6-4 お菓子の塔
ヴィクラムは喉元に手を当て、高くそびえる塔を見上げる。
目の前にある円柱型の塔は、まるで祝典の時などに出されるケーキのようだった。
ひだのように波打った薄いピンク色の外壁に、イチゴを模した巨大な飾りと緑色が鮮やかな棘が螺旋状に貼りついている。塔のてっぺんには大きな薔薇とハートのオブジェが鎮座していた。
もちろん最初からこのような外観だったわけではない。元々は石造りの簡素な塔だった。
塔から逃げてきた者の話によると、突如棘の魔女が現れ、研究塔の内部に魔物を放ったのだという。術法院の術士とはいえ、中にいたほとんどが研究専門の非戦闘員だった。だが一人だけ戦闘経験のある術士がいたため、彼の指揮によって被害は負傷程度にとどまり、皆が脱出することができた。しんがりを務めていた彼を除いて。
ヴィクラムは塔の入り口へと目をやる。
まるで封鎖するかのように、扉は棘によって幾重にも覆われていた。武器や術など、あらゆる方法を試したが棘には傷一つ付けられない。塔への入り口はその一つしかないのだという。窓は塔全体を覆う薄ピンクの壁によってふさがれている。
魔物討伐のスペシャリストである羅刹といえど、これでは手をこまねくことしかできない。魔物があふれ出す心配がないのが唯一の救いだった。
「どうします、隊長。襲撃の一報を受けてからもう一日以上経過しました。あの棘をどうにかしない限り中には――」
「わかりきったことをわざわざ口にするな」
指示を仰ぎに来た隊士の言葉をヴィクラムはぴしゃりとさえぎった。
言ってしまってから、ヴィクラムは軽い後悔を覚える。停滞した事態に苛立ち隊士に当たってしまった。まだまだ自分は上に立つ者としての力がたりない。
「なんだかお菓子みたいな塔だなー。これは誰の趣味なんだ?」
場違いかつ暢気な発言が耳に入り、ヴィクラムは眉をぴくりと動かした。この発言は叱責していいレベルだ。
「おい――」
声のした方をむくと、ヴィクラムの姿を見つけて大きく手を振るサヴィトリと、反吐を吐く直前のような表情を浮かべたカイラシュの姿があった。
隊士達がにわかに騒ぎ出す。
「彼女だ彼女。隊長の彼女!」
「あの宿舎で熱い一夜をすごしたっていう?」
「陣中見舞いに来てくれるなんて健気な子だなぁ」
「でも噂の補佐官のおねーさんも一緒っすよ」
「馬鹿お前、あんなナリだが中身は野郎だ野郎」
「マジで!? タイクーンの愛人じゃないんすか!?」
「残念ながらお前終了のお知らせ。それ言った奴は三日以内に行方不明になるんだぜ」
ヴィクラムは頭を抱えずにはいられない。決してカイラシュに聞かせてはならない発言が多数ある。
案の定、今にも人を殺しそうな笑顔を浮かべたカイラシュがヴィクラムに一直線にむかってきた。
「貴様はあの晩、サヴィトリ様に一体何をしやがりましたか?」
カイラシュはどすのきいた声で質問する。ヴィクラムの喉元に毒針をあてがいながらおこなわれるそれは、もはや拷問による自白強要だ。
「何もしてなどいない」
「貴様の下半身ほど信用ならないものはありませんからね」
「俺だとて見境がないわけではない」
「おや、それはサヴィトリ様に対する冒涜と取ってよろしいですか?」
「……俺にどう答えろと?」
たまらずヴィクラムはぼやいた。
真実を述べても信じてもらえず、かといって否定をしても難癖をつけられる。いっそ肯定してしまおうかとも思ったが、それは絶対に避けるべき愚行だと本能が警鐘を鳴らした。
「二人ともじゃれ合ってないで。ヴィクラム、入り口はどこだ?」
終わりの見えない自白強要に、サヴィトリがあっさりと終止符を打った。サヴィトリが二人の間に入ると、カイラシュは躾の行き届いた犬よろしく後方にさがる。
「そんなことよりわたくしとじゃれ合いましょう、サヴィトリ様」
前言撤回。あまり躾はよろしくなかった。
カイラシュはぺたぺたとサヴィトリに触れる。
「カイ、目の前にある塔によじ登ってその一番上から一回飛びおりてみようか」
額に青筋を浮かべたサヴィトリは、にっこり笑って塔のてっぺんを指差した。
「マイルドな自殺命令ありがとうございます、サヴィトリ様」
カイラシュは芝居がかった礼をしてみせる。
「危険区域に軍部以外の者を立ち入らせるわけにはいかない」
寸劇が終わるのを見届けてから、ヴィクラムは厳しい口調でサヴィトリに言った。
「でも塔の中にいる人に招待されているんだ。ほら、歓迎もしてくれている」
と言ってサヴィトリは塔の方を指差す。
塔の入り口の扉を覆っていた棘の一部がぐにぐにと動き、「おいでませ! サヴィトリちゃん☆ 入り口はこちらから→」という文字を形作っていた。
ヴィクラムはひどい頭痛を覚える。
「今行かないと、もう二度と、会いたい人に会えなくなるかもしれないんだ。もしかしたらリュミドラの嘘だったり、そもそも人違いだったりするかもしれない。でも、行かないで後悔はしたくない」
そう言うと、サヴィトリはヴィクラムの脇をすり抜けて塔の入り口へと走る。
ヴィクラムの腕はサヴィトリを引き止めなかった。頭では、どんな理由があろうとも行かせるべきでないと声高に主張していたが、その意見は身体の方には伝わらなかった。
ヴィクラムとカイラシュの視線が合う。カイラシュは舌を軽く出し、肩をすくめてみせると、サヴィトリを追いかけた。
扉を覆っていた棘は、サヴィトリを迎え入れるように左右にわかれ始めている。
ヴィクラムは小さくため息をつき、二人の背を追う。
隊長が走り出したことで我に返った隊士達も後に続くが、ヴィクラムが入り終えたところで再び棘によって閉ざされた。




