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第百二十九話 本能寺の変

 1564年 京 桂川



 翌日未明、明智光秀率いる一万三千の軍勢は、京の桂川にまで到達していた。

 ここから本能寺は、市中を抜けて直ぐである。

 兵達には、「主君を誅した者達を成敗する」とだけ伝えていた。


「……秀満、馬の沓を切り捨て、足軽の草履を足半のモノへと替えさせなさい。それと、火縄を一尺五寸程に切って火をつけ、五本づつ火先を下にして掲げなさい」


 それは、戦闘準備を意味する。

 兵達はそれに従い、行動を始めた。

 やがて、整ったのを確認すると、光秀は暫し瞑目し、


「――敵は本能寺にあり! 殿の命を狙う者共を根切りにします! 先鋒隊は市中に入り、町々の境にある木戸を押し開けなさい! 潜り戸を過ぎる迄、決して幟や旗指物を付けてはなりません!」


「「「「おおおおおぉぉぉぉぉっ!!」」」」


 明智軍、京本能寺の織田信長を急襲。




 同日 京 本能寺



 信長は、周囲がやけに騒がしい事で眼を覚ました。


「……なんだ? 小姓共が喧嘩でもしてやがるのか?」


 だが、その喧騒は寺の外から聞こえてくる。

 そして――


「「「「おおおおおぉぉぉぉぉっ!!」」」」


 聞こえてくる鬨の声と、


 ドドドドドド!!


 信長にとっても既に慣れ親しんだ鉄砲の音。


「――まさか謀反か!? 誰ぞあるか!?」


 信長の叫ぶ声に反応して駆けてきたのは森可成の息子、信長の小姓である森可成の息子、森成利であった。


「殿! 謀反に御座います! 旗印から明智が者と見え申しまする!! 既に全方位囲まれておりまする!!」


「明智……光秀の奴が謀反だと!?」


 まさかの人物に、信長は動揺する。

 何故、あれ程重用され、巷では”織田四天王”の一人とも呼ばれている実直で真面目なあの男が、何故……?

 そう考えるが、答えは出ない。


「殿、お逃げ下され! 殿お一人ならば逃げられましょう!」


「……いや……どうだろうな。……光秀の性格や能力からして、俺が逃げられる様なザルな陣は敷いてねぇハズだ」


 今更、信長は須藤の忠告を思い出す。

 あれは、こうなる事を予想したか、知っていて、自分に諫言してきたのだ。

 それを跳ね除けたのは信長自身だった。

 それを後悔しても遅い。

 ドォンという一際大きな音が轟き、それと共に歓声が聞こえる。

 城門が突破されたらしい。


「成利、弓を持て」


 信長は成利に弓を持ってこさせた。

 そして成利を連れ、信長は明智軍に向けて弓を放つ。

 だが、幾度か撃てば弓の弦が切れてしまい、使い物にならない。

 弓を諦めた信長は、敵兵から槍を奪うと、今度は槍で戦い始めた。

 しかし、多勢に無勢。


「――くっ!!」


 足軽の突き出した槍が、信長の右肘に当たり、肌を裂き、血を流す。

 その穂先には、確実に殺す為の毒だろう液体が塗ってあった。

 信長は大きく態勢を崩し、倒れ込む。


「――殿!」


 成利が駆け寄ろうとするが、近くの足軽達がそれを阻止し、近付く事が出来なかった。


「――覚悟!!」


「――っ!」


 足軽が信長に槍を突き出そうとし、信長は思わず刺された腕で身体を守ろうとし、


「――がっ!?」


 信長に突き刺さる筈の槍は、何時まで経っても信長に痛みを齎さなかった。

 足軽は、眉間に苦無を生やして絶命していた。


「……殿」


 いつの間にか、信長の背後にはの十人前後の忍がいた。

 工作や暗殺等、実技に長ける伊賀忍や、甲賀忍・三つ者達の混成部隊である。

 忍達は得物を構えて信長を取り囲み、肉の壁を作る。

 そしてその中から一人の忍が駆け下り、右肘の槍傷に口を当て、体内の毒を啜り取り、吐き出す。

 その所作を見ながら、呆然と信長が訊ねる。


「……お前達、何故……ここに?」


 たかが一ヵ所の槍傷であるのに、徐々に意識が朦朧としてくる。

 しかし、忍から返って来た答えは、信長にとって気力を取り戻すものだった。


「須藤様より、殿に命の危機あらばお守りせよと。……遅参した事忝く。敵が多く、突破するのに時を有しました。……これより御身をお守り致しまする」


「あ……あぁ」


 忍達は信長を守る様に取り囲むと、本能寺に火を付けた。

 火によって敵を足止めしている隙に、忍達は迷う事無く進んで行く。


「……脱出する術はあるのか?」


 信長の問いに、移動しながらも器用に信長の右肘の簡易的な処置をしていた忍が頷く。


「はい。古出屋敷及び細川殿の取次により幾つかの公家の屋敷に待機させていた雑賀衆や根来衆、他の忍達が本能寺西方に結集し、道を切り開いております」


 先程から響いてくる銃声は、明智軍だけのものでは無かったのだ。

 須藤は”本能寺の変”を事前に潰せないと考えるや否や、京の町に伊賀・甲賀・三つ者達を配備し、公家に人脈を持つ細川藤孝を仲介して警護役と称して雑賀衆や根来衆を公家の家に潜ませていたのだ。

 それを聞いて安心した信長は、毒の影響からか眠る様にして意識を手放す。


『――不忠の輩共よ! これより先はこの森利成が通さぬ!! ”槍の三左”が息子として、殿の小姓として、子の命に代えても、ここは通さぬぞ!!』


 遠くから微かに成利の大音声が聞こえた。







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