、勝手に動いて迷惑をかけてしまう可能性もあるし。
「天津命、私が鳥に残された記憶を探ってやろうか?」
そうか!! 理子ちゃんがいたな。
鳥の記憶の映像や使役者である蒼空さんの記憶が残っていれば、何かヒントが読み取れる可能性もある。断片でも良い、今は情報が必要なんだ。
「理子ちゃん、申し訳ないが頼めるか?」
事件に関わることであれば、場合によっては理子ちゃんに辛い思いをさせてしまうかもしれない。正直あまり力を使って欲しくはないんだけどな。
「問題ない……でも……」
「……でも?」
「少しだけ不安だ。手を握ってくれ」
理子ちゃんってこんなに可愛かったっけ? 照れくさそうに俯く姿が愛おしい。
「わかった。絶対に無理はするなよ」
「ひゃうっ!? あ、天津命っ!? て、手を握れと言っただろうっ……!!」
安心してもらえるように後ろから抱きしめてみたんだが、やり過ぎだったか……
「ごめん理子ちゃん、やっぱり手の方が集中できるよな」
「……そのままでいい」
「え……でも……」
「良い。なんだか安心する……だからそのままでいい」
「御託は良いからさっさと仕事しろ理子。ほら、不安なら私が抱きしめていてやるから」
「あ、杏?」
「主殿は私を抱きしめてください」
いつの間にか俺と理子ちゃんの間に入り込んでいる杏。
「くっ、なぜ邪魔をする、杏? だいたい何もしていないお前をなぜ抱きしめなければならない?」
「ふん……許嫁同士が抱き合うのに理由など不要です」
「ぐぬぬ……」
まずいな……これは話が進まないヤツ。




