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Tycoon0-災厄王女が初恋の人に会いに行ったら残念イケメンに囲まれた上に天災魔女にも目をつけられました-  作者: 甘酒ぬぬ
第六章 棘の魔女

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6-2 反撃の狼煙

(一人で考えなしに突っ走った結果がこの様か。師匠もカイも、呆れるだろうな)


 悔しさからか、それとも自分に対する怒りからか、サヴィトリはぐっと手を握り締めていた。

 いつもと握った感触が違う。

 見ると、左手の中指に赤い指輪のように跡が残っていた。長い間指輪をつけ続けていたせいか、皮膚がややくぼんでいる。


(まだ、走り終わっていない)


 サヴィトリは手を握り直した。

 こんなところで殺されるためにハリの森から出てきたわけではない。まだナーレに会っていないのに、クリシュナに謝っていないのに、死ぬわけにはいかない。絶対に。

 口に入った砂利を吐き出し、サヴィトリは怒鳴り声をあげた。


「――ジェイ、この世で地獄を見せてやる!」


 サヴィトリは自由がきく方の手で鎖をつかむと、全力で引っぱった。不意をつかれた形になったジェイは大きく体勢を崩す。

 更にサヴィトリの手が淡く発光し、そこから鎖が凍りついていった。ジェイの方へと伝播していく。

 ジェイは指が急速に冷えていくのを感じ、仕方なく鎌を手放した。後方に飛んでサヴィトリとの距離を取る。


「お、女の子の台詞じゃないでしょうそれは……!」


 起きあがり、腕に絡みついた鎖をはずしているサヴィトリを、ジェイは悲鳴じみた声で非難する。


「じゃあジェイは女の子に鎖を巻きつけて引きずったりするのか? 救いようがない最悪な性癖の持ち主だな」


 サヴィトリは手のひらで頬の泥をぬぐい、吹っ切れたように笑い飛ばした。


「いやそういうことじゃなくて、ね?」

「そうもこうもどうもない。私に泥を食わせたんだ。少なくとも同じ目には遭ってもらう」


 吹っ切れた――というよりもむしろキレてしまったサヴィトリは、ネコ科の肉食獣のように身体を屈めるとジェイに躍りかかった。冴え冴えとした白い光を放つ拳を叩きこむ。

 ジェイは両腕を交差させて顔をかばう。

 サヴィトリの拳は、年若い少女のものとは思えないほど重い。更に氷の塊で殴られたかのように冷たかった。骨の芯までその冷たさが響く。


「サヴィトリ待って! 俺素手なんですけど!」

「私も素手ですが、何か?」


 完全に弱腰になってしまったジェイを、サヴィトリは加虐的な笑みを浮かべて徹底的に打ちのめす。ガードが緩くなってきた場所を的確に攻め立てた。


「……っ、危ない!」


 突然、ジェイが叫んだ。サヴィトリの身体を抱きしめ、もろとも右方に飛ぶ。サヴィトリをかばうようにして地面に倒れこんだ。その時ちょうどサヴィトリの放った掌底突きがカウンター気味に顎に入ったが、ジェイはぐっと涙をこらえた。

 サヴィトリはわけがわからず、とりあえず自分の上に覆いかぶさっているジェイを押しのけようとする。

 だが、その必要はなかった。ジェイの身体がずるずるとどこかへと引きずられる。


「うふふ、男には気を付けなきゃダメよ、って言ったじゃない」


 どこかで聞いたことのある声だった。

 サヴィトリは上体を起こす。

 足を何かでくくられ、木の枝に宙吊りにされたジェイの姿が見える。

 その近くにもう一つ、見たことのある人物の姿があった。

 肌の露出の多い服に、じゃらじゃらとうっとうしいほど身に着けた貴金属。緩く波打つ銀色の髪――カイラシュ達と城下に行った時に会った、アクセサリーや装飾品などを扱う行商の女だった。


「サヴィトリちゃんを傷付けたらダメじゃなぁい。女の子は大事に大事に扱わなきゃあ」


 行商の女は、人差し指をジェイの喉にぐりぐりと押しつける。

 逆さ吊りにされた上に喉を圧迫され、ジェイはえずくようなうめきを漏らした。


「それに、アタシは森から連れ出してって斡旋業者さんに頼んだはずなんだけどぉ。どうしてこんな余計なことまでしてくれちゃってるのかしらん?」

「えー、もしかしておねーさんが依頼主? 連れ出すだけなら、俺もその方が断然よかったんだけど。はぁ、やっぱあの組合ダメだなぁ。情報管理はずさんだし、仲介料はぼったくられるし」


 ジェイはため息をつき、両手を頭のうしろで組んだ。ちょっとした動作で吊られたジェイの身体はぷらぷらと揺れる。


(名前、教えたっけ? そもそもなんでこんな所に……)

「昔からあなたのことは知ってるのよ、サヴィトリちゃん」


 サヴィトリの心中を読み取ったかのように、行商の女は微笑んだ。


「でもアタシってばダメねぇ。肝心な自分の名前を名乗ってなかったんですもの」


 行商の女は立てた人差し指を唇に押し当てる。

 その瞬間、女の身体が膨張した。風船に空気を入れるように、ぶくぶくと膨れあがっていく。少なくとも、サヴィトリにはそう見えた。


 数秒後、そこにあったのは、この世のものとは到底思えない面妖かつ奇怪な物体だった。

 顔には嫌と言うほど肉という肉がついており、目鼻口がどこにあるのかわかりづらい。首はなく、肩の肉に頭を埋めこんだように見える。腰まである緩く波打つ銀髪は、月光を受けてきらきらと輝き、あきらかに宝の持ち腐れと言えた。

 一メートルをゆうに超すバストは重力に逆らえず下方に垂れ、露出したその先端には悪趣味極まりないピンクのハートのニプレスが貼りついている。

 つかんでもつかみきれないほど過分にある腹部の脂肪は三段と言わず五段六段にも及ぶ。腰から脱落して久しいその末端の肉は股を完全に隠すほど。巨大な円を描くヒップラインは女らしさを通り越し、もはや小惑星を想起させた。

 その巨体を支える足は意外と細く見えるが、それでもサヴィトリのウエストよりは太い。

 全身には鮮やかな深い緑色の棘が無秩序に巻きつき、棘と棘との間からは肉がでろんとはみ出てしまっている。まるできつく締めすぎたボンレスハムのようだ。


「この姿でははじめまして、サヴィトリちゃん♪ リュミドラと申します、うふっ」


 リュミドラと名乗った奇妙な物体は、頭のあたりをちょこっと動かした。お辞儀のつもりなのかもしれない。

 サヴィトリは思考回路が完全に停止し、ただ呆然と立ち尽くした。まず何から処理すべきなのか、情報量が多すぎてわからない。


「……げげっ、まさかまさかの棘の魔女さん!?」


 逆さにされて頭に血がのぼり、顔を真っ赤にしたジェイが嫌そうに舌を出した。


「名乗ったことはないけれど、そうとも呼ばれてるわねぇ」


 リュミドラは口元に手を当て、頬の肉をぷるぷると震わせる。


「……知り合いか、ジェイ?」


 サヴィトリはようやく言葉を絞り出した。


「あー、さすがにくらっくらしてきた……えっと、知り合いじゃなくて、羅刹の人が言ってたじゃん。棘の魔女リュミドラのせいで、色んな所に化け物が現れてるって」

「化け物だなんてひどい言い方。ほら、とぉっても可愛いじゃなぁい」


 リュミドラが自分の身体に巻きついている棘をひと撫ですると、にゅるりと緑色の小さな蛇が生じた。


「アタシね、ずっとずーっとサヴィトリちゃんと遊びたかったのん。本当は自分で迎えに行きたかったんだけど、あのクリシュナの奴が変なおまじないをかけたせいで入れなくって」


(こいつは暗殺者、とは違うのか? そもそも人間かどうか怪しいけど。というか師匠の知り合い? まさか師匠、これには手を出してないよね……?)


「サヴィトリちゃん、人の話ちゃんと聞いてるぅ?」


「ぎゃあああっ、苦しい苦しいっ! 俺に八つ当たりやめて!!」


 リュミドラが棘でジェイを締めあげた。

 色々申し訳なく思ったサヴィトリは、「すみません。どうぞ続けてください」と素直に謝る。


「それでね、サヴィトリちゃんをおもてなしするために近くにあった塔を可愛くデコってるの。もうちょっとで準備が終わるから、あと少ししたら遊びに来てね」


 来てくれなかったら、あなたの大事なお兄さんをばらばらにしちゃうかも。


 リュミドラはひらりと手を振る。

 一秒遅れて、リュミドラの巨体が強烈な光を放った。

 太陽光に匹敵するほどの白い光で、サヴィトリは目を開けているのか閉じているのかわからなくなる。

 光は思考すらも白く染めあげ、サヴィトリは意識を手放すほかなかった。

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