第百二話 金満会長の断末魔
「議題は……金満会長、貴方の解任だそうですよ」
馬鹿な……臨時役員会もそうだが、会長解任には俺以外の生徒会役員全員の賛成が必要なんだぞ?
万が一のことも考えて、俺は裏切ることのないイエスマンばかりで周りを固めていたんだがな。
まあ良い、一体何があったのか知らないがいい度胸だ。解任できるものならしてみるがいい。
「遅かったですね。待ちくたびれましたよ……金満会長、いえ、もうすぐ元会長ですけどね、あはははは」
会議室に乗り込むと、生徒会役員たちが全員集まっていて、牛乳瓶の底のような分厚い眼鏡をかけた、おさげ髪の女がケラケラと笑う。
こいつ……俺にベタ惚れしていたクソ女じゃないか。何のためにこの俺が我慢して手元に置いてやったと思っているんだ? まさか俺の親衛隊隊長の副会長代理が裏切っていたとは正直驚いたよ。大方、相手にされていないことへの嫉妬か何かだと思うが……
だがな、これで俺を追い詰めたつもりなら……甘い、甘すぎるぞ。
「ふん、お前は知らなかったのだろうが、代理には解任の権限は無い。解任したければ、アメリカに留学中の本物の副会長に委任状をもらってくるんだったな」
くくく……まあ邪魔者の副会長さんはもうこの世にいないのだから、不可能だがな。
まったく……解任と聞いて一瞬焦ったじゃないか、クソが。
「ふむ、なるほど、ではここに本物の副会長を連れて来れば解決ですね?」
「その通りだ。だが残念ながら次の機会はないぞ。今ここで貴様ら全員会長権限で役員を解任してやるからな」
さすがに全員解任することは出来ないが、一人でも欠ければ発議は出来ない。
もっとも……それだけでは済まさない。俺を裏切って恥をかかせたんだからな。全員海に沈めて魚の餌にでもしてやるから覚悟しておけよ。
「いいえ会長、次の機会など必要ありませんわ。すでに貴方の負けなのですから」
副会長代理が眼鏡を外し、髪を留めていた紐をほどく。
なんだこれは……? 気付けば白髪の美女がそこに立っている。声や話し方まで変わっていて、まるで手品かマジックでも見せられている気分だ。
「貴様……何者だ?」
これだけの美女を俺が忘れるはずはない。だがこの声……この声は知っている。
だがあり得ない、あり得ないんだ。その声の主がここに居るはずはない。
第一見た目も全然別人。似ても似つかない。
「あら? 私をお忘れかしら? 貴方が無理やり海外に送り込んでその先で殺そうとした副会長の空津零ですわ。それなのに忘れてしまうなんて……本当に酷い人」
ふ、副会長……だと!?
「嘘をついても無駄だぞ!! 第一、完全に別人じゃないか、化粧がどうとか髪型がどうとかいう次元の話じゃないぞ」
「私、変装が得意なんですわ・会・長。だって本当の姿でいたら貴方に襲われちゃいますからね。あはははは」
この……俺を馬鹿にしやがって。
だが不味いな……こいつが本物の副会長なら解任が成立してしまう。
「ちょっと待て、そもそもの話、俺を解任するというが、一体何の理由で解任されなければならないんだ? それなりの理由が無いなら異議申し立ても出来るんだぞ?」
正直解任されたところでたいして痛くもないが、経歴に傷がつくし面倒だからな。最悪、邪魔者を全員消し去ってから復帰して無かったことにすれば良いだけのことだが。
「そうですね……正直理由が多すぎて読み上げるのも面倒なんですが、私に対する殺人教唆だけでも十分すぎる解任理由になりますわ。まあそれ以前に、貴方はすでにこの学校の生徒ではないので会長に留まる資格すらありませんが」
「は? 何を馬鹿なことを言っているんだ?」
大丈夫だ。こいつが何を言おうが証拠なんてないし、俺がこの学校の生徒じゃない? もしやこの女、妄想でおかしくなっているのか……?
「失礼します。会長宛てに理事長から手紙が届いております」
霧野くんか。このタイミング……アメフトの名門大学への推薦入学が決まったのかもしれないな。ふふふ。
「ああ、ご苦労。ん? 紙一枚……ずいぶん短いな……って退学処分ってなんだよこれ!?」
「だから先ほどそうお伝えしましたよね? 貴方はすでにこの学校の生徒ではないと」
鼻で笑う副会長。くそっ、あとでぶっ殺してやるからな。
それにしても一体何が起こっているんだ? この俺が退学? あり得ないだろ。親父が何のために多額の寄付をしていると思っているんだ? とにかく理事長に会って状況を確認しなければ……
「貴様らのことは後だ。俺は理事長室へ行ってくる」
「その必要はないわ」
艶やかな黒髪に緋色の瞳が印象的な美女が会議室に入ってくる。
「な、なんなんだお前は?」
次から次へと何なんだ一体……また正体不明の美女かよ。
「紅葉楓、警察よ。金満成金くん、殺人教唆他の容疑で逮捕します」
け、警察……だと!?
「おいアンタ、俺の親父は警察上層部にも顔が効くんだぞ? 左遷されたくなかったら時間の無駄だからやめておけ。今なら将来のスーパースターである俺の恋人にしてやってもいい。どうだ、悪い話じゃないと思うが?」
よく見たらめちゃくちゃ好みだこの女刑事。プロポーションも抜群だし。
「はぁ……この状況でよくもまあ恥ずかしげもなくそんなこと言えるわね。そのメンタルだけは褒めてあげるわ。でもね、貴方の父親、金満市長なら、さっき強制捜査が入っているから、ちっとも頼りにはならないと思うわよ?」
き、強制……捜査……だと!? そんな……俺のサクセスストーリーが……
いや、まだだ……まだ終わってなどいない。
畜生がっ!! こうなったら海外へ逃げてやる。会長室まで行けば 武器も金も逃げ道もある。
「どけえええええ!!」
幸いここに居るのは、ひ弱な生徒会メンバーと女ばかり。
まあ、誰がいたとしても、俺の殺人的な突進を止められる奴なんてこの日本に何人もいないけどな。
「……え?」
視界が反転する……
なんだ……? なんで俺は天井を見ているんだ……? いつの間に……倒された?
「はい、公務執行妨害で現行犯逮捕。覚えておくと良いわ。あんまり世間を舐めてると……怪我をするわよ?」
あ……あああ……嫌だ……俺はまだ終わってなんかいない。この女さえ倒してしまえば……
「うわああああああ……げふっ!?」
「まったく、最後まで面倒かけるんじゃないわよ。じゃあね、かすみ、お邪魔したわね」
「楓さん、お疲れ様です!! カッコよかったです~」
「……死神相手にお馬鹿な真似をするのね。最後まで最悪な男でしたわ」
心底軽蔑した眼差しで気を失っている金満を見下ろす空津零。
「あら、空津のお嬢さまが私を知っているなんて嬉しいわね。後は任せて大丈夫かしら?」
「大丈夫ですわ。はあ……ですが、その馬鹿の後始末を考えると頭が痛いです……」
金満が残した負の遺産は膨大なものになるのは間違いない。その尻拭いは、すべて副会長である空津零に回ってくる。
「あはは、ご愁傷様。でもまあ大変だったら助っ人部にでも応援頼めば良いんじゃないの?」
そうアドバイスをすると、金満を引きずりながら会議室を出てゆく楓。
「なるほど、そのような部があるのですね。霧野さん、悪いんですけれど、その助っ人部とやらにさっそく依頼お願いできるかしら? 正直、猫の手も借りたいくらいなのですわ」
「良いですよ。助っ人部ならいつでも連絡取れるのでお任せください」




