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Tycoon0-災厄王女が初恋の人に会いに行ったら残念イケメンに囲まれた上に天災魔女にも目をつけられました-  作者: 甘酒ぬぬ
第六章 棘の魔女

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6-7 囚われのお姫様?

(……なんで俺つかまっちゃってんだろ?)


 棒状のプレッツェルでできた格子越しに外側を眺め、ジェイは深いため息をつく。さいわいにして見張りなどはいない。

 リュミドラの棘で逆さ吊りにされ、気が付いた時にはこのプレッツェル製の牢屋(?)に転がされていた。まず何より、鼻がぐるりと一回転しそうなほど甘ったるい匂いがつらい。


(俺の将来設計ももう絶望的だなー。お金貯まったらこぢんまりとした食堂を可愛い奥さんと二人でやるつもりだったのに)


 ジェイはがっくりと肩を落とし、錠前を指でいじくりまわした。

 今自分がここ――リュミドラが言っていたことから察するに研究塔だろう――にいるのを知っているのは、おそらくサヴィトリだけ。だがどう考えても助てもらえるわけがない。ならばどうにかして自分で抜け出さなければ。


(でも仮に生きてここから出られたとしても、絶対あの補佐官さんに八つ裂きにされるよなぁ。敵には容赦なさそうだもん)


 ジェイはふところをごそごそとあさり、円筒の軸に小さく平坦な歯が付いているだけの単純な作りの小さな鍵を取り出す。自分の持ち物で、腰に帯びていた剣以外に奪われている物はなかった。


『対象の殺害に成功しても失敗しても、無事に家に帰るまでが任務。差し違えるのはただの犬死と心得よ。生きてさえいればなんとかなる』


 と、いまひとつ暗殺者らしさに欠けるこれが父の教えだった。

 そのおかげか、ジェイは暗殺者としてはうだつがあがらなかったが帰還率だけには定評があった。だが、その連続帰還記録も今回で終わりだろう。


(あの指輪も取られちゃったか。悪いことしたな)


 トゥーリからランクァに着くまでの間、一度としてサヴィトリは空色の石がはまった銀の指輪をはずさなかった。武器だからという以外に、何か大切な理由がありそうだった。

 取り出した小さな鍵を鍵穴に入れると、中で鍵が自然に形を変えた。ほどなくしてがちゃりと開錠の音がした。

 術具さまさま、とジェイは両手を合わせる。


(あの指輪をサヴィトリにちゃんと返して、それから逃げきれるとこまで逃げよっと)


「相変わらず、詰めが甘くて情けないのでございます」


 これみよがしなため息と、呆れたような声。

 ジェイが振り返ると、ウエハースの階段の近くにニルニラがいた。

 同じ暗殺者組合の人間で、歳も同じだった。特別仲が良い、というわけではないが、ターゲットや活動場所がかぶることが多々あり、共闘したこともある。

 にこにこ暗殺者組合という物騒(?)な名称だが、暗殺だけでなく人道支援活動についても斡旋している。金さえ払えば法に触れることでも受けつける、本当の意味でのなんでもギルドだった。


「なんだニラか。もしかして、棘の魔女と組んでるの?」

「違うのでございます」

「じゃあなんでこんな所にいるの?」

「それは、その……ただお散歩をしていて偶然ここに辿り着いたのでございます!」

「ふーん。まぁ、なんでもいいけど。本当に、ニラの言う通り情けないよなぁ、俺」

「あんたさんのヘタレは一生治らないのでございます」

「……前から思ってたんだけどさ、ニラって俺にだけ当たりがきついよね。なんか俺悪いことした?」

「一生一人で考え続けていろでございます」

「えー、俺特に何もやってないと思うんだけど……」


 サヴィトリは物理的な意味で当たりが強いが、ニルニラはメンタル面をちくちく刺してくる。今切実に癒しが欲しい。


「そんなことより、あんたさんは今回の仕事、どうするのでございますか?」

「どう、って? もう無理だよ。顔は割れちゃってるし、何よりあの子があそこまで凶暴だとは思わなかった」


 サヴィトリについては最大の判断ミスだった。

 ハリの森でのニルニラとの戦いを見て、場馴れしている感じはしたが自分程度でもどうにかなると踏んだ。だから、ランクァに着いて依頼内容が殺害に変更になった時も、迷いはしたが断ることはしなかった。

 ジェイとは別の者からサヴィトリ殺害の依頼を受けていたニルニラが、わざわざご丁寧に忠告しに来た時もやめるという選択肢はなかった。第一、馬鹿みたいな違約金がかかる。

 それにニルニラが失敗したのはカイラシュとヴィクラムという化け物どもが付いていたせいだ。あんな規格外の人間を二人同時に相手にしようなんて正気の沙汰じゃない。

 サヴィトリが一人の時で、先の両名が救援に来れず、念のためにあの指輪も奪っておけば――すべてこちらに優位な条件を整えたにもかかわらず失敗した。あんな好条件は二度と作り出せない。


(手心を加えたつもりもないしなぁ)


 サヴィトリとはまぎれもなく幼なじみだった。

 当時のサヴィトリは今のような男口調で、何か事情がありそうな子だった。ハリの森に親ではない人間と二人で暮らしているという時点ですでに怪しい。

 ジェイが調理師見習いとしてクベラに行くまで、なんだかんだ四、五年はつるんでいた。


 だがそれはそれ、これはこれ。お仕事の対象者になれば、情は移さず移させる、が鉄則。


「なら、あたしももう降りるのでございます」


 ニルニラは目を細め、傘をくるりと一回転させた。


「え?」

「あたしが受けたのは、あんたさんに、あのケダモノ女を殺させたくなかったからでございます」

「はい?」

「仕事とはいえ、初恋の相手を殺るのは忍びないのでございます」

「……っていうか俺、ニラにそんな話したっけ? しかもニラが仕事受けたの俺より前だよね?」

「初恋云々は、前の共闘の打ち上げで泥酔した時に。仕事については、あんたさんが正式に受ける前から、あんたさんに割り当てられることが決まっていたのでございます。ハリの森からサヴィトリ殿下を連れ出し、タイクーンに会わせてから殺す、という仕事が」

「なんだよ、それ……」

「『ハリの森から連れ出す』という依頼と、『タイクーンに会わせてから殺す』という依頼が、それぞれ別口で入ってきていたのでございます。それを組合が勝手に一つの依頼にしてしまったのでございます。ついでにやってしまったほうが効率がいいとかで。でも、あんたさんには前半部分しか伝えていなかった。最初に詳細を伝えれば、きっと受けないから。だから、法外な違約金を盾に続けさせた」

「……なんでニラはそんなこと知ってんの?」

「幹部の娘でございますから」

「ああ。俺、てっきりただ噂だと思ってたよ。でもさ、内部情報漏洩しちゃったらまずいんじゃない?」

「今更話したところでどうということもありませんし。でも、あたしだけで抱えているともやもやするので吐き出しただけでございます」


 ニルニラは踵を返し、ジェイに背をむけた。


「それじゃ、あたしは帰るのでございます。あんたさんの手伝いをするほどお人好しでも暇でもないので。せいぜい単騎丸腰で頑張ってくださいでございます」


 背をむけたまま手を振ると、ニルニラはどこかに消えていってしまった。

 実力はそれほどでもないが、彼女はいくつか特異な能力を持っている。正面切ってやり合いたくない相手だ。


(本当に何しに来たんだろ? っていうかニラの言うとおり武器持ってないし、どうしよ)


 ジェイは準備体操のように腕の筋を伸ばしたり屈伸などをしたりする。

 念のために腰のあたりを触ってみるがトンボ玉の房飾りは見つからない。サヴィトリに鎖鎌を奪い取られてそれっきりだ。小さな玉の中に物を出し入れできる系統の術具は持ち運びには便利だが、なくした時の不便さが半端ない。


(武器がないのがちょっと不安だけど、まぁ行ってみますか)


 武器代わりになるかと、壁に突き刺さっていた子供ほどの丈のあるロリポップを引き抜き、ジェイはウエハースの階段を駆けあがった。

 ウエハースの階段を駆けあがった。階段を駆けあがった。駆けあがった。駆けあがった。駆けあがった。駆けあがった。駆けあがった。駆けあがった。駆けあがった。駆けあがった。駆けあがった――(中略)――少し休憩をし、また駆けあがった。


 駆けあがれども駆けあがれども、ウエハースの階段は一向に終わらない。五百段あたりまで数えたところでジェイは嫌になった。

 外を覗いて景色を確認しようにも、壁にあるのは窓代わりの市松模様のクッキー。喉が渇いてきても、周囲にあるのはよりいっそう喉を渇かせる甘ったるい物ばかり。

 かといって今更登ってきた階段をくだるわけにもいかず、ジェイはロリポップの柄を杖代わりにしてどうにか足を進める。想定していた使い方と違うが持ってきて正解だった。


 心がぽっきりと折れそうになった頃、ようやく今までと違う景色に辿り着いた。

 そこはワンフロアをぶち抜きにしたような広間だった。例に漏れず生クリームとお菓子でデコレートされているため何の部屋かはわからない。

 部屋のちょうど中央には、ジェイが閉じこめられていた牢と同じようなものがあった。ドーム状になっているため、牢屋というより鳥籠に近い。極彩色のチョコレートがかかった棒状のプレッツェルが整然とした格子を形成している。更に真っ赤な薔薇と棘とがプレッツェルに絡みつき、ファンシーかつ悪趣味としか言いようがない様相を呈していた。

(君子危うきに近寄らず。中に人影が見えるような気がするけど、気のせいにしておく方が無難だよねえ)

 極彩色の鳥籠を迂回するように、ジェイはなるべく足音を立てずに壁際を走った。自分の危険感知能力には自信がある。


「……それにしても遠いなぁ」


 ジェイは思わず呟いた。

 いくら走れども走れども、上の階に行く階段の所に辿り着かない。散々階段をのぼってきて、無意識のうちに身体が拒否反応を起こしているのだろうか。

 なぜか地面を蹴っている感覚もなかった。なんだか足を無意味にからまわりさせているような気がする。

 ねちょっと首筋のあたりにひやりとする物がくっついた。唐突な感触にジェイは全身をぶるりと震わせる。

 おそるおそる首をまわして見てみると、赤いゼリービーンズの瞳と目が合った。


「あらやだ」


 ジェイの襟首をつかんで持ちあげていたのは、薄ピンクの生クリームで作られた巨大なクマのぬいぐるみだった。より正確に言うならば、実際のクマではなく、凶暴性を抹殺し可愛らしさを過剰に添加したクマのぬいぐるみそっくりな生クリームの塊だ。ひかえめに見ても、体長はジェイの二倍以上、身体の太さは計測したくもない。

 とりあえずジェイは友好さをアピールするために、にこやかに微笑み手を振ってみる。

 生クリームのクマは「きゅ?」とクマでも他の生物でもない甲高い鳴き声を発し、小首をかしげた。

 ジェイは更に、きらきら輝かんばかりの笑顔を浮かべて手を振り続ける。

 相手の行動の意味を理解したかのように、生クリームのクマは小さく何度もうなずいた。


(中に人でも入ってんのかな?)


 ジェイが不埒なことを考えた次の瞬間、生クリームのクマの口が大きく開かれた。

 そこには、歯があり舌があり粘膜がある。


「うそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!!」


 ジェイは絶叫した。

 目の前にあるのは生物としてごくまっとうな口腔だが、可愛らしいクマのぬいぐるみが備えているものとしてはこの上なく不適当だ。

 生クリームのクマは、恐怖を染みこませるようにゆっくりゆっくりとジェイの身体を口の方へと持っていく。ジェイが必死に手足をばたつかせてみてもどうにもならない。

 生クリームのクマの生ぬるい呼気がジェイの下肢を撫でていく。


「ちょっと待ってちょっと待ってちょっと待って!! ね、ね、よく考えてよく考えて本当によーく考えて? 深呼吸でもして一度全部リセットして、落ち着いた気持ちでまわりを見てみよう。……ほら、お菓子がたくさん見えるでしょ? 俺みたいに平々凡々な奴を食べるより、絶対絶対ぜったいゼッタイにお菓子の方が美味しいよ! わかるよねわかるよねわかるよね? 本当に本当に本当にこれは大事なことだから。大事なことだから何回も何回もしつこく言うんだよ。でも、せっかちさんのために要約すると、お願いだから食べないでえええええええええええええええええええええっ!!!!」

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