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33.オーバー・ザ・ウィンド


 わたしたちが飛び降りたアルトン川は、ロデオ・ロデオ駅とキャシディ駅のちょうど中間あたりにある。


「線路沿いにキャシディ駅を目指してもいいんだけど、俺たちが向かうべき場所は領都キャシディタウンじゃない。

 距離で言うなら、キャシディよりも近い場所になる」


 ビリーのその言い回しにわたしはあまりピンと来ない。

 だけど、この辺りが地元のラタス姉妹にとっては、理解できるものがあったようだ。


「わかったわぁ! 悪名高き(みやこ)に行くのね」

「悪徳の町ペイルダウン……もしかしなくても、ゴールドスピーカー一家の?」


 ああ――『悪名高きペイルダウン』という町の名前は聞いたことがある。

 先史文明時代の名残が色濃く残った遺跡の町ながら、様々な悪党が根城にしている町っていう噂くらいだけど。


「ゴールドスピーカー一家は、キャシディ伯爵と繋がりがあり、連絡がとりやすく潜伏しやすい。この条件が揃っているのがペイルダウンだ。

 まぁカナリー王国内で、女王に目を付けられていながら無事でいられるような潜伏先となると、ペイルダウンしかない……とも言えるけど」

「騎士や本職保安官(シャリアーブ)も、捜査の為とはいえ踏み込むのをためらう町とか言われているしねぇ……」

「そういうコト」


 噂以上に、治安のよろしくなさそうな町みたい。

 ふーむ……実際、どういう町なんだろう?


 そんな疑問が顔にでてたのかもしれない。

 ナーディアさんが、わたしに説明をしてくれた。


「ある意味ではフェイダメモリアとは正反対の町ですね。

 フェイダメモリアは無法者(アウトロー)であるコトに疲れたアウトローたちの最後の受け皿。

 それに対し、ペイルダウンは無法者(アウトロー)以外の生き方ができない人たちの中でも、特に犯罪を好むあるいは犯罪以外の生き方を知らない、出来ない人たちの町です」


 王都などの大きな町にあるスラムや暗黒街のようなもの。

 それが、そのまま町の規模になったモノがペイルダウンだと思えばいい――と、ナーディアさんが教えてくれた。


 それは確かに、危なそうなところだなぁ……。


「ともあれ、ここからペイルダウンを目指すよ。

 アースレピオスも、ラタス姉妹のお金も、そこに集まってくるだろうからね」

「伯爵のところへ運ばれる可能性は?」


 わたしはビリーに訊ねる。


 何せ、ジェイズたちが降りるだろう駅はキャシディだ。

 そのままキャシディ伯爵邸に持って行けば簡単に手渡せるんじゃないかな――と思うのは当然の疑問のはず。


「無くはないけど、そこはジェイズの性格を信じる。

 彼はラクするよりも、筋を通すコトを選ぶタイプだ。あるいは貴族である伯爵に直接渡す方が面倒と見て、ゴールドスピーカー一家を利用するか……。

 どちらであれ、特に指示をされてないなら、キャシディ伯爵に直接渡すよりも、まずはゴールドスピーカー一家のところへと持って行くと、俺は思う」


 確かに彼の性格を思うと、それはありそうだ。

 わたしは一応の納得をしたので、うなずいてみせる。


「よし。全員が納得したようなら、進もう。

 ナージャン、ナーディア。どこかで野宿しやすそうなポイントがあれば教えてくれ」

「りょーかい」

「わかりました」


 偶然なんだろうけど……今、この荒野を吹き抜ける風は追い風だ。

 この風に背を押されるように、わたしたちはペイルダウンに向けて歩き出した。




「無視できる魔獣は放っておくとして、食べることのできる魔獣を優先的に倒していこう」


 ビリーの提案に、わたしたちはうなずいた。


「川に落ちたせいで食べるモノも濡れちゃったからねぇ」

「野営するにしても、食べるモノは必要ですね」

「それなら、襲われない限り、余計な魔獣にはなるべく手を出さないってコトで」


 わたしの言葉にみんな異論はなさそうだ。


「タングルウェビルであっても、こちらを襲ってくる気配がないなら無視しよう」

「そうねぇ。ペイルダウンについても、補給ができるかどうか怪しいものぉ」

「弾薬や道具、霊力(レイ)の無駄遣いを控える必要があるものね」


 そんなワケで、そういう決まり事のもとでわたしたちは進んでいく。


 道程は順調。

 魔獣に苦戦することはないし、食料になりそうな魔獣もそれなりに倒すことができた。


 野営しやすそうな場所も無事に発見できたので、見張りを交代しつつ安全に一夜を過ごした。



 翌朝も、追い風だった。

 わたしたちは今日も街道から外れた荒野を進む。


 やがて、地平線の先にデコボコした人工物っぽいものが見えてくる。


「あれって先史文明時代のビル?」

「ああ。ペイルダウンは、先史文明時代の高層ビル群遺跡を利用した町だ。

 もともとは遺跡調査や、迷宮化した遺跡探索をする人たちの多い町だったんだけど、気がつくと犯罪者たちの天国になっていたと言われてる」

「あんな背の高いビルもあったのね」

「今は危なくて、半分も上れないみたいだけどね」

「崩れる心配はないの?」

「無くはないだろうけど、それを気にして生活している人たちの方が少ないんだと思う」


 先史文明。

 高度な文明を誇り、星々が煌めく空の海にすら出航できたというご先祖様たち。

 そして、高度だからこそわたしたちのご先祖様もろともこの星を捨てて逃げることができた人たちの文明。


 うーん……恨み辛みとか別にあるワケじゃないけど、星を捨てるってどういう気持ちだったのかな、みたいなことは考えちゃうかな。


「見えているとはいえまだ距離はあるわよぉ。今日もまた、どこかで野営が必要ねぇ」

「明日には着くと思いますが……ただ、すでにこの辺りはペイルダウンの勢力圏内。

 犯罪組織同士のナワバリ争いや権力争いの絶えない地域であるというコトだけは、ビリーもシェリアさんも頭に入れておいてください」


 ナージャンさんとナーディアさんの地元コンビの言葉に、わたしとビリーはしっかりうなずく。


 そうして野営できそうな場所を見つけて一泊する。


「それじゃあ、明日はペイルダウンに殴り込みだ」

「作戦とかないの?」

「ゴールドスピーカーのアジトの場所くらいは調べたいかな」

「それって作戦って言わないんじゃ……」


 そんなやりとりをしながら、今日という日が暮れていく。


 夜――わたしは明日も追い風だといいな……なんて考えながら、眠りに落ちていくのだった。



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