凰の目の代償
「そんな……………強すぎる…………」
ネイアは、その戦いを見て愕然とした。
アルパスターは、最強の騎士団と謳われるフィアナ騎士の中でも、5本の指には入る猛者だ。
数々の戦場でアルパスターと共にしているネイアは、彼が負けている記憶は無い。
苦戦する事は、確かにある。
しかし、剣先を喉元に突きつけられ、膝を付いているアルパスターなど、見たことは無かった。
「やはり私では、まだ足元にも及ばないな…………ブリューナクを完璧に扱えてもいないしな…………」
自分の喉元にあった剣先が引かれるのを確認すると、アルパスターは立ち上がりネイアを見る。
「どうだ?これが彼の実力だ。凰の目の特性上、全力で戦った訳でもないが……………結果は、私の完敗だな」
「アルが何も出来なかった……………これだけの強さがあれば、バロールを倒せるんじゃ…………?」
呟くように言うネイアの声は、震えている。
あまりに、圧倒的な強さ…………強いと言っても、アルパスターに肉薄する程度だと思っていたネイアは、互角ですらない異次元の強さに、頭の中が真っ白になっていた。
「驚くのも無理はないか……………だが、これが事実だ。彼には、力を隠すように振る舞ってもらっている。この強さがヨトゥン陣営に知れたら、彼がバロールと闘う機会は失われるだろう」
「だったら、行軍スピードを増して、早くバロールを倒してもらいましょう!!魔眼で苦しむ人々を、解放してあげないと!!」
気が動転しているのか………………今度は語気を荒げたネイアは、バロールを倒せるという気持ちだけが先行している。
「ネイア、君らしくないぞ。動転するのは分かるが、凰の目の伝説…………知ってるだろ?」
凰の目の伝説…………邪龍ファブニールの生き血を飲んだ者は、瞳が赤くなり、神器の力を最大限に使いこなせるようになる。
反面、その力を使い過ぎると、邪龍ファブニールの怨念により心を食べられると……………
「まさか……………その伝説は、本当なんですか……………?」
「ああ………………その為に時間を見つけては、こうして修業している。心を喰われる事なく、バロールと闘う為に!!」
アルパスターの言葉に、自分が先程いかに不謹慎な事を言ったか、ネイアは思い知った。
バロールの魔眼は、見ただけで人を殺す事が出来る。
その為、戦闘中は凰の目を発動させて闘うしかない。
援軍が期待できない闘いの中、心を削られながら…………自分の心を強くして闘うしかないのだ。
「でも、アルをも簡単に倒しちゃう程の強さ…………バロールだって一瞬で倒せないのかな?」
ネイアの考えに、アルパスターは首を横に振った。
「今の彼の力で、良くて互角……………或は、負ける可能性の方が高い。今の彼と同じ、凰の目を持っていたアスナ、トライデントを持ち水の力を使いこなしたミルティ、そして、ブリューナクを完全に使いこなしていた我が祖父ランティスト…………最強の7国の騎士が束になって戦ってでも、4つある魔眼のうち2つを潰すのが精一杯だった…………バロールとは……………神級と戦うとは、そういう事なんだ」
バロールの強さは、理解していたつもりだった……………それでも、アルパスターやランカストがいれば、何とかしてくれるとネイアは思っていた。
それが………………アルパスターを簡単に倒す程の力であっても、負ける??
あまりに……………あまりに、無謀な戦いを挑んでいるのではないか……………現実を見たネイアは、足の震えが止まらない。
「だから彼は、毎日こうして修業してくれている。ホワイト・ティアラの隊員として仕事をして、夜はこうして…………だから、君には彼のサポートを頼みたいんだ」
「そうね……………誰にも知られてはいけない孤独な戦い…………私達が、全力でサポートしなきゃ……………ね」
ネイアは頷くと、星の輝き始めた空を見上げた。
(彼は、これからも弱い自分を演じ続けるのだろうか…………でも、兵を治療し、優しい笑顔を見せてる時の方が、本物に見える。そうだとしたら………………辛いね……………)
静かな夜が始まる…………と思った矢先、馬が走って来る音が聞こえる。
「アルパスター将軍!!どちらにいらっしゃいますか!!」
「ここにいるぞ!!」
早馬からの声に、アルパスターも大声で応えた。
「将軍、智美殿がロキの捕虜になっていたそうです。引き渡しについて、ガヌロン殿が相談があると…………一度幕舎にお戻り下さい!!」
「分かった。ネイア達も、自分の仕事に戻ってくれ。時間をとらせて悪かったな」
早馬の兵にすら彼の事を気付かれなくないのか、アルパスターはそう言うと、何事も無かったかのように馬に跨がる。
「将軍!!僕も話を聞きに行っては、駄目でしょうか……………?」
彼の言葉に、アルパスターは頷く。
「心配だろうからな。一緒に来い!!では、行くぞ!!」
アルパスターは、自らの陣営に向けて、馬を走らせ始めた………




