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世捨て人龍の配信生活~迷宮の底で人型龍になったけれど生活を充実させたいので配信者します~  作者: 嘉神かろ
第6章 人と悪魔の物語

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第182話 誇り高きに高みの傲りを

182

 脚に力を込め、獅子の爪を押し返す。黒炎の継続行使で些か気だるいけど、それでも私の方が膂力は上らしい。巨獅子もその不利を悟ったのか、素直に後退してくれた。


「前の小部屋に戻ってて」

「は、はい!」


 こっちも素直。困惑した気配を残したままではあるけど、太い蔓草に覆われた甲板をドタドタ鳴らしながらファウロスが遠ざかっていく。獅子は、彼を狙う気はないらしい。私のことをじっと睨みながらうなり声をあげている。


『なんか普通のライオンっぽいな でかいけど』

『見慣れたライオンだ。でかいけど』

『普通のライオンってなんぞ?』

『動物のライオンってまだいるん?』

『この間行った動物園見たヤツと同じね。めっちゃデカいけど』


 やっぱり動物のはあんなに大きくないよね。色なんかはよく知ってる獅子だけど、体高が私の倍くらいある。割と離れてるのに大きいのがハッキリ分かるくらいのサイズ感だ。


 さっき受けた感じからしても、感じる威圧感からしても、ファウロスに化けてた熊よりずっと強い。階層的な難易度で言えばあの熊くらいのが二体の方がしっくりくるんだけど、それよりコイツ一体の方が大変そうだ。

 もしかしたら百四十階層台はそれ全てが守護者階層のような扱いで、最終エリアまで看破できなかったペナルティがこの強化なのかもしれない。単に熊を先に倒した分の難易度調整って可能性もあるけど、神話的にはペナルティで強化されてるって方があってそう。


 対して私は疲労らしい疲労をしていて、かつしっかり弱体化した状態、か。さっさと死んでもらおうと思ったけど、これは、全力とまではいかずとも本気で戦う必要があるかもしれないね。


 ファウロスは、ようやく守護者の間から出られたみたい。ちょっと時間がかかったのは、広いし足場も悪いから仕方ない。


「待たせたね」


 待たせたっていうか、フェイントで牽制してたんだけども。


「それじゃあ、いくよ」


 初撃は私。数十メートルの距離を一足飛びで詰めて、槍を振り下ろす。当然当たるとは思っていない。初めは様子見だ。

 案の定軽く躱されて、反撃を許す。ネコ科のしなやかな動き、からの急加速。瞬発力を存分に活かした突進だ。くらえば骨くらいは折られそうだね。


 まぁまともにくらう訳がないけど。

 跳んで頭上へ躱し、ついでに頭頂部を切りつけてみる。


『ガキンって言わなかった今?』

『いったな。金属に当たったみたいな音』

『あの鬣そんな硬いのか・・・』


 そんなに力を込めてないとはいえ、この槍の刃を弾くのはなかなか。でもまあ、しっかり踏ん張れば切れそうだ。


「おっと」


 そういうのも有りか。着地しようとした背中から通常サイズの獅子頭が生えてきたよ。飛べなかったら片足食われてたかな。

 ふぅむ、ちゃんと厄介だね。魂力支配の陣取り合戦も一つ前のイルカよりよっぽどしっかりしてくる。周囲十メートルくらいが奪いきれない。


 まあ、十分っちゃ十分ではあるんだけど。


「魔法はどれくらい効くかな?」


 距離をとるついでに奪えなかった範囲のすぐ外側へドーム状に雷の槍を生成。そして撃ち出す。情報中和しようとしてくれるならその隙に支配域を奪うし、直撃するなら直撃するでイルカ程度なら炭の塊に変えられてしまうくらいの威力がある。厄介なのは雷速を避けられることなんだけど……、おお、ズバリだね。八割は避けられてる。あの巨体でよくやるよ。

 ん、蔓草も操れるのか。盾にされたらこの魔法じゃ通らないね。当たってる分もちょっと毛を焦がしたくらいか。


『防御かたいな』

『攻撃より防御がやばい?』

『イルカの時よりちゃんとたたかってんな』


 ホントに硬いなーって、あぶなっ!? 蔓の鞭!

 これもまともに当たったら骨と鱗くらいは砕かれそうだ。支配域を無視してこの威力を打つけてくるのは強力だね。これは、熊もいたらかなり大変だったかも。


 何にせよ、負けるなんてことはあり得ないんだけども。


 獅子の蔓草を足場にを駆け上がってくる様を見据え、槍を両手に握る。ちょっとだけ支配域を放棄。そうして作った余力を、強化魔法の情報密度向上に回す。


「ふっ!」


 空中を漂う魂力をしっかり踏みしめ、爪を迎え撃つ一閃。直後噴き出したのは、獅子の鮮血だ。爪を断ち、腕を奪い去って緑一色だった甲板へ赤を加える。

 獅子の目が見開かれ、やや遅れて甲高い悲鳴が聞こえた。再び船上に落ちた獅子は残った脚でしっかり立ってはいるものの、その瞳を憎々しげに細めている。


 今のは割と本気の一撃。本当はそのままもう一太刀いきたかったけど、ちょっと硬すぎたから止めた。

 代わりに支配域を奪い返し、その内の法則をねじ曲げる。即ち、蔓草は電気抵抗を持たないと。


 そして放電。船上を無数のスパークが照らし、蔓草へ渡る。超伝導状態となったそれは、高電圧の電撃を血に濡れた巨獅子の内へ導く。

 毛に阻まれたさっきとは違う。傷口を通した内部への雷撃だ。それを防ぐことは叶わない。獅子の内臓が焼かれ、タンパク質の変質する匂いが上まで漂ってくる。


「しぶといね」


 それでもまだ倒れてくれない。この私の本気に近しい攻撃を外と内に一度ずつ、計二度くらってなお、獅子は瞳に光を宿したまま。それも衰えた様子がない。

 流石は誇りの象徴とされることもある獣だ。ボロボロで立ち見上げてくる様にすら気高さを感じてしまう。


 誇り、プライド。龍の象徴する傲慢と同じ訳になる言葉だ。

 でもまあ、誇りと傲りじゃ、根源が違うよね。どうして傲るのかって聞かれたらさ、そりゃ、何よりも強いと思ってるからなんだ。

 それは、少なくとも私たち龍にいたっては思い込みなんかじゃない。ただの事実。


 それを教えてあげないとね。


 中空から動かないまま咆哮によって発せられた衝撃波をいなし、襲いかかってくる蔓草を全て切り捨てる。その間に、死合いを決める準備を終える。


「終わりだよ」


 チャージ時間は、僅か一秒。口内に溜めた魔力は、瞬く間に光へ変わり、獅子へ破滅を捧げる。蔓草も獅子も、全てを飲み込み、迷宮の構造物であるはずの甲板を大きく抉る。数秒にも満たない時間だけ白く照らされた船上。跡には何も残らない。いかに頑丈な毛皮や鬣を持つ彼の獅子でも、私たち龍の代名詞を受けては形を保っていられない。


 残心をといて降り立てば、それと同時に範囲外に残っていた蔓草が光の粒となって消える。あの蔓草もまた、守護者の一部であったらしい。

 すっかり見慣れた甲板となった中央には何かの苗木が一つ。昔見た覚えがある。たしか、葡萄の苗木だ。


 ふむ、あの美味しい葡萄が生るのかな。これは是非持って帰って植えなければ。ちゃんと育てられるかって懸念はあるけど、そこはまあ、後で考えれば良いか。


 それより、だ。


「さて、ファウロス。オハナシの時間だよ?」


 入り口の扉を魔法で強制開放すると、視線を彷徨わせた青年がいた。あらかじめ説教とは言っておいてたけど、やらかした自覚もちゃんとあるっぽい。


「ほれ、そんなとこに突っ立ってないで、ここにおいで?」

「あ、はい……」


 ほら、さっさと来ないと時間が勿体ないよ?

 とりあえず、正座させるか。


「なんで怒られるか、自分で分かってるみたいだね?」

「えっと、その……、すみません、気がはやってました……」


 その通り。まったくもって、その通り。


「確かに私はさ、超強いから、多少好き勝手動かれても守ってあげられるよ? でもさ、限度はあるよね?」


 特に迷宮の階層移動時なんて、転移に近しい現象で移動するんだからどうしても私の感知範囲から外れてしまう。これまではその対策のために、私だけ先に体の一部分だけ先行させるとかしてたわけで。


「ファウロス、あなたは人間としてはいい年だし、一児の父でしょう。子供ではないんだから、もう少し分別は持って欲しい」


 でないと守りきれないし、それに、いつか娘すら死なせてしまうかもしれないんだから。


「はい……」

「まあ、気持ちは分かる。でも、それはそれ。というか寧ろ……、分かるよね?」


 配信中だから濁したけど、この様子なら理解してるでしょう。神妙に頷いた彼の脳裏には、きっと、奥さんの姿があるはずだ。数年前、イリニちゃんが物心ついて間もなかった頃に失った、最愛の人の姿が。


 あの家に二人分の生活の気配しかないことが気になって、協力すると決める前に聞いた話だ。

 幸せの絶頂、という時だっただろう。最愛の女性と、最愛の娘、その二人と過ごす日々は、ある日突然、終わりを告げた。何のためにか街へ侵入していた悪魔が、彼の目の前で、奥さんの首を切り落としたらしい。


 そんな過去があるから、ファウロスはこの迷宮の精神攻撃の影響を受けやすいんだと思う。恐れているものが明確ってこともあるし。


 彼にはもう、イリニちゃんしかいないから。娘が今の自分の全てと彼自身も言っていたし。

 

 そのイリニちゃんの呪いもその時にかけられたんじゃないかってファウロスは疑ってる。それについては私も同意見だ。

 でも自分たちが見逃されたのは運が良かったって言ってたのは、違う。これだけは確実に違うって断言できてしまう。本当に、悪趣味だと思う。いや、分かっていてこんなことをしてる私が言えたことじゃないか。


「――まあ、もう分かってるみたいだからオハナシはこれくらいにしておく。今日はいったん帰ろうか」


 イリニちゃんのことも気になってるだろうし。

 

「そう、ですね。分かりました」

「あ、まだそのまま正座で。配信閉じ終わるまで立っちゃだめ」

「えっ」


 オハナシは終わりだけどお仕置きは終わりじゃないよ?

 もっと反省してもらわないと。ふ、もう脚が痺れていることは龍の感覚をもってすれば容易く察せるというものさ。だがしかーし、いやだからこそっ、もう少し頑張ってくれたまえ!


「というわけで、今回の配信はここまで! 途中画面黒い状態が続いてたのはごめんねー?」


『おつおつ。まあしゃーなし』

『あれは仕方ない』

『ファウロスさんの命の方が大事。おつハロ』


 文句言ってくる人は、さすがにいないか。


「次の配信は――」


 ファウロスも反省はしてるとはいえ、急いだ方が精神衛生上いいか。


「まあ明日の昼以降かな? あ、そだ、何か質問ある人いる?」


『質問とな』

『珍しいな。んー』

『ありすぎて絞れん』

『ていうかこれ、ファウロスさんのお仕置き時間伸ばすためだろ』


 バレてら。

 ここはどう返すかな? 勘の良いリスナー? いや、開き直るか。


「お仕置きのため? 何言ってるの。その通りだが?」


 おー、お手本のようにギョッとするじゃないか、ファウロスくん。

 はいそこ草に草を生やさなーい。太古の人間め!


 さて、残るは、六十階層くらいかな。目標は二週間以内の攻略。その間に何か動きはあるかしらねー?



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