表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

私はこうして異世界から帰ってきました【理論物理学者編】

作者: 紫 和春

「ここは一体……?」


 薄暗がりの中、床には発光している巨大な魔法陣があり、その中心に男性が尻もちをついていた。


「召喚、成功しました……!」


 巨大な魔法陣を取り囲んでいる魔術師たちが、ワァッと喜びの声を上げる。

 アニマス王国の国教、サラン教教主に次ぐ権力者であり、国民とサラン教を繋ぐ重要な立場にいる聖女のマイラ・エドゥ・ランスエルは、安堵していた。

 現在アニマス王国は、300年前に封印したはずの魔王が復活したことにより、魔王の脅威に晒されていたのだ。

 魔王を止める術はただ一つ。異世界より勇者を召喚し、魔王を再び封印させることのみである。


「白いマントを羽織っている姿……、まさに魔王を封印するにふさわしい……!」


 聖女の補佐兼大聖堂魔術師旅団次席のセントラルは感嘆していた。

 マイラは召喚した男性に歩み寄り、そして跪く。


「異世界の勇者様、どうか私たちに力を貸してください。その力をもって、魔王を再び永き眠りへと━━」

「異世界だと?」


 男性は立ち上がり、開口一番そのように聞く。


(いくら勇者様でも、いきなり異世界に召喚されれば混乱されるでしょう。ここは丁寧に事情を説明して……)


 マイラはそのように考え、伏せていた顔を上げる。


「勇者様、どうか心を落ち着かせてください。この状況、大いに混乱するのも無理はありません。ですが、ご安心ください。私たちが勇者様のことを精一杯ご支援いたします。必要なことがあれば、なんなりとお申し付けください」

「いや、その話をしているのではない」

「……はい?」


 思わぬ返答に、マイラは思わず聞き返してしまった。


「ここは地球とは違う場所か、と聞いているのだ」

「え、えぇ、そのとおりです」

「なるほど……。多元宇宙論は間違いではなかったということか。それはとても興味深い……」


 そういって男性は白衣を翻し、眼鏡をクイッとする。

 そして男性はマイラのことを見る。


「君、名前は?」

「マイラ・エドゥ・ランスエルです」

「俺の名前は門倉智哉(ともや)、理論物理学者だ」

「理論、ブツリ……?」


 こうして、勇者門倉は異世界に召喚された。



「それで……、勇者様はまだ部屋に籠もりっきりなのですか?」


 マイラは、大聖堂の執務室で修道女に聞く。


「えぇ……。今では大聖堂にある図書を全部持ってくるように言われて……」

「それで、その通りにしているわけね……」


 マイラは頭を抱える。勇者である門倉を召喚したあの日から、門倉は何かに没頭しているようである。


『まずは木材と大工道具を持ってきてくれ!』


 そういった門倉はそのまま丸一日かけて何かを作り、そして何かをブツブツと行っていた。

 その際には紙とペンを要求していたので、確実に何かしらの工作物を製作していたと思われる。


「もう少しすれば、勇者様の狙いも分かるはずです。私たちはその時を待つしかありません」

「はい、聖女様」


 それからさらに数日ほど経過した。

 数人ほどの魔術師を出入りさせただけで、ほぼ面会拒否のような状態になっている。


「勇者様、いつまで部屋に籠もっているつもりなのかしら……」


 日課である女神への祈りを終えて、マイラは執務室でウロウロしていた。すでに勇者を送り出すための準備はできており、後は勇者が決意を固めるのみとなっているのだ。

 だというのに、当の本人は全く部屋から出る気配がない。

 マイラは一つ、決心する。


「ここは聖女としてお話をしなければ!」


 そういってマイラは門倉のいる部屋の前までやってくる。念の為、部屋の中に対して聞き耳を立てると、ブツブツと言葉が聞こえてくるだろう。

 マイラは門倉に分かるように、強めにノックする。


「誰だ?」

「聖女のマイラです」

「なんの用だ? 俺は今忙しいんだが」

「少しお話したいのです。中に入れていただけませんか?」

「……入れ」


 入室の許可を得て、マイラは中に入る。


「……って、うわっ……!」


 部屋の中は本の山がいくつもできており、広かったはずの部屋の印象を台無しにしている。


「それで? 用事ってのは何だ?」

「あっ、コホン……。勇者様、いつまでも部屋に籠もってないで、魔王を封印しに向かっていただきたいのです」

「そんなことか?」

「そんなことって……! これは我が国における最大の懸念なんですよ!? そんな簡単に解決できるような話ではありません!」

「いや、もうした」

「えっ……?」


 マイラの困惑をよそに、門倉は読んでいた本を机に置く。


「先ほど魔術師旅団の団長が来て、魔王を討伐することに成功したと報告してきた」

「えぇ!? 一体どうやって……!?」

「この世界の科学は、俺のいた世界より遅れている。重力の存在すら知らなかったようだ。だが、俺がこの惑星の重力加速度を求めているときに重力魔法というものを思いついたようで、それを使って魔王の城ごと押しつぶしてしまったらしい。結果、魔王は討伐された」


 それを聞いたマイラは、フラフラと床にへたり込んでしまった。その表情は、放心したようにも唖然としたようにも、はたまた安心したようにも見える。


「魔王の脅威は、なくなったのですね……」

「そうだ。だが、それで全てが終わったわけではない」


 そういって門倉は再び本を開く。


「と、言いますと……?」

「この建物にある本をあらかた読ませてもらったが、異世界からこの世界に召喚する方法はあっても、その逆がないことが分かった。おそらく、そうする理由もなかったのだろう」

「あの、話の本筋が見えてこないのですが……?」

「簡単に言えば、俺は元の世界に戻らなければならない。その方法を探っている」


 それを聞いたマイラは、もはや呆れていた。


「そんなこと、私や世界一の魔術師をもってしても不可能です。我らの女神様なら可能かもしれませんが……」

「神だと? そんな曖昧で不確定な幻想なんぞに頼る必要はない。全て科学が解決してくれる」


 そういって門倉は椅子から立ち上がる。


「俺は科学の、世界そのものの探求者だ。すぐにでもこの世界から地球に帰還してみせる」


 門倉はマイラを真剣な表情で見る。その目は、果てなき好奇心で出来ていた。



 かくして、門倉による魔法の研究が始まった。


「魔法は想像力が大事です。具体的に想像をし、それを言葉にすることで、魔法は発動します」

「そんな単純な方法で魔法が使えるだと? そんなこと、少なくとも地球上ではあり得ない。だが、今こうして目の前で起きているのだから、受け入れざるを得ないな……」


 大聖堂の中庭で、門倉は魔術師から魔法について一から教わっていた。そしてそれを手元のメモ帳に記していく。

 マイラはそれを、中庭に通じる通路から見ている。


「聖女様ー!」


 そこにマイラの世話係がやってくる。


「どうかしましたか?」

「どうもこうもありませんよー! あの男、高級品であるパルプ紙とインクを大量に消費するんですよ!? しかも聖女様の予算から出費させている始末で……! もう、嫌になります!」

「お、落ち着いてください。彼も悪気があってそうしているわけではないのでしょう。だから、今は見守ることにしましょう」

「聖女様は本当に甘いんですから。いつか悪い人間に利用されるかもしれませんよ?」


 そういって世話係は、これから資金繰りをどうするか考えるのだった。

 その一方で、門倉は魔術師の言葉に逐一耳を傾け、それを紙にメモする。とにかく穴が開くまで観察し、理論を組み立てる材料にするのだ。

 そんな姿を、マイラはここ数日見てきた。


(勇者様にも故郷があるはず。かつての私のように……。なら、私ができることは……!)


 マイラは中庭に出て、門倉のそばに駆け寄る。


「勇者様!」

「なんだ? 今集中しているんだ、話しかけないでくれ」

「勇者様が故郷を思う気持ちは十分分かります。だから、私にできることがあれば、なんでもおっしゃってください!」


 その言葉に、門倉は走らせていたペンを止める。


「俺が地球に帰還する理由はただ一つ。まだ未発表の研究論文が存在するからだ。それを全て世間に公表しないと気が済まないだけだ」


 そして門倉はマイラの方へ向き直り、顔をズイッと近づける。鼻先がくっつきそうになるほどだ。


「ゆ、勇者様?」

「あと、なんでもするって言ったよな? なら、この国の最高学府へ自由に出入りできるように手配してもらおうか」

「へっ?」


 そのまま門倉は踵を返し、先ほどの続きである観察を行うのだった。


「~~~っ! もうっ!」


 マイラは顔を赤くしながら、執務室に戻るのだった。



 それから数ヶ月程経過する。門倉は聖女の権力を存分に利用した。自分の願いである地球への帰還を目指して。

 そんなある日、マイラは門倉に話をするために彼の部屋へと突入する。


「勇者様!」

「なんだ、朝からやかましいな」

「やかましいとかの話じゃないですよ! 一体何をしたんですか!?」

「何って、なんの話だ?」


 門倉は何かをメモに書き残し、それを壁に貼り付ける。そのメモを貼り付けるために、小さな魔道具を使用している。


「借り物の魔道具だが、意外と便利だな……」

「そういうところです!」


 マイラは言葉を強調するように言う。


「私の名前を使ってあらゆる場所に出入りしたり、物を借りたり、挙句の果てには人まで雇っているそうじゃないですか!?」

「そうだが? それが何か問題か?」

「問題だらけです! 私の権威が失墜しかねません!」


 その時、門倉の眉がピクリと動く。


「君……、権威主義者なのか?」

「権威主義者って……。この国は権威や権力で動いているのですよ? 当然、そうなるでしょう?」


 その言葉に、門倉は長く暗い溜息を吐く。


「俺はな、権威というものが大嫌いなんだ。自分の実力ではなく、人に媚びを売って金に物を言わせ親のコネでのし上がるような、そんなヤツが嫌いでしょうがない。親や知人に将来への道を整備させてもらっているのに、まるで自分の実力であると疑わない。そんなしょうもない人間どもに取り入れてもらおうと、本当にやりたいことを捨ててまでキャリアを積むなんて言語道断だ。俺はやりたいことをやりたいようにやる」


 門倉は権威というものを相当嫌っているようだ。イライラした表情でマイラに吐き捨てるように言う。

 それを言われたマイラは、立ち尽くしたと思うと、門倉へと歩み寄ってその手を取る。


「何を……っ」

「勇者様もそのような経験がおありなのですね……。かつての私を彷彿とさせます」

「かつて……?」

「……私は、この王国の隅っこにある小さな村の出身です。物心ついたころから身寄りはなく、村の教会で生きていました。ですが、そこの牧師様にいいように使われていたのです。私はその時から権威というものに自由を奪われていたのです。数年後、当時の聖女様によって救われた後は、修道女として生きてきました。その生活の中で、聖女というものに憧れ、是が非にでも聖女になりたいと願うようになったのです。当時は特別な力は何も持っておらず、右も左も分からない状態でした。なので努力をしました。大聖堂の関係者、魔術師旅団の団長、時には国王陛下とも謁見して、今の地位を獲得したのです」


 自分の生い立ちから聖女になるまでをつらつらと話すマイラ。その姿は、迷える子羊を導く牧者のようであった。


「権威というものは、一見すれば楽な道に見えるでしょう。しかし、その道も舗装されたものばかりではないかもしれません。世襲した彼らにも、彼らなりの悩みがあって当然です。大切なのは、お互いの悩みを理解して協力し合うことではありませんか?」

「ぐっ……。もっともらしい言葉を言うよってからに……!」


 門倉はかなり狼狽えている。


「それと、これは余計なおせっかいになるかもしれませんが……」


 そう前置きをするマイラ。


「私の権威権力を使って好き放題する勇者様は、結局権威主義者と同じ道を辿っているのではありませんか?」

「……」


 言葉を失う門倉。


「……確かに、その通りだ」


 門倉は長考の末、自分もまた権威主義者であることを認めた。


「すまなかった。自分も権威主義者の二の舞をしていたとは……」

「大丈夫です。自分の罪を受け入れることが出来たのならば、それは素晴らしいことです」


 そういってマイラは微笑み返した。



 それから門倉は、聖女の権威だけでなく勇者としての立場も利用して、アニマス王国の科学分野の成長に尽力した。今度は権威や権力を振りかざすのではなく、地道な事務作業の積み重ねの上で、だ。


「思っていたことだが……」


 ある時、門倉はこの世界に来てから抱いていた感想を述べる。


「やはり、この世界の科学レベルは低いように思える。間違った解釈があってもよい文明水準をしているはずなのだが、その痕跡すらない。いかに魔法が万能で、かつ進歩を阻むものかを示唆しているだろう」


 そういって書類をまとめる。そこには、聖女であるマイラもいる。


「だが、それは昨日までだ。今日からは科学と魔法は手を取り合い、新しい時代を築き上げるのだ」

「そうですね、勇者様!」

「では行こう。先端科学の叡智へ……!」


 そういって門倉とマイラは舞台袖から現れる。そこは巨大な講堂で、魔術師のエリートから科学のスペシャリストまで幅広い人々が招待され、着席していた。

 門倉は拡声機能を持った魔道具を持って、人々に挨拶をする。


『諸君、今日は集まってくれたことに感謝する。ご存じの通り、俺は勇者としてこの世界に召喚された。そして今は、元の世界に戻るために活動している。俺が俺の目的を達成するためには、この世界の科学技術のレベルを大幅に向上させるほかない。この中にいる数十人には、事前にある程度の科学教育を施してある。そしてこの場で、さらに科学の知見を深めてもらいたい。では講義を開始しよう』


 こうして、門倉による科学の基礎、応用、最新研究へと簡潔かつ濃密な講義が行われる。


『……ここまでは俺がいた地球の理論である。そしてここからが本題となる。つまり、これまでの理論とこの世界の(ことわり)を結びつける新しい理論だ。まだ研究途中の粗削りな理論だが、簡潔に言えばこうだ。「この世界では素粒子レベルの確率分布を人為的に操作し、その結果をマクロスケールで伝播させる現象」が魔法である。こう言えるはずだ。超弦理論で言うところの弦の振る舞いを、エネルギーの増減なしに変化させる。これは俺にしてみれば「この世界の神はよくサイコロを振るようだ」という感想を持たせるな』


 そんな長ったらしくて難しい話を延々と続ける。講堂にいる科学者や魔術師たちは頷いたり、手元のノートにメモを取っている。どうやら理解しようとしているらしい。

 それとは対照的に、マイラはニコニコと笑顔で立っているだけであった。


(どうしましょう……。話の内容が全く分かりません……。そもそも、勇者様から口を鼻むなとも言われていますし……)


 とにかく、突っ立っているほかないマイラである。

 その間にも、門倉の話は進んでいた。


『つまり、三次元の立体プラス時間という軸。この四次元が俺の認識できる空間である。そして諸君らにはさらにもう一つの軸、第五の次元軸を認知できるはずというのが、今の俺の仮説だ。この第五の次元軸を、仮にφ軸とでも名付けておこう。君たちはφ軸を感じることができるはずだ。その軸には弦にエネルギーを与えたり、あるいは奪ったりする機能が備わっていると睨んでいる。魔法というのはφ軸を経由して、弦にエネルギーを操作するということだ』


 そうしているうちに、話は門倉の帰還のほうへと流れる。


『俺が元の世界に帰還するには、召喚の儀式を行ったものと逆の操作を行う必要がある。だが、地球のある世界とこの世界が何から何まで同一であると言う保証はない。少なくとも、φ軸の存在が一番の懸念点だ。そこで、召喚の魔法陣を活用する。地球側にφ軸と同等の存在となる疑似軸を生成し、カラビ・ヤウ多様体を展開し、真空エネルギーを同期させる。これが前提条件として、量子もつれを利用し、これらの情報を異世界と地球との間で通信させる。こうすることで、召喚の魔法陣は一種のゲートのような役割を果たし、俺は無事に地球へと帰還することができると言うわけだ。問題は、これの実証実験は事実上一回しか行えないというだが……』


 こうして三日三晩に渡り、門倉と学者たちによる魔法科学講演は白熱したという。



 それから半年ほどの時間が経過する。魔術師たちの科学知見は大いに集まり、やがて魔法物理学として昇華された。

 そしてこの日、魔法物理学の完成形が誕生する。


「これが魔法物理学の叡智の結晶、異世界渡航ゲートか」


 大聖堂の横に建築された、専用の建物の壁に描かれている魔法陣。これが門のようになってこの世界と地球を繋ぐ役割を果たす。


「俺がこの世界に来ておおよそ1年。こんな短期間で地球文明に追いつき、そして追い越したのは驚愕の一言では表しきれないな」

「勇者様……」


 マイラは少し寂しい思いを抱える。


「マイラ。いい加減勇者様と呼ぶのは止めてくれ。俺は元の世界に帰るし、勇者が倒すべき魔王はすでに討伐されているじゃないか」

「いえ、それでも勇者様は勇者様です」

「……まぁいい。この先は未知の領域だ。何が起きてもおかしくはない。それこそ、真空崩壊による物理法則の瓦解で、二つの世界が消滅する可能性もある」

「……勇者様の話は、少し難しくて分からないです」


 マイラはいつも身に着けている放射十字━━アスタリスクのような形をしている━━のペンダントを握り、門倉に対して話をする。


「ですが、勇者様は常に未来を見ているようです。果てしない未来を……」

「当たり前だ。物理学を極めることは、過去、現在、未来、全てを見通せることと同義。それはすなわち、神の領域だ。人類は神の手によって誕生したのなら、神と同じステージにまで這い上がることが許されているはずだ。いや、這い上がらなければならないとも言える。俺は神と同等になりたいのだ」


 そんな話をしていると、科学魔術師の一人がやってくる。


「先生、全ての準備が整いました」

「分かった。すぐに始めてくれ」

「かしこまりました」


 こうして、異世界同士を繋ぐ実証実験が行われる。

 壁に描かれている魔法陣が赤紫に光り輝き、その円陣の中が水面のように揺らめきだす。

 数分ほど待つと、魔法陣の揺らめきは白いカーテンのような状態になる。


「おそらく地球と繋がった状態になったと考えられます」


 魔法陣のそばで制御を担当している科学魔術師がそのように言う。


「よかろう。まずはこの理論の提唱者である俺から行く」


 そういって門倉は躊躇うことなく魔法陣に突っ込んでいく。


「勇者様っ!」


 マイラは反射的に、門倉の手を掴みに行こうとした。その瞬間、門倉とマイラは白いベールをくぐる。

 眩しい光に囲まれ、目が開けられなくなる。しかし数秒もすれば、徐々に光の勢いは収まっていくだろう。

 そして門倉とマイラの目の前には、見たことある人物が立っていた。


「お前……、俺か?」


 なんと、門倉と瓜二つの人間がそこにいた。


「何? 俺が二人いるだと?」

「一体どういうことだ?」

「ゆ、勇者様……。これはどうなっているんですか?」


 二人の門倉に混乱するマイラ。

 すぐに異世界側の門倉があることに気づく。


「いや、待て……。異世界に召喚された俺は、地球にいる俺の体の原子の情報だけを抜き取って異世界で再構築した、いわばコピーの存在なのでは……?」

「なんだと? そちらの俺が、思考実験で引き合いに出されるスワンプマンという哲学的ゾンビだと言うのか?」

「あぁ、そうだ。その方が物体を丸ごと異世界に持ってくるより遥かにエネルギーが少なくて済む。なんでこのことに気が付かなかったのだ……!」


 なんだかマイラの知らない所で話が進んでいく。地球側の門倉がいた研究室の面々も、かなり驚いているようだ。


「勇者様、一体何がどうなっているのですか……?」

「その説明は後でしよう。今はそれよりも優先するべきことがある」

「優先すべきこと……?」

「あぁ。それは……」


 ここで二人の門倉の声がハモる。


「「新しい研究論文を二倍のスピードで発表することだ!」」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ