2-1 ゆうべはおたのしみでしたね
手で覆っても隠しきれないほど大きく口を開け、ジェイはあふぅとあくびをする。
今日目覚めてから何度目のことかわからない。
目の端に溜まった涙を手の甲でこすっていると、またあくびが出てきた。手を口元に当てるが間に合わない。
「ゆうべはおたのしみでしたね」
ジェイのややうしろを歩いていたサヴィトリが小走りで前にまわりこんだ。あくびの多いジェイの顔をいぶかしそうに見つめる。
「ちょっ、まっ、ごほっ、ごほっ……! っていうか何言ってんのいきなり!」
何を飲んでいたわけでもなく、ジェイは突然激しくむせ返り顔を赤くした。
「ゆうべはおたのしみでしたねゆうべはおたのしみでしたねゆうべはおたのしみでしたねゆうべはおたのしみでしたねゆうべはおたのしみでしたねゆべしはくるみいりでしたねゆうはおたのしみしちゃいなよでしたねゆうはんはおたべでしたね」
「だから何わけのわかんないこと言ってんの!」
たまらず、ジェイはサヴィトリの首をかかえるようにして口をふさいだ。
が、どこからか強烈な殺気のようなものを感じ、ジェイは反射的に手を離した。
(……なんだろ。今の間違いなく殺気だったよなぁ)
「出発する時、宿のおじさんがジェイに言っていたじゃないか。『ゆうべはおたのしみでしたね』って。一人でずるいぞ。私はちっとも楽しくなかった」
「こらっ、誤解を招く言い方をしない! そもそもサヴィトリが悪いんじゃないか!」
ジェイはまた大声を出してしまい、慌てて口元を押さえた。
なんとはなしにむけられる通行人の視線が痛い。
「責任転嫁はよくない。なんだか知らないけど、ジェイがひとりでおたのしみだったんだろう、昨日は」
「だから、そもそもおたのしみじゃないの!」
色々なことに耐えきれなくなったジェイは両耳をふさぎ、サヴィトリをかわして早足で歩き始めた。
寝不足の理由も、昨晩泊まった宿の亭主にあーだこーだ言われたのも、すべてはサヴィトリが原因だ、とジェイは断ずる。
女の子との二人旅は大変だ。




