赤き騎士の決意3
「くっ……早過ぎる……」
凰の目……内なる鳳凰を覚醒させた一真のスピードは、幾多の戦場を駆け抜けて来たガイエンですら捉える事が出来ない。
「うおぉぉぉぉっ!!」
それでも、ガイエンはヘルギを振った。
今倒れたら、自分の人生はヨトゥンに……バロールに操られ続けたものだけになる。
少しでも抗ってみせようと決意したのに……何も出来ずに終わってしまう。
「ふざけるなっ!!オレは……オレは、まだ倒れる訳にいかないんだっ!!」
そんなガイエンの決意を嘲笑うかのように、ヘルギは空を斬る。
圧倒的に、スピードが違いすぎた。
ガイエンから繰り出される数回の剣撃を一真は躱し、そしてヘルギの振り終わりにグラムを重ねる。
「ぐわぁぁぁあ!!」
ヘルギと重なった瞬間グラムが光り、ガイエンの体は雷に撃たれたように体を震わせて崩れるように地面に倒れ込む。
グラムの纏った雷撃が、ヘルギを伝ってガイエンの身体に流れ込んだのだ。
送り込まれた電撃はガイエンの身体を震わせて、その場に倒れさせるには充分である。
倒れたガイエンを覗き込み、痺れて直ぐに動けない事を確認すると一真はグラムを鞘に戻した。
「何故……剣を収める……オレは……お前の仲間を殺した……敵だろ……」
炎の翼が消失し薄く赤い瞳に戻った一真に、まだ呂律の回らない舌でガイエンが懸命に言葉を発する。
「そうニャ!!バルデルス、止めを刺すニャ!!ニャほ??」
「確かに……ネイアさんや、戦争に関係無い人々を殺し続けたお前は憎いケド……その頃と今は違うんだろ??何故、コナハト城から離れてオレと戦った??」
騒ぐアクアの口を抑え、ガイエンに一真が問いかけた。
「オレは……バロールに……クロウ・クルワッハに、一矢報いたかったんだ……オレの村を……オレの両親を……罠にかけたのが……誰か知ったから……な」
まだ痺れてるガイエンの言葉は聞き辛かったが、明らかに今までのガイエンとは雰囲気が違っている。
言葉なく覗き込む一真に向かって、ガイエンは再び口を開く。
「今までのオレは……他人の話など聞く耳を持たなかったが……ティアに事実を聞いて……ようやく、あの事件に向き合えるようになって……色々な人に話を聞いて……そして、自分の中で確信した」
ガイエンの口調に、力強が戻り始める。
一真は手加減して電撃を放ったので、回復も早いのだろう。
ガイエンはヘルギを杖のように使い、ヨロヨロと立ち上がった。
「オレの村に住んでいた、唯一の町医者に聞いて確信した。あの時、村を煽ったのは村人じゃない。オレが斬った村人の中にヨトゥンが紛れていたんだ。錯乱したオレが村人に化けていたヨトゥンを斬って、そいつを先生が助けようとして、その事実を知ったんだ……」
絞り出すように声を出すガイエンの苦悩に満ちた口調は、電撃による喋り辛さだけではなさそうだ。
見抜けなかった自分自身に対する情けなさ、自分を騙しながら育てたバロールやクロウ・クルワッハに対する複雑な感情……
色々な想いが混じり合っているように一真には聞こえ、だから普段のガイエンの口調とは違うのかもしれないと思う。
「だから……コナハト城から離れて戦ったんだね。バロールにバレないように城に侵入して、一矢報いる為に……」
「そうだ。先の戦闘から戻ってない事で、オレが裏切っている可能性を感じている筈だ。だが、下の兵達には伝えてないだろうな。バロールは、重要な事以外は自分で処理しようとする。だが、気付かれたら兵を差し向けて来るだろう……オレが裏切ってようが裏切ってなかろうが、ここまで放置されているって事は用済み確定だろうからな……」
ガイエンは少し寂しそうな表情をするが、それも一瞬で直ぐに瞳に力が入る。
「まぁ、そう言う訳だ。どうせ死ぬなら、バロールの野郎に一太刀食らわせてやりたいんでね……行かせてもらうぞ」
一真の横を擦り抜けるように歩き出したガイエンの前に、小さな影が飛び出して来た……
「あんた……何を勝手な事言ってるの??ネイア姉ちゃんを殺したヤツを、カズ兄ちゃんが許す訳ないでしょ。ううん……もしカズ兄ちゃんが許しても、私が許さない!!」
「バルデルス、ガイエンの言ってる事を信じるニャか??極悪人が改心する訳ニャイにゃ。逃がしたら、また災いを撒き散らすに違いニャイにゃ。ここで討っとくニャ!!」
その小さな影の正体は、先程まで木陰に隠れていたルナである。
その肩には、いつの間に意気投合したのだろうか……何故かアクアが乗っていた。
「ちっ……何でこうも邪魔が入りやがる……いや、そんなモンか……」
「ガイエン、待って!!」
ガイエンは呟くとルナ達の横を走り抜けて逃げようとするが、一真の言葉に動きを止める。
「ルナ、それにアクア……確かに、ガイエンはネイアさんを殺した。それに、罪の無い人々を殺していた。 けど、彼も騙されて操られていたんだ。今は自分の信念を持って、戦う決意をしている。ここで倒す必要は無いだろ?? 」
ガイエンを睨み続けるルナとアクアに、一真が諭すように話す。
「カズ兄ちゃん……誰に騙されたって、操られてたって、コイツがネイア姉ちゃんを殺した事実は変わらないよ!!そんなヤツを許せる訳ない……そんなヤツを許そうとしてるカズ兄ちゃんが分からないよ!!」
当然ルナに伝わる筈もなく、ガイエンを睨む瞳に力が増す。
「まぁ、ガキに理解して欲しい訳じゃねぇしな。オレはオレの戦いをするだけだ。何も出来ないチビっ子は、どっか消えてな!!」
「なんですって!!ネイア姉ちゃんの敵~~!!」
ガイエンの挑発的な言い方に幼いルナは我慢出来ず、拳を作って怒りを顕わにした。
「2人とも止めろ!!」
そんな2人のやり取りを、それ程大きな声じゃないが力の篭った声で一真が止める。
「ルナ、ネイアさんを殺し、ティアにも深い心の傷を追わせたガイエンは憎い!!でも、変わろうとしている人の昔の過ちを責め続けて、変わろうとする気持ちを削いじゃいけない……完璧な人間なんていないんだ!!それに、誰かが許す気持ちを持たないと戦争は終わらない……そうだろ??」
ルナは一真の強い言葉に、何も言えなくなってしまう。
「オレ達だって、ヨトゥンを殺してる……ヨトゥンにだって家族はいるだろうし、大切な人がいる筈だ……それなら、オレだって罪の重さはガイエンと同じだ……オレ達にとってのネイアさんやランカスト将軍のような存在の命を、オレは奪っているかもしれない……」
グラムを見つめながら独り言のように呟く一真に、ルナとガイエンは何も言えなかった。
(コイツ……そんな事を考えて戦ってたのか??気が狂っちまうぜ……)
人を殺すという事は、まともな精神の持ち主であれば自分の行動を正当化するか、相手を悪にしないと心が持たないだろう。
相手の事を想い、しかも自分を悪者にする一真の考え方で戦ってたら、精神が崩壊する。
ガイエンは、一真の心の強さに脱帽していた。
「ルナ、アクア……もしガイエンが極悪人だと言うなら……さっきの戦闘で、ルナを人質にとっていてもおかしくない……そのチャンスもあった……でも、オレと正々堂々と戦った。そんな人間を、オレは討てない」
「バルデルス……ニャー達も、これからバロールと戦いに行くニャよ。ガイエンと行く方向が同じにニャるんだけど、行動を共にするつもりかニャ??」
呆れるように言うアクアに、一真とガイエンは顔を見合せる。
「お前、バロールと戦うつもりだったのか……それで、どうやって城に侵入するつもりだ??バロールのいる場所とか、分かってんのか??」
「いや……とりあえず門番をやっつけて城に入って、後はダッシュでバロールを見つけるとしか……」
………………
一真の言葉に、その場にいる全員が言葉を失った。
「おいおい、本気か??門番を倒した時点で、城中の兵が襲い掛かって来るぞ!!門には鍵もかかってるから、それを突破するにも時間がかかる。そんな中で、バロールのいる場所を探しながら戦い続けるのか??バロールと戦う前に、バテて終わるぞ」
「それに関しては、ガイエンの言う通りニャ。馬鹿だとは思ってたケド、ここまでとはニャ……」
冷たい視線に晒されて、一真の小さい身体は更に小さく見える。
「仕方ねぇ……目的が一緒なら、とりあえず共闘するか……オレがお前達を捕まえた事にして、門を突破する。バロールの居場所はオレが知ってるから、倒せる可能性が少しは増すだろ??」
「ん……確かに、ガイエンがいた方が侵入しやすそうだけど……」
訴えかけるようにルナとアクアを見る一真の視線は、先程までの強さが嘘のように弱々しく見えた。
「もーカズ兄ちゃん、しっかりしてよー。さっきまでは、凄いカッコ良かったのに……」
「ニャーは、バルデルスの判断に従うニャ。ケド捕まったフリをするニャら、縄はニャーの爪で切れる程度で縛るニャ!!」
………………
アクアの言葉に、再び沈黙が訪れる。
「いや……アクア、爪って言っても……ねぇ……」
「アクアの爪、プニョプニョだしねー」
一真とルナが、アクアの爪をグニョグニョと握った。
アクアは猫のヌイグルミなので、当然の如く爪も柔らかい。
「この面子でバロール倒せるのか、不安になってくるぜ……まぁ、オレを信用してくれってのは無理があるんだろうが、信じてもらうしかねぇ。オレがバロールに一矢報いるって気持ちだけを汲んでくれりゃいい。凰の目を持つお前と一緒に戦った方が、勝率も上がりそうだしな」
呆れながらもガイエンの瞳は真剣そのもので、とても嘘を言っているように見えなかった。
しかし、今回の作戦は失敗は許されない。
一真の心は、大きく揺れ動く。
ガイエンを信じたい気持ちと、作戦を成功させなきゃいけないという使命感……
答えの出せない一真は、ガイエンから目を逸らした。
「まぁ……信用してくれってのは、都合のいい話だな……忘れてくれ。オレが城に入った後に続いて、侵入すりゃ悪いようにはしない。じゃあな」
迷いを見せる一真を一瞥したガイエンは、少し笑みを浮かべた後コナハト城に向かって歩き出す。
「ガイエン……ちょっと待って!!」
ガイエンの表情が……作り笑いのような笑みが……一真の心に危険信号を出し、大きな声を出させる。
ひょっとしたらガイエンは死ぬ気なんじゃないかと、一真は思った。
「ガイエン、一緒に行こう。2人の方が心強い!!ルナの事も守らなきゃいけないしね」
一真は自分の直感を信じ、ガイエンの横を歩き始める。
「ちっ……ガキも付いて来るのかよ……子守りは勘弁だぜ」
「仕方ないだろ!!ヨトゥン領に置いてきぼりは出来ないよ。ルナ……ガイエンを許せない気持ちは痛い程分かるけど、今は堪えて……バロールを倒すまでだから」
一真に頭を撫でられたルナは、納得のいかない表情はしているが少し嬉しそうでもあった。
大好きな一真に頭を撫でてもらい、更に一緒に旅が出来るからだろう。
「カズ兄ちゃんが、そう言うなら……でもガイエン、あんた裏切ったら承知しないわよ!!」
「うるせぇな……貴様こそ、邪魔にならないように付いて来いよ!!」
ガイエンとルナのやり取りを見て頭を抱える一真の肩に、アクアが飛び乗って来た。
「なんだか、賑やかにニャったニャー。でも、気を引き締めニャきゃ駄目ニャよ」
「うん、分かってる。でも、ここでガイエンと出会えたのは運命だと思うんだ……うまく行けば、簡単にコナハト城に入れる。それだけでも、だいぶ助かる」
アクアは頷くと、コナハト城へ続く道を見た。
かつて、7国の騎士として戦った日々を思い出しながら……
そして、舞台はスラハトへ……
ベルヘイム遠征軍は、スラハトの町の近くまで進軍していた……




