宿命の戦い9
「でもさぁ……私達が、皇の目を使えたとしてだよ? あの戦闘をサポート出来るのかなぁ……それこそ、覚醒レベルの力を使えたら助けになりそうだけど……」
「確かに……私達にとっては命懸けのパワーアップでも、あのレベルの戦いのサポートとなると、普通の状態から皇の目が使えるぐらいの差なんて、無いようなモノかも……」
絵美と智美が、跪いている航太を見て不安な表情を浮かべる。
「いや……そうでもねぇ……おそらく、ロキの野郎がオーディンの姿でグングニールを使ってたのには意味がある。オーディンの姿でベルヘイム騎士達を逃がさないようにする事も理由の1つだろうが、奴はグングニールのような広範囲を攻撃出来る神器を使わねぇと、大量に人を殺せない。つまり、ロキの姿が晒された今、グングニールを奪えれば人質の意味が無くなる」
「そうだ。お前達は、ロキからグングニールを奪う。俺達は、ビューレイストと大蛇を退ける。そのまま退却出来れば、我々の勝ちだ。ロキは倒せなくても、グングニールを奴の手から奪えばいい。それだけなら、多少のパワーアップでも何とかなる筈だ!」
航太とオルフェは、同じ事を考えていた。
ロキの力は、何者にもなれる……その力は脅威だが、人質に危害が加えられなければ、一真が戦い続ける必要は無くなる。
「ん……確かに、あの槍をロキから奪うだけなら何とかなりそうだねー! 寧ろ、蛇さんの相手の方がキツイかも」
絵美の言葉に頷いた智美は、ロキの姿を見て少し安堵した。
一真も助けたかったが、ロキの事も傷つけたくないという思いが智美にはある。
口には出せなかったが、武器を奪うだけなら躊躇わずに行ける。
「フレイヤ様、航太達を頼みます。私は、ビューレイストとヨルムンガンドを……」
頷いたフレイヤを確認し、オルフェは再びヨルムンガンドに向けて走り出した。
「航太様……フレイヤ様……私の龍皇覚醒で、ベルヘイム騎士達の退路を作ります。皆様は、一真様の事をお願いします」
走って行くオルフェの背中と、少し離れた位置で祈る様に一真の戦いを目で追うティアの姿を交互に見ながら、テューネは覚悟する。
自分の身体の一部を失う覚悟を……
「おい……テューネは無理するな! 俺達で何とかする……少し休んでろ!」
「そうだよ! テューネちゃんは、さっき毒で苦しんだばかりなんだから、少し休んで……」
航太と絵美の優しい言葉を振り切るように首を横に振ると、テューネはフレイヤに向かって口を開く。
「フレイヤ様……先程のような醜態は晒しません。私とデュランダルで、退路を作ります。ロキのグングニールを奪っても、あの大蛇が見逃してくれるとは思えません!」
「そうね……でも、あなたが本物のノアの末裔なら、コントロールしてみせなさい! 意思を強く持つのです……諦める事と覚悟は違うのですよ」
フレイヤの言葉に、テューネはデュランダルの柄を強く握る。
まるで心を見透かされたようなフレイヤの言葉に、少し動揺してしまう。
「大丈夫です……私は、本当に多くの恩人や仲間からデュランダルを託されました。だから、まだ倒れる訳にはいかないんです!」
そう言いながら、テューネは智美と絵美を視界に捉える。
そう……まだ倒れられない。
でも、デュランダルを託せる仲間がいるのならば……
決意の篭った表情のテューネを見て、フレイヤも覚悟を決める。
「分かった……ミュルグレスの能力は、本来1人にしか効果は無い……けど、龍皇覚醒でミュルグレスの限界値を引き上げる。皆、ミュルグレスに心を預けてくれ!」
フレイヤの瞳が青く輝き、水の翼が背中から生まれていく。
そして、ミュルグレスを4人に向けて振った。
「ぐっ、おおおおっ!」
「ん……」
航太と智美……それに絵美は、暴れ回る内なる力を制御する事が精一杯で、それぞれ膝を地面に付いてしまう。
が……テューネは先程まで苦しんだ龍皇の力に耐え、水の翼を従えてデュランダルを構えた。
左腕の指先から、その存在自体が消えていくような感覚の恐怖に苛まれながら、それでもテューネは気丈な表情を見せる。
「航太様、智美様、絵美様、心を強く持って……怖いけど、それも自分の力の一部なのですから……受け入れてあげて下さい!」
テューネはそう言うと、力強くデュランダルを振った……
「オルフェ将軍、航太達は?」
「大丈夫、彼らならやってくれるさ。それより、コッチも厳しい戦いになるぞ! ゼーク、気を引き締めて行くぞ!」
ヨルムンガンドと対峙するゼークの傍らまで辿り着いたオルフェは、オートクレールを構えて気持ちを入れ直す。
「色々な事があったが、この遠征軍はバロールを倒しヴァナディース姫を救出した事で目標を達成した。後は、全員無事に帰るだけ……指揮官として、1人でも多くの人をベルヘイムまで帰還させるぞ!」
アルパスターの叫びに、ゼークとオルフェも力強く頷く。
「おいおい、やる気だな……コッチは、戦う気は無いと言っているんだが……お前も、ロキ様の命令があるまでは待機だ。不用意に動くなよ」
ベルヘイム騎士達の動きを見ながら、ビューレイストはヨルムンガンドの腹を叩きながら呟いた。
「で……私達は、どうすればいいのかな? 向こうは戦闘の意欲が無さそうだけど……」
「ロキが窮地に陥り、人質が逃げれるようになれば、否が応でも襲いかかって来る。その時に、我々がビューレイストの足止めをする!」
オルフェの言葉が終わると同時に、ゼーク達3人の立つ後方の大地が隆起しながら近付いて来た。
アルパスター、オルフェ、ゼーク……そして、ビューレイストとヨルムンガンド……
4人と1匹は、隆起した大地の上に乗っていた。
「これ……何が起きてるの?」
「皇の目……いや、龍皇覚醒を使ったデュランダルの力かっ! テューネの身体は心配だが、このトンネルを使えば、皆を脱出させる事が出来る!」
振り返ったゼークの視線の先には、水の翼を生やしデュランダルを構えるテューネの姿が見える。
「無茶をして……戦いの後に、テューネの身体に異変があったら……許さないわよ!」
ゼークは自らの剣をビューレイストに向け、走り出す。
「オルフェは、全軍をトンネルから脱出させる指揮をとってくれ! ここは、オレとゼークで何とかする!」
「馬鹿を言うな! こちらが対策を練った事で、敵も動く筈だ! ビューレイストと大蛇相手に、2人では危険過ぎる!」
叫んだオルフェの方を見ようとはせず、アルパスターは少し離れた丘の方を見ながら口を開いた。
「あの丘まで逃げれれば、何とかなるだろう。そこまで逃げきってくれ。化け物退治は、ベルヘイム騎士よりフィアナ騎士の方が得意だ。それと……久しぶりに、俺達2人が戦っている姿をゼークの奴に見せてやらないとな……」
少し笑ったアルパスターの視線の先の丘の上から、閃光の如く剣が伸びて来る。
その剣はゼークがビューレイストに到達する前に、ヨルムンガンドの頭を串刺しにしてトンネルの側面の大地に突き落とした。
そして、立ち上った砂埃の中から、金色の鎧が見え隠れしていた……




