最後の抵抗
「航太、大変ニャ! バルデルスを助けに行ってほしいニャ!」
…………
一真とバロールが戦っている部屋から出て来た猫……のヌイグルミを不審者を見るような目で航太は見た。
「……まぁ、アヒルの化け物がいるぐらいだからな……猫の化け物がいても、不思議じゃねーが……」
「うーん……誰の魂の情報が入ってるんだろーね? 少なくとも、ガーゴより頭悪そう。 だいたい、バルデルスって誰よ?」
航太と絵美は、アクアの必死な形相を見ても不信感を抱いている。
ヨトゥンの……バロールの居城で、喋る猫のヌイグルミが知らない人を助けてと懇願してきても、信じれる訳もない。
そもそも数は減ってきているとは言え、ヨトゥン兵達は扉を目指して襲いかかって来る。
猫の戯言に付き合っている余裕も、あまりない。
「ねぇ……この猫ちゃん、一真の部屋にあった猫のヌイグルミに似てない? カズちゃんの魂の情報が入った猫ちゃんかもよ?」
ヨトゥン兵を水の刃で斬り裂きながら、智美はアクアの姿を思い出していた。
「流石は智美ニャ! さぁ、早くバルデルスを助けに行ってくれニャ!」
「……いやー、智美さんさぁ……あんな猫のヌイグルミ、どこにでも売ってるだろ。それより、コッチの敵に集中しねーと……」
エアの剣を構え対峙するヨトゥン兵相手に睨みを効かせる航太に、アクアは飛び掛かる。
そして、頭や顔を這いずり回る。
「うをっ! 何だ? やっぱり、ヨトゥンの手先か! バルデルスって奴の前に、まずは貴様を始末してやんぜっ!」
アクアの尻尾を掴まえようと必死にもがく航太を見て、智美は呆れて溜息をついた。
「その猫ちゃん、絶対に一真の部屋にあった猫のヌイグルミだよ。コッチの世界のヌイグルミは全部手作りだから、そんなに精巧に作られてない……つまり、私達の世界から来たヌイグルミって事だよ」
「ほえー、智ちん名推理だねー。さっすがぁ!」
双子の姉妹が話をしている間も、航太の顔を這いずり回るアクア……
「なる程……そうだな……確かに、コッチのヌイグルミとは出来が違うか……だが、やってる事はアヒル野郎と同レベルだぜっ!」
上手く尻尾を絡めとった航太は、振り回した後に壁に向かってアクアを投げつけた。
が……
何事も無かったようにアクアは壁に張り付くと、そのまま航太に襲い
かかろうとしていたヨトゥン兵の顔にダイブする。
「航太、油断するニャ!」
「おお……サンキュー、化け猫! 食らえっ!」
アクアに目隠しされたヨトゥン兵は、鎌鼬によって胴体を分断された。
「で……猫ちゃんのお名前は? バルデルスって、カズちゃんの事かな?」
「私は、アクアにゃ! 一真は光の神バルドルの生まれ変わりで、コッチの世界ではバルデルスって名前ニャのよ」
アクアの言葉を聞いて、その場の全員が思い出す。
一真が、神の生まれ変わりだと……
「で……バルデルスを助けてって事は、一真がピンチって事かっ! 化け猫! 肝心な事は先に言いやがれっ!」
「はいはい、ごめんニャ。バルデルスがバロールの魔眼を最後の1つまで追い詰めたんニャけど、ルナが掴まっちゃって手が出せない状況ニャ」
アクアの言葉を聞き終わる前に、航太は扉に手をかけていた。
「航ちゃん、ここは私が引き受けるわっ! みーちゃんと一緒に一真を助けに行って!」
智美の言葉に、航太は動きを止める。
扉の前は、まだヨトゥン兵がいる……かなり数は減らした……それでも、ざっと数えただけでも100以上はいそうだ。
「引き受けるって……この数を1人じゃ無理だ……智美だけを置いていける訳ねーだろっ! 絵美も置いてく!」
「何言ってるの? その扉は守らないといけないけど、魔眼と戦うには水の力も必要でしょ?」
智美の声を聞いても、航太の足は前に出ない。
智美は戦闘向きじゃない……性格も神剣の特性的にも……
「航ちゃん、行くよ! ここは智ちんに任せよう! 頼りになる援軍も来たしね!」
絵美の声に、航太は反射的にヨトゥン兵の最後尾に目を向ける。
そこには、銀色の髪と水色の髪の女騎士が指揮する部隊が、ヨトゥン兵の背後に食いついていた。
「なんてタイミングだ……オレが主人公の筈なのに……」
「何ブツブツ言ってんの! ほら、早く行くよ! 智ちゃん、ヨロピクね!」
絵美は航太を小部屋に押し込むと、智美にウィンクする。
「さて……ゼーク達も来てくれたし、私も死なない程度に頑張らないとね……それにしても、アクアかぁ……航ちゃんの扱い、上手かったなぁ……」
智美は2振りの剣を持ち直すと、ヨトゥン兵の前に立ち塞がった……
航太は小部屋から、一真の戦っている部屋の扉を静かに開けた。
そして航太の目に飛び込んで来たのは、バロールの顔面に拳を食い込ませる一真の姿……
「おい……一真がバロールを倒しちまってんだけど……オレ達は何しに来たんだ?」
「んー、おかしいニャア……」
航太の視線を逸らしながら、アクアは部屋に入ろうとする。
「ちょっと待って……バロールから、青い光が……」
絵美の視線の先……倒れたガイエンの元へ走る一真に向かって、バロールの顔から青い光が飛んで行く。
そして、一真の身体に触れて消える。
「今の……何だったんだろう?」
「何だか知らねぇが、バロールから飛んで来たんだ! 身体に良い訳がねぇ!」
一真に向けて走り出そうとした航太の足元で、アクアがその動きを邪魔した。
「おい! 今の、一真に教えてやらねーと!」
「分かってるニャ! でも、少しだけ……ガイエンにお別れを言う時間だけ……」
アクアは気付いていた……ガイエンが命懸けで、ルナとバルデルスを救ったという事に……




