第百十三話 黒津会議
黒津グループは、総合商社、金融をメインとした旧財閥系の一つ。日本を代表する大企業を複数傘下に持つ巨大産業複合体である。
そんな黒津グループのトップたちが一堂に会する総会は別名『黒津会議』と呼ばれ、その会議の動向が日本だけでなく、世界の政治や経済に少なくない影響を及ぼすとまで言われている。
「……メディアも一切寄せ付けない厳重なガード。やはり今回の黒津会議には何かある」
あらゆる伝手を使って侵入を試みたが、すべて失敗に終わった。
この異常なまでのガードの固さ、黒津家は一体なにを始めるつもりなんだ?
気になるところではあるが、空津総裁からも深入りは禁物と言われているし、実際私一人でどうにかなるものでもない。仕方がない……会議が終わるのを待ってみよう。
会議が終わり次々と黒塗りの車列が会場から出てくる。
狙いはグループ最下位の黒津貿易代表。
他のグループ企業と比べて規模が小さい分、ガードも比較的甘い。その分重要な情報には触れてはいない可能性もあるが、動向さえつかめればいいのだからそれで十分だ。
「いやあ……大変なことになったな。まさか本気で世界征服とはな……」
「世界征服って……そんなこと可能なんですか?」
「出来るかどうかで言えば、十分可能だろうな。遷家が実現すれば、頼人さまが新しい当主になる。そうなれば国内の掌握は終わったようなもの。この十年黒津グループは世界各地で力を蓄え、親黒津の国を着実に増やしてきた。頼人さまによれば、すでに世界の三割の国が黒津の影響下にあるらしい。我々一族の影響下にある国が約5割だと考えると、合わせれば八割に達する。それはもはや……世界征服と言えるのではないか?」
「ひえっ!? そんなことになっていたんですね。じゃあ、そのためには、絶対に遷家を実現させなければならないってことですよね?」
「そういうことだ。まあすでに賛成票は固まったらしいし、近日中に発議されるみたいだからな。我々も置いていかれないように気を引き締めんとな」
……なるほど、なぜ発議をと思っていたが、その先にある野望のための布石だったのか。
くだらない。一族の存在意義とは真逆ではないか。やはり黒津は潰さなければなるまい……
とにかく総裁に報告するのが先決だな。
『おや……誰かと思えば、空津の敏腕秘書さまではないですか。こんなところで盗み聞きとは……』
っ!? 馬鹿な……この私が背後を取られるだと……?
漆黒の執事服が嫌味なほど似合う長身の男。能面を張り付けたような感情のない顔、黒目が大きいせいで穴が開いているように見える冷酷な目……一番会いたくない男がそこにいる。
「……黒崎、黒津本家筆頭執事の貴方がなぜこんなところに?」
マズい……正面からやりあって何とかなる相手ではない。何とかしてここから逃げないと……
『会議場の周りをうろちょろしているネズミがいたものですから。後をつけさせてもらいました』
しくじった……最初から気付かれていたのか?
だがこいつ一人だけなら何とかなる。逃げるだけなら……私のスキルで……
『ああ、逃げようなんて思っているなら無駄ですよ。もう終わっていますから』
あ……か、身体に力が入らない……まさか……毒……?
不覚……申し訳……ございません総裁……零さま……
◇◇◇
「え? 明日学校を休むんですか?」
「そうなのよ~、今、キアラから連絡が入ってね、椿姫さまに連絡がついたんですって~」
食後のコーヒーとデザート、もちろんすあま抜き、を楽しんでいたら、雅先生が学校を休めと言ってきた。先生なのに学校休めとか言って良いんだろうか?
「あの……そのキアラって、もしかして?」
「だから何度も言っているじゃない。代表監督のキアラよ~」
やはりそうなのか。待てよ……そうなると許嫁云々というあれはもしかして冗談ではなかったのか!?
「ふふふ、許嫁の件なら、もちろん本当よ~。天津くんにOK貰ったって伝えたら、キアラっでばものすご~く喜んでいたわよ~」
……マジですか? え……俺、キアラ監督とは一言二言話しただけなんだけど!? なんで喜ばれてんの?
「さすが天津さんだな。いつの間にキアラ監督まで許嫁にしたんだ?」
姫奈先輩……それ俺が聞きたいくらいなんですよ。
「雅先生、椿姫さまって、あの椿姫さまですわよね?」
「そうよ~。あの椿姫さまよ~」
零先輩、あの椿姫さまって誰?
「命は知らなくても仕方ないか。一族には宗主家である天津家とは別に、結界を守るための家系が存在するの。東の東宮司、西の西宮司。椿姫さまは、東の東宮司当主よ」
ゆり姉が助け舟を出してくれる。うーん、よくわからないけど、たぶん偉い人なんだろうな。みんな、さま付けして呼んでいるし。
「ゆり姉は椿姫さまに会ったことあるの?」
「あるわけないじゃない。普段は人里離れた山奥にこもったきりだし、そもそも直下五家クラスじゃないと会うことは出来ないわよ?」
なるほど……そんな滅多に会えない偉い人と約束が取れた……ということか。話の流れがまったく掴めないけれども。
「命くんは会っているはずだけどね、生まれた時に。天津家の人間は必ず東宮司、もしくは西宮司の当主から祝福を受けることになっているからね。そういう意味では、すあまチャンとまあすちゃんもそうね」
「……全然知らなかった」
「ふーん」
すあまとまあすも初耳のようだ。
椿姫さまか……楓さんの言葉に記憶を探ってみても、全然覚えていないな。
まあ赤ちゃんだったから当たり前かもしれないけど。




