5-5 夜の森
ぱちっ、ぱちっとたき火が不規則にはぜる。
サヴィトリは赤く燃えあがる炎のありがたみを噛みしめながら両手をかざした。
火をつける道具から携帯の飲食料、地図に馬、防寒具――完璧といっていいほどジェイは何から何まで用意していてくれた。トゥーリからクベラに来た時といい、ジェイの手回しのよさには本当に頭があがらない。
「ほんっとサヴィトリって無計画だよね」
ジェイは呆れたように――というよりも完全に呆れ、ため息をついた。サヴィトリの左隣にしゃがみ、同じように手を炎にかざす。
夜の林は泣きたくなるほどしんと静まり返っていた。
研究塔まではいくつかルートがあり、最も早く到着する細い林道を選んだ。馬を走らせることはできるが、舗装の質はあまりよくない。また、見通しが悪かった。左右の林から突然飛び出て来られると対応しきれるか危うい。
安全のために、と夜通し進むのは控え、道から少し脇にそれた場所にある開けた所で野宿をすることになった。
「無計画の割に、痛い目にあったことがないからいけないんだと思う」
炎を見つめたままサヴィトリは言った。ゆらゆらと揺らめく姿と心地良い暖かさでだんだんと目蓋が重くなってくる。
「しょうがないよ。ハリの森ではお師匠さんに大事に大事に育てられてさ、こっちではカイラシュさんにかしずかれてるんだもん」
「師匠にはそんなに大事にされた覚えはないけどなぁ」
サヴィトリは首をかしげ、自分の記憶をたどる。家で寝ているか女の人の所に遊びに行っているかがクリシュナの常だった。
「あれ、知らない? 昔俺と遊んだ時とかさ、影からこっそり見守ってたんだよ、お師匠さん。あからさまに怪しいから何回か職務質問受けてたけど」
よほどその時のクリシュナがおかしかったのか、ジェイは思い出し笑いをした。サヴィトリもつられてなんとなく笑ってしまう。
「……でも、一回痛い目にあっとくべきだったかもね」
不意に、周囲の温度がぐっと下がった。
たき火にかざしていたサヴィトリの左手に、ジェイの右手が重ねられる。一緒に炎に当たっていたはずなのに、恐ろしく冷たい手だった。
ジェイ? と呼びかけてサヴィトリは彼の方を窺うが、うつむきがちだったため表情はよく見えない。
いや、ジェイの顔の上に表情は何も浮かんでいなかった。
サヴィトリはすっと魂を抜き取られるような感覚を覚えた。
左手の中指から銀の指輪が抜かれる。
なんで? という疑問は声にならなかった。
ほとんど反射的に、サヴィトリはジェイとは反対の方へと転がる。
ぶんっ! という風を押し潰すような音が聞こえた。たき火の炎が大きく揺らぐ。地面がえぐられ、草や砂利が飛び散る。
起き上がって体勢を立て直したサヴィトリが見たのは、身長以上の長さの八角棒を振り下ろすジェイの姿だった。冗談にしては笑えない。どんな素材でできた棒なのかはわからないが、食らえば間違いなく頭蓋が砕ける。
どうしてこんなことをするのか、どこから武器を取り出したのか、尋ねたいことでサヴィトリの頭がいっぱいになる。
だが、意思よりも早く身体が反応した。左手の中指を唇にあてがう。
何も起こらない。
ジェイは笑顔で、空色の石がはまった指輪をちらつかせた。
「ごめんね、サヴィトリ。俺も、数多いる暗殺者の一人なんだ」




