神4
「ん……ビューレイストか?」
「ロキ様、申し訳ございません! 起こしてしまいましたか?」
椅子に座って目を閉じていたら、いつの間にか眠っていたようだ……
ロキは夢で見た過去の出来事を振り払うように頭を振ると、跪いているビューレイストを見た。
「いや、少し疲れていたようだ……まさか寝てしまうとはな……起こしてもらって、寧ろ良かったよ。それで、何の用だ?」
「はい……グングニール、完成したそうです。イーヴァルディが、確認して欲しいとの事で……」
ロキは頷くと、重い腰を上げてビューレイストの肩に手を置く。
「用事を言いに来ただけで頭を下げてたら、大変だろ? そんなに畏まらなくていい。グングニールか……どの程度の出来だかな……」
ロキは呟くと、イーヴァルディのいる部屋に向かって足を出した。
ロキが不死身にこだわった理由……それが神器の精製である。
命を犠牲にしないと、神器は造れない。
しかし、不死身の身体で行ったらどうだ?
不死身とはいえ、死ぬ程の衝撃を身体に与えれば、一度は命が弾ける。
弾けた命の結晶は、神器を精製した。
そしてロキは、何者にも変身出来る。
最強クラスの神器ですら、様々な変身による命の結晶での配合で精製してしまう。
不死身の身体、変身能力、神器の精製、精製された神器の使用……
そう、神器は使用者を選ぶ。
グングニールと同じ神器なら、結局はオーディンにしか使えない。
だがロキは、その者に変身出来てしまう。
つまり、変身出来る者の神器ならば、何でも使う事が出来る。
ロキのヨトゥンによる力は、ただ色々な者に変身出来るだけだった。
ヨトゥンの身体を神の身体に変えられるという母の力に似た、それだけなら大した力ではない。
ただ……そこに不死身の力が加わった事で、ロキは最強の力を得た。
ロキの力なら、神器を無尽蔵に精製出来る。
その力は、いずれ宇宙人達と戦う時の力になる筈だ。
ロキは、そこまで考えて自らの身体を不死身にした。
「ロキ様……どうですか?」
「使ってみないと、何とも言えんが……この手に馴染む感覚……充分過ぎる出来だ」
オーディンの姿に変身したロキは、鍛冶屋であるイーヴァルディの造ったグングニールを満足気に眺める。
「バルドルは、人間として蘇ったと聞いております。フェルグスは口を閉ざしていますが、スリヴァルディを殺ったのは……やはり……」
「だろうな。フェルグスとスリヴァルディの間に力の差はあっても、九つの首を相手に止めを刺せる訳がない。ヨトゥンの力を弱める何かを使わない限りな……」
オーディンに変わり身したロキは、ビューレイストの言葉に頷くとグングニールを壁に立て掛けた。
そして、元の姿に戻る。
「バルドル……それに、エルフフォーシュ……奴らには、私を止める力がある。もしバロールを倒した者が人間側に現れたら、それがバルドルである可能性が高い。それを見極める為に、わざわざコナハト城までの道を空けてやったんだからな」
「スルト殿の情報だと、スラハトで戦っていた連中にスリヴァルディを倒せる程の者はいなかったと……風のMyth Knightの力も、大した事はなかったみたいですね」
ビューレイストの言葉を聞きながら、ロキは顎に手を持っていくと、少し考え込む。
「もしバルドルがバロールと戦いに行ったとして、ベルヘイム騎士達がスラハトで戦っていたのならば……バルドルを信用して、バロールを任せたという事か……バロールを倒せる確証でもなければ、スラハトには攻め込めない筈だ。奴の力で一番厄介なのは、知らない間に人の心を掴んでしまう事だ。神の時のように容姿端麗ではなく、寧ろ背も低く醜く転生した筈なのに、それでも信用を得てしまう」
「だからこそ、わざわざオーディンに変身するのですから、ロキ様と戦う時には、奴は孤立無縁になる筈です。人間は、神に刃向かえない。ロキ様の崇高な理想の為なら、このような策も止むを得ません」
ロキは頷きながら、深い溜息をついた。
「そうだな……手段を選んでいる余裕は無い。バルドルは頭が切れる……しかし、目の前に苦しんでいる者がいれば、助けてしまう。その結果、未来が悲惨になると分かっていても、奴は手を差し伸べる。だから駄目なのだ。躊躇わず切り捨てなければ、未来は紡げない……」
ビューレイストは、そんなロキの言葉に賛同し、そして通路の先……暗闇になっている場所に目を移す。
ビューレイストの目線に気付いたロキは、口を開く。
「フェンリルとヨルムンガンドは、上手く手懐けられているのか?」
「はい……知性が低いヨトゥンに、言う事を聞かせる……こんな無能な能力を、ロキ様は上手く使って下さっている。本当に感謝しております」
ビューレイストが深く頭を下げるのを見てロキは軽く笑うと、その肩を軽く叩いた。
「ビューレイスト……それを言ったら、私のヨトゥンの力は、ただの変身能力に過ぎない。だが、それぞれに授かっている能力に優劣などないさ。どんな能力でも、使い方と努力次第で輝く事が出来る。お前もヨトゥンと神の血を、その身に宿している。中途半端な力だったモノを、血の滲むような努力でロキ軍最強の剣士になるまでに成長させた。なら、ヨトゥンの力を最大限に活かせる道を探すのは、上に立つ俺の仕事だ」
「ありがとう……ございます。フェンリルとヨルムンガンド……必ず、我等の力になるよう使いこなしてみせます!」
フェンリルとヨルムンガンド……
ヨトゥンの兵士に、ロキの細胞を注入し暴走させたキメラだ。
狼と大蛇の姿にされたヨトゥン兵は、知性を失い暴れ狂った。
その2体を抑えつけたのが、ビューレイストの能力である。
ビューレイストの能力は、ヨトゥン軍の中で馬鹿にされ続けていた。
しかし、その2体を落ち着かせた時、ヨトゥンでビューレイストを馬鹿にする者はいなくなる。
荒ぶる2体の獣を操るビューレイストの力は、ロキやクロウ・クルワッハと同格だと言われるようになったからだ。
そしてビューレイストは、自らの能力に道を開いてくれたロキに、絶対の忠誠を誓うと心に決める。
ロキの考えが成就し、この世界が滅び、自らの命が無くなるとしても……
再びオーディンの姿になったロキの後ろを、ビューレイストは歩く。
その足は、コナハト城へと向けられていた……




