第百十一話 諦めるのはまだ早い
「それでみんなに相談なんだけど、彼女たちを今後どうするかなんだよね」
「お兄さま、私に良い考えがあるよ」
「本当かすあま。ぜひ聞かせてくれ」
「ふふん、彼女たちにすあまを作らせたら良いんじゃない?」
すあまを作るのか……すあまらしいアイデアだけど……うん、悪くないかもしれない。
「すあまの生産から販売、PRまで、一貫して行うすあま計画。すあまといえば天津ブランドと言われるようになったら素敵でしょ?」
瞳を輝かせながら熱く語るすあま。おお……なんだか俺も胸が熱くなってきたぞ。
「グッドアイデアじゃないかすあま。どうやってすあまを桜宮神社の名物にするかが懸案だったが、これで俄然現実味が出てきたな」
「でしょう? さすが撫子姉さま、話がわかる!!」
うん、名物化もそうだし、撫子さんも喜んでいるし。まあ実際に彼女たちがやってくれるかどうかは別にして、この計画そのものはぜひとも実現させたいところだ。
『にゃああ……すあまの話をしているにゃあ!! お腹が空いたのにゃあ!!』
すあまの話をしたら、ひだにゃんが起きてきたか。っていうか今まで寝ていたのか……まあ、猫だしな。寝るネコは育つって昔から言い伝えもあるし。
「ひだにゃん、こっちおいで~。たくさんすあまありますから、いっぱい食べましょうね~!!」
『にゃああ!! かすみ大好きにゃあ!!』
すあまの箱を抱えてひだにゃんと部屋を出てゆく霧野先輩。餌付けする気満々ですね……。
「でも、あんなにたくさんのすあま、どうしたの?」
たしか、我が家のすあま備蓄は底をついていたはず。
「ああ、正樹おじさまが、配達ついでに持っていくって言ってましたから、その分じゃないですか?」
菫さんの言葉を信じるならば、それ……俺のすあまだよな?
菫さんを直樹とくっつけるのに協力した見返りにもらったなんて、絶対に言えないけれども……。
「びっくりしたぞ、昼過ぎ寝ていたらいきなり大量のすあまが届いたんだからな」
そうか……まあすが受け取ってくれたのか。っていうか、本当に昼過ぎまで寝ていたんだな。まあ寝る子は育つって言い伝えが……うむ、実際に素晴らしい発育状態で兄も誇らしい。
「……お兄さま、どこを見ているんだ? 触るか?」
「そ、それで……そのすあまは?」
「ああ、美味しかったぞ、お兄さま」
……そんなことは聞いてないんだが。そうか……食べたのか。
だが大丈夫、まだ残っているはずだ。だって夕食前にすあまを食べ切るわけないし。やっぱり食後にお茶やコーヒーで食べたいよな。食べたことないけど。
「命、すあまって初めて食べたのですが、とっても美味しかったですわ。私もすあま製造計画応援しますわ!!」
くっ……零先輩も食べたんですね。ま、まあでも零先輩は仕方ないよな。初めてだし、それに空津の協力が得られれば、計画もきっと上手くいくだろうし先行投資と考えれば……。
「すまんな天津さん、久しぶりにハードな練習で腹が減っていたんだ。その……めちゃくちゃ美味しかった」
良いんですよ、姫奈先輩はその分運動しているんですから、気に入ってもらえて嬉しいです。ヤバいな……これは相当減っている可能性が……
「日本のワガシというやつだろう? 人生で食べた中で一番美味しかった。ありがとうミコト」
ソフィア……苦労して生きてきたんだ。すあまくらい好きなだけ食べればいい!! 俺は一個でも食べられればそれで良いんだから。
だが不味いな……正樹おじさんのことだから、相当の量を持ってきてくれたはずだけど、この分だと、俺以外全員食べているっぽい。人数が増えて消費スピードも早くなっているはずだし……。
しかもだ……底なしのすあまイーターである撫子さんとすあまがさっきから大人しいのがかえって不気味だ。普段ならすあまとなればムキになって確保に走るはずなのに……今は大人の余裕すら感じさせる佇まい。
一体どれだけ食べて、どれほどストックしたら……と邪推してしまいたくなる。
「葵、大事な話がある」
「……夜のメイド服のことでしょうか?」
いや全然違う。大事なことではあるけれども、そうじゃない。
「すあまの残り残数についてなんだが……」
「ああ、そのことでしたか。ご安心ください。あと76個残っています」
76個か……素人ならそんなに!! と喜ぶところだろうが、76個もじゃあない、76個しか残っていないのだ。とはいえ早めに確認しておいて良かった。ギリギリセーフ。危ないところだったな。
「……ですので、元スパイと黒衣衆のみなさまに二個ずつお出ししておきますね」
「っ!? ……そ、そうだな、そうしておいてくれ」
……38人に二個ずつで76個……か。
たしかに天津家最初のおやつが、すあま一つでは格好がつかない。やはり一人二個は欲しいところだ。それにすあまを気にいってもらえれば、計画に参加してくれる人も増えるかもしれない。
だから今回は……仕方ない……よな。
ふ、ふふふ、大丈夫、こんなことで落ち込んだりはしない。なんたって俺には女神さまからいただいた特級祝福『すあま耐性』があるんだからな!! 全然余裕だってばよ。
「ミコト……泣いているのか?」
そっと後ろから抱きしめられて気付く。頬を伝う熱い液体に。俺は……泣いていたのか?
「そ、ソフィア……ごめん、格好悪いところをみせちまったな」
すあまが食べられなくて泣くとかカッコ悪すぎだろう。
「そんなことない、可愛いぞミコトは」
よしよしと頭を撫でられているとなんだか素直になれる気がする。
「ソフィア……俺さ、すあまが食べたかったんだ……」
「そうか、だがなミコト、諦めるのはまだ早いぞ」
隣の部屋を指さすソフィア。
「そ、そうかっ!? ひだにゃん……」
霧野先輩はすあまの箱を何重にも重ねていた。あれだけのすあまだ。まだ残っている可能性は高い。
「行こうミコト、私もサポートする」
ソフィアの手を取り隣の部屋へ転移する。躊躇っている暇なんてない。コンマ一秒が運命を左右するかもしれないこの世界では。




