第百五十五話 阿波へ
1565年 京 【視点:騒動惣兵衛元直】
数週間後、様々な支度を終えた俺達は、長宗我部との戦の為に阿波に向かう事となった。
柊殿もまた、信忠様の女中としてついていくため、吉千代は古出家に預けてある。
「……では半兵衛殿。後はお任せします」
”軍監衆”の中で唯一京に残る半兵衛に、頭を下げる。
「えぇ。同盟の締結はお任せ下さい。……では武運を」
その半兵衛もまた、数日後には同盟を結ぶ為に今川・北条・上杉の三勢力を集めて正式に同盟を結ぶ為に、織田のお膝元である美濃の岐阜城に信長や饗応役として付いていく与一郎殿や松永等と共に美濃に出立する。
既に各勢力には書状を送っていた。
「――全軍、進め!」
信忠様の下知に従い、大軍が阿波に向けて出立する。
順番は先手・中堅・遊撃 (つまりは俺と左近殿)・本陣の順だ。
その中で馬を歩かせる俺の隣に、左近殿が馬を並べた。
「どうでしたかい? 同盟は」
どうやら左近殿は同盟を結ぶ三家の様子が気になる様だ。
「……今川は当主氏真公の元、今では多くの家臣が親織田です。同盟の話は滞りなく進みましたな。北条も氏真公の奥方が北条の出故、その奥方の仲介もあって恙無く。問題の上杉でしたが、恐らくは義よりも利を取ったのでしょうな。反発はある筈ですが、同盟を結ぶ事を約束して下さいましたよ」
「ふむ。今川と北条は同盟を結ぶ事は予想出来ましたが……上杉も、ですかい。……これ程までに強大となった織田と敵対するのは悪手ですからねぇ。幾ら将軍家に忠誠を誓い、義を重んじる上杉とて武家。家の存続の事を考えたのでしょうが」
だろうな。
ただその場合、古河公方と敵対する事になる。
何せ北条が擁立し、古河御所にいた足利義氏を追い出し、安房国の里見家が匿っていた足利藤氏を古河御所に入れたのは上杉なのだ。
そこら辺は恐らく複雑な思いはあるだろうが、それでも家の存続を優先した事は間違いない。
「……足利幕府が終わってる以上、古河公方という立場には最早何の意味もありませぬし、敵対したとて問題はありませぬ」
公方が俺達と敵対するのなら、徳川につくというのなら、徳川ごと潰すだけだ。
「まぁそうですがね。……公方というか、里見は北条とは敵対関係にある故敵対する理由はわかりますが、徳川は何がしたいんでしょうねぇ? 今更反旗を翻して独立なんて、自殺行為でしかない」
「……さて、どうなのでしょうな」
”厭離穢土”を掲げ、史実で天下を取った徳川が何を考えて離反したのかはわからない。
三河武士達が家康こそ天下人に相応しいと陰で言っていた事は知っているが、俺が家康に実際に会って抱いたイメージは『純粋』だった。
戦国を生き抜く大名として、腹黒さを持っているのは間違いないが、家康の眼はまるで硝子の様に澄んでいた。
まるで夢を抱く子供の様な、そんな純粋な眼だった。
いや、だからこそなのだろうか。
家康は、自身の抱いた”厭離穢土”を実現する為に、例え不利であろうと動いたという事なのだろうか。
家臣達の『天下を統べるべきは家康』という言葉を、聞き入れてしまったのだろうか。
だが、それで今のタイミングで反旗を翻した事は、徳川にとっては悪手でしかない。
「……徳川は潰す。……それだけは確かです」
「やれやれ、意外と須藤殿も派手なのがお好きな様だ」
織田の天下の為には、徳川は邪魔なのだ。
それだけで、俺は徳川を潰そうとしている。
その為には、恐らく家康の頸を取らなければならないだろう。
家康の忍耐強さは有名だ。
配下の者達も、家康やその係累が生きていれば、何度でも立ち上がってくるに違いない。
あそこの家臣達の忠誠心というか狂信さは異常だ。
「……俺はただ平穏な時代を過ごしたいだけですよ」
戦なんて無い方が良い。
とっとと天下統一して隠居したいのだ。俺は。
その為に、俺は今こうして戦をしているのである。
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