慰霊碑に飾られる花
「すまないが、慰霊碑に寄って行ってもいいか?」
ランカストは、酒場に向かう途中にあった少し大きめの広場に入っていく。
「マジか~もう腹ペコペコなんだけどなぁ~」
航太は腹を摩り、そして愚痴りながらもランカストの後を追って広場に入る。
「そうか…………ここ、レンヴァル村の近くでしたね…………この慰霊碑は【ヨトムンダス】に殺された人達の…………」
ゼークの問いにランカストは静かに頷き、慰霊碑を見上げた。
巨大な一枚岩の表明を削り、モノリスのように聳え立つ慰霊碑には、名前のような文字が大量に刻み込まれている。
「慰霊碑かぁ……………この辺りも戦場になった…………って事だよね…………」
絵美の言葉に再び静かに頷くと、ランカストは手を合わせて目を閉じた。
ゼークもそれに倣った為に、航太と絵美も同じように手を合わせる。
長い沈黙の後、ランカストはもう一度慰霊碑を見上げて、そして一礼した。
「ところで、誰に会いに来たんですか?ご家族かご友人とか…………?」
ランカストの悲しげな顔に、絵美は気を遣ってか、普段の煩い声を絞って聞いた。
「ランカスト将軍は、このレンヴァル村を救った英雄なのよ。村は救えたけど多くの人が犠牲になった…………だから将軍は慰霊碑に寄ったんですよね?」
銀色の綺麗で長い髪を夕日で赤く染めながら、ゼークはランカストを見る。
「そんな凄い人間じゃないよ……………オレは1番護りたかった人を、この戦いで失ったんだからな……………」
その当時の事を思い出したのか、うっすらとランカストの瞳が潤む。
「ねぇ私達以外にも、最近この慰霊碑に来た人がいるんだね。ほら、綺麗な花が飾られてる」
少し場が湿っぽくなったのが嫌だったのか、絵美が枯れた花の間に綺麗な花を見つけて話題を変える。
「ホントだー。凄く綺麗なお花…………誰か、大切な人が亡くなったのかな?」
「って、少し言わせてくれ!!オレは腹が減ったし、酒が飲みたい!!今すぐに!!以上!!」
ゼークの台詞に、まだトークが長くなりそうなのを察した航太が、とりあえず自分の気持ちをぶつける。
「そうだな、スマン。ただ、近くに来たから、慰霊碑に手を合わせたかっただけなんだよ。後の話は酒場でしよう!!」
航太の肩を豪快に叩きながら、ランカストは大いに笑った。
夕刻時の酒場は、神話の世界も現代の世界と同じで活気に満ちている。
ヨトゥン領といっても、国民の生活は大きく変わりはなさそうだ。
「ランカスト!!久しぶりだな!!席はとってあるぜ!!」
陽気そうな店の主人が、ランカスト達を奥の個室に案内してくれた。
やはりヨトゥン領で、ベルヘイム軍の者が堂々と酒を飲む訳にはいかないらしい。
ゼークは飲めない為フルーツジュースを頼み、ランカストと航太は葡萄酒を頼んだ。
絵美は葡萄酒を一口飲んだが口に合わなかったのか、サワーだカクテルだと大騒ぎして、店員をパニックに追い込んでいる。
そしてガーゴは………………
「飲み食いしないと死んでしまうでしゅ~~」
と大騒ぎして、店に混乱をもたらしていた為、絵美が持っていたテープで航太がクチバシを巻くと、しばらくモガモガして静かになった。
静かになったガーゴをゼークが抱き、絵美はゼークと同じフルーツジュースで落ち着くと、飲み会が始まった。
「にしても、ガヌロンってオヤジ、ムカつくよね!!」
開口一番、サワーもカクテルも無くてイラだっている絵美が、その勢いそのままにランカストに言った。
「ははっ!!皆には庇ってもらって感謝しているよ。でも、ガヌロンの言ってる事も間違ってはないんだ」
怒り顔の絵美に微笑みながら、優しい口調でランカストが答える。
「いや、あの状況じゃ仕方ないだろ!!オレらが助かったのだって、偶然みたいなモノだし!!」
上空から迫ってくる巨大な炎の塊を思い出し、航太も興奮気味で言う。
「まぁ……………ね。だが、指揮官が軍を離れたのはマズかったし、将というのは大切な兵の命を預かっているんだ。1部隊を全滅させるという事は、それだけで重罪なんだ」
ランカストの答えに、ゼークの表情も引き締まる。
「そうなんだよね……………私、自分でイッパイ、イッパイになっちゃって、全体の事考えられなくなっちゃう時あるけど、自分の指揮で人の命が左右されちゃうんだもんね…………」
「なんだなんだ~、折角の飲み会なのに、暗いぞ~。ていっ!!」
治りつつある自分の身体を見るなり暗くなるゼークの表情を見て、絵美がゼークに抱きつきながら、肉団子を口の中に放り込んだ。
「にゃふ!!」
ゼークが猫のような驚きの声を出し、他の3人は思わず噴き出してしまった。
「絵美!!ひど~~い!!」
顔を赤くしたゼークが、絵美の頭を軽く叩く。
「だが、ゼークの言う通りだ。オレ達が生きているように、仲間がいるように、兵達にも人生がある。その人生を奪って仕方ないでは済まない。だから最善を尽くすし、責任を持たなきゃいけないんだ………………なっ!!」
「うをっ!!」
ランカストは最後の「なっ!!」で航太の背中を叩き、今度は航太が葡萄酒を噴き出しながら声を上げた。
「うへぇ~。きったな~」
吹き出された葡萄酒からゼークを守るように抱き着いた絵美は、雑巾を見るような目で航太を睨む。
「絵美クン…………今のは不可抗力ってヤツだぞ……………って、何するんスか!!」
航太は口元に付いた葡萄酒を拭きながら、笑ってランカストを見た。
「航太も、そろそろ兵を率いる立場になっていい頃だろ。心構えを教えてやったんだよ!!」
ランカストの言葉に、航太は目を白黒させながら手を振って「ないない」と答える。
しかし、Myth Knightとして、いづれ兵を率いる立場になるかもしれないと、この時航太は漠然と感じていた…………




