赤き騎士の決意
コナハト城へ続く林の中を、一真は1人で歩いていた。
いや、その肩には猫のヌイグルミがチョコンと座っている。
「ニャアは眠いニャ。寂しいからって、安眠妨害をしないでほしいニャ」
「そう言わないでよ。誰もいなくて、灯りが全く無い夜を過ごすのは始めてだったんだから……でも、ようやく朝だね」
眠そうに目を擦るアクアの頭を撫でながら、朝焼けに染まる大地を……その幻想的な光景に少しの間魅入ってしまう。
辺りが明るくなるにつれ、暗闇の中で押し潰されそうだった一真の心も次第に晴れていく。
逆にコナハト城が近付くにつれ、心臓の鼓動は早くなってきた。
(皆の前では大丈夫みたいな感じにしちゃったケド、やっぱ緊張するな……)
一真は腰に帯刀しているグラムの鞘を握りしめ、その鼓動を抑えようとする。
「バルデルス、今ニャにか動いたニャ!!」
「こんな早朝に、人??それに、ヨトゥン領内なのに……」
握りしめていたグラムの鞘から柄に手を移動させ、一真は警戒を強めた。
一真達の視線の先……前方の木が揺れ、そこから1人の男が姿を現す。
後ろ向きの男は、まだこちらに気付いていない様子だ。
「鎧を装備しているみたいだけど……ベルヘイムの騎士じゃない……よね??」
「今回の作戦を考えたら、バルデルスの行動を読まれるような事はしないはず……オルフェがいるなら、そんな愚策はとらないでしょう」
猫語を使わない久しぶりのミルティの声に、一真は更に緊張の面持ちを強める。
ミルティ・ノア……かつての7国の騎士の1人の魂の情報が入った猫のヌイグルミ……それがアクアの正体だ。
「まいったな……ヨトゥン側の騎士か……バレなきゃいいケド、バレたら厄介だよね」
「それか、不意打ちで蹴散らすかだけど……ゴメンなさい。あなたに、その選択肢は無いわね」
アクアの言葉に申し訳なさそうに頷いた一真は、その人影に気付かれないように神経を集中させながら、林の中を動く騎士を尾行していく。
人影との距離を詰めながらその姿をよく見ると、赤い髪と深紅の鎧が確認出来た。
ネイアの命を奪った、忘れもしない容姿……
「ガイエン……なんで1人で、こんな所を歩いてるんだ??」
「コナハト城に向かってる??いえ、少しずつ離れていってるわ。尾行ががバレてるのかも??」
ガイエンはコナハト城に向かって歩みを進めていたように見えたが、一真が尾行を始めてからは、コナハト城から少しずつ離れ林の奥へ向かっている。
「ねぇ……城から離れて林の方に行くって、怪しくないかな??なんか、誘導されている気が……」
「そうね……一旦距離をとって、コナハト城に急いじゃった方が賢明かも……」
一真とアクアが立ち止まった瞬間、ガイエンは急に振り返った。
「貴様は……先の戦いの時、ティアと一緒にいた男だな。尾行をしていたみたいだが……素人め!!足音がまる聞こえだ!!」
突如振り向き叫んできたガイエンに、一真は驚き一瞬足を後ろに戻す。
「何故、貴様は1人で歩いている??ここは既にヨトゥン領だ。貴様如きの実力では、一瞬で殺されるぞ」
若干後退した一真を睨みながらガイエンは一歩踏み出し、赤き神剣ヘルギを構えた。
「ガイエン……オレが尾行している事を知っていて、何故コナハト城から離れたんだ??それに、オレがヨトゥンに殺されようが関係ないだろ??」
一真の疑問は、ある意味当然である。
尾行が分かっているなら、味方のいる城までおびき寄せてしまった方が有利だろう。
城の位置を隠しているなどの理由があれば出来ないだろうが、コナハト城の位置は誰もが知っている。
ガイエンが城から離れて、尾行している人間に語りかけるなど普通では考えられなかった。
「ひょっとして、ガイエンって馬鹿なだけニャンじゃない??理由ニャンてニャイニャイ」
目の前で肉球のついた腕をブンブンと振るアクアの姿を見て、一真は思わず笑ってしまう。
(ありがと、アクア。おかげで、肩の力が抜けたよ。ガイエンが何を考えてようが、こっちにとっては好都合……ここで倒してしまえば……)
「貴様ら……オレを怒らせて、ただで済むと思うなよ。騎士でもない貴様を殺すのに、数秒もかからん!!」
笑っている一真を凝視するガイエンは、剣も構えようとしない姿に苛立ちを覚える。
敵である自分を目の前にして……明らかに自分より強い敵を目の前にして、危機感を感じている姿ではない。
本気で馬鹿にされているのか……その姿に殺意すら覚える。
ガイエンは腰を落とし、構えたヘルギに力を込めた。
「オレの……オレの目的の邪魔はさせねぇ!!真実を確認するまでは、人を斬らねぇと決めて来たが……やっぱり駄目だっ!!斬らせてもらうぞ!!」
独り言のようにブツブツと呟いたと思ったら突然叫び、その勢いのままガイエンは凄まじいスピードで笑っている一真に向かってヘルギを突き出しながら走ってくる。
「………………!!」
一真は無言でヘルギの一撃を躱し、グラムを鞘から抜いた。
「ほう……このオレと戦うつもりか??」
そう言うガイエンの表情は驚きを含んでおり、無意識にヘルギを握り直す。
今の一撃は、手を抜いた訳ではない……むしろ、殺すつもりで本気で放った一撃だった。
戦う意識もなく、笑っていた人間に躱されるはずがない…… 慕っていた人間が殺された時ですら何も出来なかった奴に、自分の剣が躱されるはずがない……
全力の一撃を躱された事、一真が戦う意思を示した事に戸惑いを感じながらも、ガイエンは無意識に手を抜いてしまったんだろうと思い直した。




