持ち出されるエアの剣
ゼークは夜風を当たりに、1人外に出ていた。
酒場ではしゃぎ過ぎたのか……………飲んでもないのに、少し火照った体に少し寒いくらいの風が丁度いい。
「うーん。みんな、連戦で疲れてるみたいだけと、私は随分と休ませて貰っちゃったからなぁ……………また、頑張らないと」
少し伸びをしてから首をクルッと廻し、フウッと息を吐く。
「さ・て・と、そろそろ戻ろうかなぁ。明日から、剣の訓練も再開しなきゃねー」
ゼークが自分の寝処に戻ろうと歩き始めると、フードを被った1人の男が目の前を横切った。
急いでいるのか、男はゼークに全く気付いておらず、足早に立ち去ろうとする。
(わっとっと。ビックリして、声出そうになっちゃった……………って、あれエアの剣じゃない?なんで彼が持ってるの?航太にしか持てない筈なのに………)
フードを被った男の右手……………確かに、航太のエアの剣が握られている。
「ちょっとーって、わぁ!!」
その男に声を掛けようとしたゼークの肩に突然人の手が触れて、今度は我慢できなくて声を上げてしまう。
ゼークは振り向くと、口に人差し指を当てたネイアが立っていた。
「ネイアさん!!丁度よかった。今、エアの剣を持った……………」
ゼークはそこまで言うと、ネイアの手によって口を塞がれる。
「ゼーク………………今見た事は忘れて……………」
目を大きく開き、その綺麗な瞳を真ん丸くしながら、頭の上に「?」マークを出しているゼークに、それでもネイアの顔は真剣そのものだった。
「今日、これから起こる事…………それは奇跡となって、明日はきっと、とんでもない騒ぎになるわ……………でも、それは全て航太がやった事にして欲しいの……………今、ゼークが見た人は、航太って事にして!!」
「って、ネイアさん。言っている意味が、サッパリと分からないんですけどー」
ネイアの懇願に、ようやく口を塞いでいた手から解放されたゼークの口から声が出る。
「今………………何故かは分からないけど、レンヴァル村がヨトゥン軍の攻撃を受けてるみたいなの……………彼は、その鎮圧に向かったんだわ…………」
「ん?レンヴァル村って、ヨトゥン領ですよね?何故、ヨトゥンが自分の領土を攻撃??指揮官が頭を強打して、パニック中とか?」
ゼークの冗談が混じった言葉に、少し笑ったネイアだが、目が笑っていない。
「ちょっと、ネイアさん、本当にどうしたの?何か変だよ」
「そう……………ね。とにかく、彼の存在が……………強さが、私達の部隊の人にも、ヨトゥン軍にも気付かれては駄目なの!!お願い、ゼーク。とにかく今は、私の指示に従って……………」
いつもは毅然として理路整然と話すネイアから、意味不明な言葉が連発して出て来て、ゼークは混乱していた。
「とりあえず、今やらなきゃいけないのは、レンヴァル村のヨトゥン軍を排除する事じゃないですか?ヨトゥン領とはいえ、人間の村を攻撃してるんなら、黙っていれません!!」
ゼークは、酒場でランカストの英雄談を話していた時に、自分達のテーブルに来て一緒に盛り上がってくれた人達を思い出す。
「ゼーク……………信じられないとは思うけど、彼に任せておけば大丈夫なの…………お願い、明日は私とアル……………将軍の話に合わせて…………」
(アルパスター将軍まで絡んでるの??だいたい、航太や絵美よりも劣る彼が1人で行っても、やられるだけじゃない!!レンヴァル村の人達を見捨てるの?)
ゼークは、すぐにでもレンヴァル村に向かい、1人でも多くの人を助けたいと願った。
しかし、今のネイアの考えと総指揮官であるアルパスターの考えが一致しているのであれば、勝手に出撃したら罪に問われる。
「ゼーク、今は私達を信じて…………レンヴァル村は、絶対に大丈夫………」
ネイアは、何を行っても懇願しかして来ない。
(レンヴァル村に、助けを出す気は無いって事だよね。彼が航太にしか持てないエアの剣を持ってたのも気になるし……………もう、訳分かんないよ!!)
ゼークは夜空を見上げて、叫びたくなる衝動を必死に抑えた。
これから始まる【レンヴァル村の戦い】は、航太の知らない所で、しかし航太の剣を持つ男によって幕を開けようとしていた…………




