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Tycoon0-災厄王女が初恋の人に会いに行ったら残念イケメンに囲まれた上に天災魔女にも目をつけられました-  作者: 甘酒ぬぬ
第六章 棘の魔女

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6-11 遅れてきた役立たず

 あまりに呆気ない。

 そうサヴィトリがいぶかしんだ瞬間、リュミドラの巨体が弾けた。

 どぎついピンクの粉末があたりにまき散らされる。

 吸いこまないようにとサヴィトリは鼻と口とを慌てて押さえたが、がくりと膝が折れた。視界がぐるぐるとまわっている。

 足に何かが絡みつく。腕にも胴にも、同じものが巻きつくのがわかった。

 ぐるんっと世界が回転する。頭に血がのぼり、顔がひどく熱くなった。おまけに吐きそうなほど気持ちが悪い。リュミドラのハーブティーをもらわなくて正解だった。飲んでいたら間違いなく吐き散らしている。

 ようやく落ち着いてきたサヴィトリの瞳に、全身の肉をリズミカルに震わせて楽しそうにくるくる踊っているリュミドラの姿が上下逆さまに映った。その動きは意外に身軽だ。


「うふふ、びっくりしたぁ。背後から強襲するなんてひどいじゃなぁい。こういう卑劣な戦い方はきっとクリシュナの入れ知恵よねぇ。あいつ奇襲だけは上手かったものぉ」


 サヴィトリは棘によって拘束され、逆さ吊りにされてしまったことを悟る。

 先ほどのピンクの粉末の影響か、まだ若干ろれつがまわらない。おまけに指も動かせなかった。腕や足が動かないのは捕らえられているせいだとしても、指の一本も曲げることができないのはやはり粉のせいとしか考えられない。


「そろそろ、遊びは、満足、してもらえた、かな」


 サヴィトリは途切れ途切れに尋ねた。


「普段だったらこれでもいいんだけど、アタシは十何年も待ってたんだもん。もうちょっと遊んでくれなきゃやーよ」


 リュミドラは胸の前で両手を合わせ、ぶりぶりと巨体を揺さぶる。


「もう少し遊んだら、ナーレと、ついでのジェイを、返してもらえる?」

「うふふ、リュミリュミを楽しませてくれたらご褒美として好きなものあげちゃう」

「……それなら、もうちょっと頑張ってみようかな」


 にやり、とサヴィトリは笑う。

 身体に巻きついた棘の隙間から青く冷えた光が漏れる。サヴィトリの両腕が発光していた。


「っ、ちょっと! やめなさいよ!」


 ぎょっとした顔をし、リュミドラは手を落ち着きなくばたつかせる。


「敵ながら、心配ありがとう」


 サヴィトリは柔らかく微笑むと目蓋を閉じた。

 短く囁く。


「凍れ」


 サヴィトリの両腕が青く透明な氷に包まれる。そこから冷気が伝播し、身体を捕らえていた棘を凍りつかせた。

 リュミドラ本体まではあと一歩の所で届かず、手前で切断された。

 サヴィトリはそのまま地面に落下する。必死にもがいて墜落時の接地面積を増やす。

 その甲斐あってか背中から落ちた。衝撃で息が詰まる。同時に、聞きたくない音も耳に入った。


「なんて無茶なことするの……」


 呆然とした様子でリュミドラは呟く。あまりのことに追い討ちをかける余裕もない。

 ゆっくりとサヴィトリは上体を起こす。

 動作の麻痺は解けたが、感覚のほうはまだ麻痺している。そのおかげか、あちらこちら違和感はあれど痛みはない。

 自ら凍らせた腕は、一応動く。棘に冷気が移った直後に術を解除したためそれほど損傷はない。それよりも、凍結したことによって殺傷能力が高まった棘のとげの方が厄介だった。身体のいたる所に刺さり、全身血みどろになってしまっている。


「欲しいものがある時は、なりふり構わず手段も選ぶな。そう師匠から教わった」


 左右に危なっかしくふらつきながらもサヴィトリは立ちあがった。不敵な笑みを浮かべてみせる。


「女の子になんてこと教えてんのよあの馬鹿……!」


 リュミドラは顔をしかめ、自分の親指の爪を強く噛んだ。


「本当だよね~。もうちょっと我慢して捕まっててくれれば俺が華麗に助けに入って恋愛フラグ立てられたのに」


 唐突に部屋の扉が無闇に大きく開け放たれる。

 扉のむこう側には、大きなロリポップを肩に担いだジェイがいた。


「なんだ、ジェイか。何しに来たんだ?」

「あらん、ヒーローは遅れてやって来るものだけれど、遅すぎればただの空気の読めない役立たずよぉ」


 サヴィトリとリュミドラとからほとんど同時に冷たい言葉を浴びせかけられる。


「せめてサヴィトリはもうちょっと優しい言葉をかけてくれてもよくない?」

「人のことを殺そうとした人間にかける優しい言葉などない」

「ですよねー」


 サヴィトリとジェイとが会話をしているうちに、リュミドラの棘が迫った。ジェイの方だけに。


「あらら」

「うふふ、この部屋は男子禁制よ。ご退場いただけるかしら」


 ジェイはロリポップを振りまわして棘を払うが、すぐに柄に絡みつかれてしまう。気付いた時には手から奪われ、巻きつく力で粉砕されていた。


「あらー」


 ぽろぽろと降るロリポップのかけらをジェイは呆然と見つめる。


「ジェイ!」


 サヴィトリは叫び、ジェイにむかってトンボ玉の房飾りを投げた。

 だが軽いせいで思うように飛ばない。ジェイに届く前に地面に落ちてしまう。

 サヴィトリが投げた物がなんだったのかを察したジェイは、襲いかかってくる棘を転がって避けながら房飾りの所まで辿り着いた。房飾りを握りしめて大きく手を振る。

 ジェイの手から蛇が飛び出したように、分銅のついた鎖と刃の大きい鎌が現れた。


「サヴィトリの察しのよさには涙が出るね」


 涙をぬぐうふりをすると、ジェイは分銅のほうを持って鎖鎌を振りまわした。一見でたらめに振るっているようにも見えるが、迫り来る棘を正確に切り落としている。

 神経でも集中しているのか、先端を切り落とすと棘は推進力を失い、くたくたと地面にへたりこんだ。


「ナーレちゃんみたいにおとなしく囚われていてくれればよかったものを。はっきり言ってうっとうしいわ」


 リュミドラが合図を送るように手を動かす。

 すると棘が一瞬にして縦横に重なり、盾の形を成した。鎌の刃を防いで弾き返す。

 力なく跳ね返ったところを、盾を形成した時と同じように一瞬にして一本一本にばらけた棘が追撃する。棘が刃に絡みつこうとした寸前で、ジェイの力によって引き戻された。

 追撃しようとしていた棘のうちの何本かが凍りつく。自分の指のように細かく操れるわけではないのか、横のサヴィトリからの攻撃にはまったく備えがなかった。

 鎖鎌はジェイの手に戻ると、淡く光を放ちながら八角棒へと変じた。


「そうそう、俺、それを頼みに来たんですよ。あの変な鳥籠からナーレンダさんを出してくれません?」

「ナーレに会ったのか!?」


 リュミドラが答えるよりも早く、サヴィトリがジェイに飛びつく。


「うん。元気そうだったよ」


 ジェイの答えに、サヴィトリは脱力したようにがくりを頭を垂れた。安堵のため息が漏れる。


「うふ、出してあげてもいいわよ。でも、ナーレちゃんはあなたに会いたくなさそうだったけどぉ」


 リュミドラは意地悪く目を細め、自分の髪をくるくると指に巻きつけた。


「……知っている」


 サヴィトリは微かに視線を落とし、身体を抱くように自分の腕をつかむ。

 わざわざ改めて突きつけられたくない事実だった。


「そんなことない!」


 突然ジェイが大声を張りあげた。サヴィトリの肩をつかんで揺さぶる。


「ナーレンダさんに会いたがってる人がいるって伝えた時すぐにサヴィトリのことだってわかってたよ! サヴィトリがその指輪を大事に持ってるって知った時もすっげー嬉しそうな顔してたもん! 会いたくないなんて絶対嘘! 会いたいなら会わなきゃダメ!」


 唾を飛ばすほどの勢いでまくし立て、ジェイはサヴィトリの鼻先に指を突きつけた。


「ジェイ……結構かかってる」


 サヴィトリはやや眉を寄せ、服の袖で顔をぬぐった。


「あっ、ごめん……」


 ジェイは恥ずかしそうに口元を両手で覆い隠す。

 それを見たサヴィトリは破顔し、ジェイの額を小突いた。


「お節介ありがとう。ふさぎこむのは私の性分じゃなかった」


 サヴィトリはリュミドラの方にむき直る。


「出してあげてもいい、と言ったな。どうせ何か条件があるのだろう?」


 サヴィトリの問いに、リュミドラはもったいぶるように首を横に振った。もったいぶったわけではなく、単純に首が肉に埋もれていたせいだったのかもしれない。


「いいえ、サヴィトリちゃんの無謀さとお節介なジェイちゃんに免じて条件を課さないであ・げ・る」


 サヴィトリとジェイにむかって、リュミドラはウインクと投げキッスを送った。

 二人は筆舌に尽くしがたい強烈な寒気と嘔吐感に襲われる。


「せいぜい、再会の感動に打ち震えるといいわ」


 それじゃあ、近いうちにまた遊びましょうね、サヴィトリちゃん。

 リュミドラがひらりと手を振ると、太陽に匹敵するほどの強い光で視界が埋め尽くされた。

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