第百四話 空津家のご令嬢
「なんだって茉莉!? 空津家の長女がこの学園に?」
「そうなのよ撫子。これはチャンスだと思わない?」
直下五家の令嬢ともなれば、通常の許嫁100人分のボーナスポイントが期待できそうよね。そういう意味では、菫さんは本当に惜しかったけれど。
まあ……終わった話をしてもしょうがない。今は目の前にあるチャンスをものにすることだけ考えるのよ。
「でかしたぞ茉莉、これでみこちんにたくさん褒めてもらえるかもしれん」
くぅ……撫子が尻尾をぶんぶん振っているワンコのようだ。
かわいい……抱きしめて頭を撫でてあげたい。でもね、撫子、天津が褒めてくれるかは微妙だよ?
「よし、そうと決まれば、まずは情報収集だ。私は今から生徒会へ行ってくる。茉莉は雅先生から空津零の情報を仕入れてきて欲しい」
「わかったわ。でも直下五家のご令嬢だから、許嫁の一人や二人いてもおかしくないけどね」
冷静に考えたらその可能性の方が圧倒的に高い。これは取らぬ狸のなんちゃらになってしまったかしら?
「気にするな茉莉、もし決まった相手がいたら……その時はその許嫁を徹底的に調べ上げて……なあに、叩けば埃の一つや二つ出てくるだろう」
撫子っ!? なんかキャラ変わってるよっ!?
「……空津零でしたら、まだ確定した許嫁はいないはずですよ」
「葵!? 本当か?」
「遅くなってしまい申し訳ありませんでした、奥さま。会長解任騒動で色々情報収集しておりましたので」
さ、さすが葵、もはや熟練の忍びの貫禄すら漂っているわね。本当に同じ歳なの貴女?
「確定した……ということは、やはり候補はいるのね?」
「その通りです、茉莉さま。有力候補だけでも100人は下らないかと……」
そりゃあそうよね。空津といえば、国内だけではなく世界中に展開している航空業界の帝王。今やその活動範囲は宇宙にまで進出しているって聞いているし。表向きの規模だけでいえば、あの黒津とも双璧をなしているんだから。
「ははは、雑魚が何人いようが関係ない。みこちん一人で蹴散らしてやる」
だから撫子、キャラが……
「助っ人部の皆さまこんにちは~!! みんなの霧野先輩ですよ~にゃふふ~!!」
き、霧野先輩までキャラがおかしく……いや、この人は元々こんな感じだったわね……。
「どうしたんだ霧野先輩? もしかして、みこちんが入部したから、先輩も助っ人部に入部したいのか?」
「ええ!! 天津くんも入部したんですか? それなら、はい、私も入りますよ~!!」
……恐ろしくフットワークが軽いわね……。
「おおっ!! 歓迎しますよ先輩。ふふふ、この圧倒的なメンツ。我が助っ人部は最強ではないか!!」
お願い撫子……戻って来て。
「それで霧野先輩、何の用事だったんですか?」
「ん? ああ、そうでした。実は新しい会長、空津零先輩からの依頼でね、生徒会の立て直しを手伝って欲しいんですけど……どうです?」
なんという都合の良いタイミング。これはもうあれだよね? 運命フラグ立ってるわよね?
「もちろんOKだ。助っ人部の総力を挙げて協力しようではないか」
「……今晩のおかず、もう一人分追加しないと……」
葵っ!? いくらなんでもそれはないから!! いや……でも姫奈先輩のこともあるし……なくは……ないのかしら?
◇◇◇
「……はあ。ナニコレ……一体どれだけ好き放題やったら、こんな酷いことになるんですの?」
ざっと生徒会関連の報告書に目を通すと、あまりの惨状に帰国早々頭が痛くなる。まだ時差ボケも治っていないというのに……。
家族は早く許嫁を決めろってさっそくプレッシャーをかけてくるし。それが嫌で面倒だから海外に逃げていたんですけど、今度は誘拐されそうになるわ、何度も殺されそうになるわで、全然意味が無かったですわ。
まあ小さいころから危険な目に遭うのは慣れていますけれど……ね。
この変身能力と、悪意を読みとる力が無かったら……きっとずっと前に死んでいたんでしょうね。周囲はお金持ちで美人、生まれながらにして全てを持っていて羨ましい、なんて思っているのかもしれませんが……。
常に嫉妬や妬みの感情に晒され続けて、危険と隣り合わせの人生が羨ましい?
誰一人……身内ですら信用できないというのは本当に悲しいことなのですが、誰にもわかってはもらえない。きっとそれすらも、わがままだって言われてしまうのでしょうね。
はあ……割り切っているつもりでしたのに、きっと疲れているんですわね。
ええ、もう今日は適当なところで切り上げて、帰ってゆっくり身体を休めた方が良いのかもしれません。良い仕事は健全な心身によって生まれるものですわ。
「あ……駄目ですわ。今夜は許嫁候補を集めてパーティーをするとかなんとか言ってましたっけ……」
あああ……逃げ場がないのですわ……
誰か助けて。私を連れて逃げて……
無理ですわね。どこへ逃げても連れ戻されてしまいますわ。
ならば空津家よりも力のある家に嫁ぐ? そんな家、あったかしら……黒津家は絶対に嫌。そもそも直下五家同士では婚姻出来ませんし。
そうなると……宗主家の天津家くらいしかない。
ですが問題は年頃の男子が……
あ……そういえば、来年嫡男が入学するから陰ながらよろしくって言われていましたわっ!?
あの会長のせいで海外に行ってしまってすっかり忘れていました!!
何てこと。生徒会に構っている場合じゃないですわ。
天津の嫡男がどんな男か、すぐにでも確認しなければですわね。
さすがにあの会長や黒津家のクズどもよりはマシだと思いたいところですが……。




