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48.砲火の十字を交えて重ね


 手応えありッ!!


 マリーシルバーの弾丸(うたごえ)は、間違いなくロボロシェードの額の瞳を打ち抜いた。


 硬質的なソレに弾痕を穿ち、放射状のヒビが走ったのが見えた。

 直後、銃弾の衝撃によって、ロボロシェードの頭を弾き、不自然な体勢だった為、吹き飛ばすように地面へと転がる。


 そこまで確認してから、わたしはゾーン・デトネイションを解除した。直後に反動による頭痛が来るけれど、それに耐えながら視線はロボロシェードから外さない。


 ビリーも目を強化した反動だろうか。目を赤くし、目の端に涙が滲んでいる。目を細めている感じを見るに痛みもあるのかもしれない。だけど、目を擦ったり拭ったりはせず、油断なく手は剣に触れていた。


 ラタス姉妹も同様だ。

 完全に終わったと思っていないのか、それぞれに構えたまま様子を見守っている。


 ややして、ロボロシェードはゆっくりと立ち上がると――


「AoooooooooNッ!!」


 唐突に、綺麗な声で雄叫びをあげた。


「なに……?」


 直後、全身から滴っていた粘液のような黒蝕が内側に吸い込まれていくように消えていく。

 ややして、その取り込んだ黒蝕を全身から吹き出した。


「おっとッ!」

「急になにぃッ!?」

「まだ……終わってないのでしょうか?」


 身構えてて良かったわ。

 わたしたちはそれぞれに、飛び散った黒蝕を躱しつつ、様子見を続ける。


「もしかして、本番はここからだったり?」


 そこにいるのは、黒蝕にまみれた狼ではなく――夜を思わせるほどに煌びやかに艶めく漆黒の毛並みをした狼。


 特徴的なのはその背中。

 黒蝕――ではないんだろうけど、それを思わせる色艶をした二本の触手が生えている。


 もしかしたら、これが本来の姿なのかもしれない。

 ……と、いうことは……もしかして、正気に戻ってたり?


「ロボロシェード?」


 何ともなしに呼びかけると、彼は狂気と正気の狭間にあるような双眸と口元を笑みのように歪ませて――


「シャリアッ!」

「……ッ!?」


 背中の二本の触手をわたし目掛けて振るってきた。


 それを躱しながら、反射的に第三の瞳めがけて弾鉄を引く。

 ロボロシェードが咄嗟に顔を動かしたのを見るに、今の彼には霊力ナシでもダメージが通るのかもしれない。


「我ハ、メイヤク……果タス……」


 完全な正気――というワケじゃないんだろう。


 戦う前に言っていた、本来であれば盟約者への試練という形での戦闘。恐らくは混濁する意識の中でそれを果たそうとしているんじゃないだろうか。


「正気と狂気の狭間で、それでも盟約に従ってわたしたちに試練を課そうとしている……のかもしれないわね」

「役目に忠実なのは良いコトけど、今はかえって迷惑だね」


 あのまま倒れて星に帰ってくれればいいのに――と愚痴をこぼすビリーに、わたしは同意する。


「でもぉ、向こうはやる気まんまんよぉ……」

「もうひとがんばり……するしかありませんね」


 ラタス姉妹の言葉を聞きながら、やれやれという心地で、わたしはビリーの顔を見る。

 どうやら向こうも同じ気持ちだったみたいだ。


 交差する視線に気づいて苦笑を交わしあい、改めてロボロシェードを見る。


「もう一回切り札を切れる?」

「軽い頭痛はするけど、もう一回くらいの無茶は何とか。ビリーは」

「こっちももう一回くらいなら。正直、今の時点で目薬さしたくて仕方ないんだけど」


 お互いに使える手をすり合わせた上で、構える。


「額に打ち込めば星に帰るって何だったのかしら?」

「浅かったのかもしれないね。今度こそ完膚無きまでに叩き割ろうッ!

 ナージャン、ナーディア……君たちもまだイケるだろう?」

「そういう言葉はぁ、ベッドの上で聞きたいところだけどぉ……。仕方ないから狼さん相手でもぉ、がんばるわぁッ!」

「ここまで来て、退くわけにもいきませんからッ!」


 まるでこちらが確認を終えるのを待っていたかのように、ロボロシェードがゆっくりと動き出す。


 ビリーとナージャンさんが踏み込んでいく。

 ロボロシェードがそれに対応しているうちに、わたしはマリーシルバーに弾を補充すべくポーチから取り出す。


 まだ弾倉が空になったワケじゃないんだけど、一応ね。


 純粋な物理射撃が一番馴れているから。それを一回でも多く使うには、弾を補充しておく必要があるんだ。


 もはや目を瞑ってでも出来るくらいに馴れた弾の補充作業をしながら、ふと脳裏に盟約という言葉が過ぎり、手が止まる。


 盟約、盟友……。

 この家出の最中にそういう言葉を何度も聞いた気がする。


 ――現代では失われた盟約。

 ――キャシディ伯爵が求めていたカギ。

 ――王家に連なるのであれば知れた可能性があるカギ。

 ――ビリーが口ずさむ唄のタイトル……。


(え、もしかして……もしかする……?)


 唐突な思いつきが、脳裏に過ぎっていたキーワードを結びつける。

 その瞬間、意識が戦闘から逸れた。


「シャリアッ!」


 それが良くなかった。

 ビリーの声で意識を戦闘に戻した時、ロボロシェードが迫ってきていた。


 やっばッ!?


 咄嗟にそこから飛び退くけれど、手にしていたマリーシルバーは弾の補充のために下向きに折り曲げ(トップブレイクし)たままだった。


 体勢を整えられたワケでもない。

 無理矢理な姿勢で跳んでしまったから、弾倉から弾が飛び出してしまう。


(え、ちょッ!?)


 慌ててそれをどうにかしようと思ったけど、ロボロシェードはすぐに前足を振るってきたので、それを躱さざるをえない。


 運悪く、ロボロシェードの凶悪な爪がポーチのベルトに引っかかった。


(うぇッ!? マジでッ!?)


 思わず胸中で叫ぶ。

 ベルトが千切れ、予備弾の入ったポーチが落ちる。


 幸い――というか何というかわたしに怪我はない。

 躱しながら、トップブレイクさせていたマリーシルバーを閉じた。


 ちらりと弾倉を見れば、残った弾は二発。


 それなら――


 爪が届く距離まで近づいてきてくれているなら、好都合ッ!

 その額――今度こそ打ち砕いてやるッ!


 即座に狙いを付けて、額を撃つべく弾鉄を引いた直後。


「がッ!?」


 脇腹を何かで叩かれた。

 弾が外れ、わたしは大きく吹き飛ばされる。


 そのまま近くの木に背中から叩きつけられ、息が詰まった。


「シャリアさんッ!」

「シャリアちゃんッ!」


 クッソ、外した……。

 触手に対する警戒が薄かったのもあるけど、殴られたタイミングが最悪で銃口が思い切りズレた。


 けほっ――と軽くむせながら、わたしはすぐに立ち上がる。

 めちゃくちゃ痛いけど、動けないほどじゃない。


「ロボロシェードッ!!」


 わたしの方を見ているロボロシェードにビリーが迫る。

 振るわれる触手を掻い潜って、ビリーが瞬抜刃を繰り出すも、ロボロシェードはそれをひらりと躱しつつ、彼にお尻を向けた。


 直後、カウンター気味に長くしなやかな尻尾をムチのように振るってビリーを吹き飛ばす。


「ビリーさんッ!」

「このぉ――ッ!」


 ナーディアさんの悲鳴のような声と、奮起するナージャンさんの声。

 木々が邪魔してちょっと見づらいけれど、どうやらナージャンさんがムチを振るっているようだ。


「きゃあッ!」

「姉さんッ!」


 だけど、ナーディアさんも吹き飛ばされてしまったらしい。

 悲鳴に遅れて、茂みの中へと落ちていく音が聞こえてきた。


 最悪だ――

 これは、自分が戦犯かもしれない。


 戦闘中に、余計なことを考えて思考を逸らしてしまったから……。


 いや――後悔も反省もあとだ。

 

 実弾は残り一発。

 霊力の余裕はあるけど、無駄遣いはできない。


 この少ない手札で、状況をひっくり返さないと。


「大丈夫よぉ、ナーデ。お姉ちゃん……まだ戦えるからぁ」

「オレもだ。まぁだいぶキツいけどね」


 そこへ、まだまだ諦めてない二人がすぐに戦線に復帰する。


「わたしも同じよ、みんな」


 茂みをかき分けて、わたしも再び戦線へ。


 とはいえ、満身創痍でどうしたものか――と考えていると……。


「おやおや? これはどういう状況ですかな?」


 この場においてはこのうえなく頼りになるおじさまの声が、乱入してきた。




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